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奥村順子准教授

WHOでエボラ対策の最前線へ。
守備範囲の広さが支えです

熱帯医学研究所 環境医学部門
奥村 順子 准教授

西アフリカ諸国におけるエボラウイルス病のアウトブレーク対策支援のため、スイスのジュネーブにある世界保健機関(WHO)本部に派遣されていた研究者がいる。熱帯医学研究所の奥村順子准教授だ。2014年8月から2ヵ月間にわたる任務を終え10月下旬に帰国した。
「WHO本部では当時、エボラ対策チーム会議が毎朝行われていました。会議には、さまざまなチームから40〜50人集まります。時には、西アフリカとジュネーブをネットで繋いで対策を議論するテレ・カンファレンスも開かれていました。医療施設の拡充の速度より感染拡大が速く、現場からは悲鳴に近い声が上がっていました」。


感染制御チームの派遣からトリアージの指針づくりまで

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WHO本部に詰めた2ヵ月間、奥村准教授の役割は、現地での医療を担う臨床チームや感染拡大を防ぐ感染制御チームの人選と派遣手続き、感染拡大を防ぐための戦略策定とマニュアルづくりなど広範囲にわたった。 「若いころアフリカで活動し、さまざまな保健行動を目の当りにしてきました。その経験から、現場で起きていることはある程度理解できました。たとえば現地の人々の医療に対する不信感。医療施設が足りずに患者を帰さざるを得ないため、『あそこに行っても診てもらえない』という不満が募ったり、その一方で、『病院にいくと死ぬ』という誤解が蔓延して患者を隠したりするケースもあります」。そこで本部の対策チームと検討したのが、コミュニティに根づいた暫定的な診療所を短時間で作る方法。今回の流行地域はマラリアの罹患率も高い。「どちらも高熱を伴うことから、患者の症状などによりトリアージを行い、マラリアおよびエボラ患者の発見と治療を提供するものです」。
 医師がいない地域でも、ある程度の訓練を受けた保健スタッフを中心に地域のボランティアとともに対応できるよう、誰が見ても理解できる運営マニュアルの素案も提出してきた。
「もう一つの懸案事項は、現場の医療従事者への感染問題でした。防護服の着脱が不適切だったり、WHOや国境なき医師団など組織によって防護服が違っていたりすることがわかりました。そこで防護服の標準化のガイドライン策定にも携わりました」。2ヵ月という短い期間だったが、これまでの経験が生かせたという確かな手ごたえを感じている。

薬剤師として見たアフリカの現実 私にはもっと学ぶべきことがある

子どもの頃から、いつかアフリカで仕事を見つけて、意味のある人生を送りたいと考えていたという奥村准教授は、薬剤師として青年海外協力隊で行ったマラウイ共和国で、圧倒的な薬不足を経験し、愕然としたという。
 薬局の前で、亡くなった赤ちゃんを抱いて泣いて抗議する母親。その姿を目にしたとき、「怒りと涙が込み上げてきました」(奥村准教授)。自分自身の無知に気づき、公衆衛生について基本から学ぶ決意をし、大学院で博士号を取得したのが42歳。同時進行でグローバルヘルスのフィールドや海外の災害現場でも積極的に活動した。薬学に始まり、公衆衛生、国際保健、疫学、統計、人道援助…。ここ数年は、ラオスの辺境地の子供たちの健康問題に取り組んでいる。
「守備範囲が広がり、“何でも屋”と言われることもあります。しかし、さまざまな事象を手掛けることで、多角的な視点から物事を考え新しく着想するベースにもなっています。私にできることは限られているが、これまでに得た知見を次世代に伝えることで将来の対策に役立てたい」。奥村准教授はそう語った。



【専門】公衆衛生学・健康科学 医療社会学 医療系薬学

おくむらじゅんこ
福岡大学薬学部卒業後、薬剤師免許取得。同大学病院薬剤部勤務を経て、青年海外協力隊に参加、マラウイ共和国などで5年間活動した。ミシガン大学公衆衛生大学院で公衆衛生修士号、東京大学大学院で博士号を取得。東京大学大学院助手、金沢大学准教授を経て、2009年6月より現職。



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