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折田真紀子 助教

福島・川内村で
見守りを継続することが
応援メッセージになります

医歯薬学総合研究科 保健学専攻
折田 真紀子 助教

住民の要望に応えて線量測定 数字の意味を丁寧に解説する

 東日本大震災以降、長崎大学は福島県で集中的な復興支援を進めている。なかでも、福島第一原子力発電所から30km圏内にある双葉郡川内村とは強力に連携し、2013年4月に「長崎大学川内村復興推進拠点」を設置。折田真紀子助教は看護師や保健師の免許を持ち、原爆後障害医療研究所(原研)の国際保健医療福祉学研究分野の大学院生でもあったことから、拠点の設置当初から研究員として川内村に入り、2014年4月以降は助教として川内村と長崎を結ぶ役割を果たしている。
「発災直後から、山下俊一教授(現理事・副学長)や高村昇教授が福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーになりました。高村教授は川内村に何度も足を運んで土壌の調査や甲状腺検査を行い、村との信頼関係を築いたことから拠点設置が実現しました。拠点に常駐する私の役割は、土壌や飲み水などに含まれる放射性物質の線量評価と、その値を基にした住民の健康相談です。放射線や規制に関する情報は、数字だけの一方的な通知では不安が募るばかりです。数値のとらえ方はそれぞれありますから。そこで、『いま、この線量を測ってほしい』という住民の要望に応え、その数値の意味を解説します。長崎とはお国訛りも違うので最初は十分聞き取れずに苦労しましたが、今では『べこ飼ってたっぺしたー(前に牛を飼っていたんじゃなかったっけ)』ぐらいなら言えますよ(笑)」。
 震災の翌年に初めて訪れたときは閑散としていた川内村。今ではかなり帰還が進み、活気が戻ってきたという。


住民への説明で大切なのは 正直に客観的に伝えること

写真

 折田助教は現在、月に1、2回は福島と長崎を往復する。川内村で採取したサンプルを原研の放射線測定機で測定するためだ。

「村には避難指示解除準備区域もありましたが、2014年10月に規制解除になりました。住民にとっての不安は、『戻って生活することで、被ばくの影響が出るんじゃないか』ということ。もちろん、これまでも放射線量を測定しており、生活しても安全だと判断されたから解除になったわけです。それでも大切なのは、引き続き測定し続けること。それが帰還を応援し続けていますよというメッセージにもなります」。
 見守りを継続すること。それは現地に拠点があるからこそ可能な寄り添い方だ。一方で、IAEA(国際原子力機関)や関連学会で、川内村における活動紹介や研究発表も行う。
 もう一つ、折田助教の大きな役割が、村外の研究者や学生が現地で活動するための村との調整と、学生への指導だ。
「2013年から、村の子どもたちが長崎大学の学生たちと接する『川内村復興子ども教室』が行われています。医学部の学生の研修では、私が放射線量の測定方法や健康相談の指導も行います。そのときに特に強調するのは、住民との会話において、正直に客観的に科学的なデータを伝えること。学生にとっても、現地の人たちに触れて初めてわかることがあるという実感が、一番の収穫です。住民から求められている課題が何かを見極めて研究するという現場感覚が、育っていきます」。
 測定結果を基に議論するなかから新たな研究テーマが浮かぶと、学生とも活動を共有していく。
 放射線の専門知識を持った医療従事者は全国で求められており、その人材育成は急務とされている。現場での実践力を身に着けた折田助教の存在感は、いよいよ増すばかりだ。





【専門】放射線影響学 放射線看護学

おりたまきこ
長崎大学医学部保健学科卒業。長崎大学医歯薬学総合研究科保健学専攻修士課程修了。2013年より長崎大学原爆後障害医療研究所社会医学部門研究員を経て、2014年4月より現職。2014年5月に日本衛生学会学術総会で若手優秀演題賞を受賞。



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