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松山章子 教授

“健康”問題は
その土地に生きる人たちの
社会の在り方を理解することから始まります

熱帯医学・グローバルヘルス研究科
松山 章子 教授

現場での経験を研究に繋ぐ

  子どもに予防接種をする、妊婦は定期健診をして病院で出産する。こういった先進国での医療の常識は、途上国で自動的に受け入れられるわけではない。熱帯医学・グローバルヘルス研究科の松山章子教授は語る。
「これを、単に彼らが無知だからとするのは間違い。病気に対する伝統的な理解の仕方、ジェンダーやカーストなどの社会的、経済的力関係に基づく意思決定のプロセス。また、医療施設へのアクセス、医療スタッフも医薬品も十分に整っていない病院など途上国の保健医療システムの問題。このような病気を取り巻く状況を理解した上でアプローチを考えないと、医療やテクノロジーもただの押しつけになり、受け入れられません」。
 大学教員になる前は、ユニセフや国際協力機構(JICA)専門家、NGOの職員として、途上国の公衆衛生問題に関わってきた松山教授。大学院生のころからフィリピンのスラムに住みこみ、パキスタンの難民キャンプで活動するなどフィールドワークを重ねて人々と接しながら、国際保健のあり方を研究してきた。
「医療人類学とは、多元的医療システムが存在する世界で、人々が健康や病をどう捉え行動するか、『病気』の起こる生活実態や取り巻く社会、経済、政治的環境はどういうものなのか、近代医療の『疾病』という枠組みではなく、もっと幅広い文脈で健康問題を考える学問です」。
 熱帯医学・グローバルヘルス研究科、国際健康開発コースでは現場を重視し、学生は途上国で8カ月間研修を行う。
「ダッカのスラムで子供の病気に関して調査をしていた学生が、母親たちにインタビューをすると、病気をすれば病院に行くと回答する。しかし、スラムに散在する薬局なども観察すると、そこの(無資格の)店主が“ドクター”と呼ばれ、輸入薬から伝統医療薬、薬草まで処方し、注射や外科治療などもしていることがわかりました。“ドクター”は患者と同じスラムの住民で政府の医療者より丁寧な診察をし、わかり易い言葉で説明をしてくれる。また、患者の懐具合に合わせて支払いも待ってくれるなど“つけ”もきく。母親たちが政府の病院では貧しく無知な人たちとして邪険に扱われることが多い途上国では、地域の人たちの考える「良い医療サービス」とは何か、多様な角度から複数の方法で状況を確認することで、現状が明らかになり、問題解決の糸口が見えてきます」。


データの陰に埋もれる病気の実態調査と啓発へのアクション

写真  現在、松山教授が文部科学省の研究費を得て関わっている研究がある。
「これまで保健医療プログラムの多くが『死亡の削減』に焦点を当ててきましたが、1人の妊産婦が死亡するその裏側で20人の女性が合併症や障碍に苦しめられています。例えば未だ自宅出産が多いバングラデシュでは、難産が原因で膣と膀胱間、膣と直腸間などに生じる穴で、尿や便が漏出する「産科ろう孔」に罹ることがあります。患者の多くが悪臭や、子供が産めない体になったことから離婚され、社会からも差別され孤立してきました。その実態を把握してエビデンスを提示し、支援や啓発を含めた長期的な対策をたてることが、女性の生活の質向上に役立つと考えています」。
 途上国の生活習慣や伝統文化を理解しつつ、データの陰に埋もれがちな実態に光をあて、改善の道筋をつける。細やかな視点と軽いフットワークを持つ研究者は、今後さらに必要とされており、次世代の育成にも力を注いでいる。



【専門】国際保健 医療人類学

まつやまあきこ
津田塾大学卒。フルブライト留学生としてハーバード大学大学院に留学(公衆衛生学修士)。ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院留学(Ph.D取得)。ユニセフのパキスタン事務所での企画・広報担当官を務める。その後NGO、JICA専門家を経て2005年より長崎大学へ。



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