2026年04月22日
総合生産科学研究科(水産学部)の河端雄毅 准教授、大学院生の谷口隼也、井上翼、古原香乃らの研究チームは、多くのカニに見られる「横歩き」という移動様式が、約2億年前の共通祖先に由来する可能性が高いことを明らかにしました。この成果は、動物の移動様式がどのように進化し、種の多様化に関与してきたのかを理解するうえで重要な知見です。
本研究成果は、生命科学分野の国際誌eLifeに、査読付きプレプリント(Reviewed Preprint)として2026年4月21日に掲載されました。
【研究のポイント】
・カニ特有の移動様式である「横歩き」は約2億年前に起源したと推定。
・「横歩き」はその後、現在に至るまで、多くの種で保持される傾向。
・「横歩き」という移動様式の獲得が、カニ類の多様化や繁栄に寄与した可能性。
【研究の背景】
「横歩き」は、カニ下目(Brachyura=短尾類)を特徴づける、動物界全体を見渡しても非常に珍しい行動です。一方で、カニ下目の中には前歩きを行う種も多数存在しますし、近縁のヤドカリ下目(Anomura=異尾類)も主に前に歩きます。では、この「横歩き」という珍しい行動は、いつ、どのように進化してきたのでしょうか。カニ下目の中で、何度も独立に「横歩き」が進化したのか、それとも一度の進化によって獲得されたのか、「横歩き」の獲得とカニ類の多様化は関係しているのか、本研究ではこれらの疑問に答えることを目的としました。
【研究概要】
本研究では、計50種のカニの移動データを取得しました。各種について1個体を選び、生息環境を模した円形水槽の中で10分間その行動をビデオで撮影しました。そのデータに基づき移動様式を分類した結果、35種が横歩き、15種が前歩きと判定されました。
続いて、こうして得られた移動様式のデータを、344種・10遺伝子配列に基づく最新の系統解析(Wolfe et al., 2024)と統合し、解析単位を属・科・上科レベルに整理した上で、その進化史を再構築しました。その結果、「横歩き」は前歩きを行う単一の祖先から一度だけ進化し、その後大きく失われることなく維持されてきたことが示唆されました(図1)。
この横歩きが起源したと推定される約2億年前は、三畳紀末の大量絶滅後の前期ジュラ紀に位置づけられます。横歩きには、左右どちらにも素早く移動できることや、逃避方向が予測されにくいことなど、捕食者からの逃避に関わる利点があると考えられます。一方で、この時代には、パンゲア大陸の分裂や浅海域の拡大などにより、カニ類が利用できる新たな環境が広がり、多様化しやすい条件が整っていた可能性もあります。カニ類の多様化には、こうした移動様式の進化と、当時の環境変化の両方が関係していた可能性があります。
本研究は、行動形質が進化の過程でどのように獲得され、保持され、生物の多様化や繁栄に寄与してきたのかを明らかにする重要な手がかりを提供するものであり、今後は化石情報や「横歩き」の利点を調べる実験などを組み合わせ、「横歩き」と多様化の関係性をさらに検証することが期待されます。
図1.50種の移動様式(前歩き/横歩き)と最新の分子系統樹(Wolfe et al., 2024)に基づいて推定した祖先の移動様式。円グラフは、各祖先で前歩きまたは横歩きであった確率を表す。 |
【研究者コメント】
総合生産科学研究科の河端雄毅准教授は、次のように述べています。
「本研究は2020年に開始したのですが、共同筆頭著者である谷口隼也さん、井上翼さん、古原香乃さんの3名が中心となって、本当に長い時間をかけてデータを取得し解析してくれました。最終的に論文で使用したデータだけでなく、予備実験や解析に使えなかったデータも含めると、少なくとも100個体以上のカニの行動を記録・解析しています。
多様なカニのデータを集めるためには、多くの方々の協力が不可欠でした。すさみ町立エビとカニの水族館館長の平井さんには、さまざまなカニのサンプル収集にご協力いただきました。また、谷口さんと古原さんは、長崎大学の協定校である国立高雄科技大学にダブルディグリー学生として1年間滞在し、カニの分類学を専門とするHuang先生のもとで、台湾でも多くのカニのデータを取得しました。解析や論文作成の過程では、Auburn Universityの水元さん、北九州市立自然史・歴史博物館の竹下さんにも多大なご協力をいただきました。
カニが横に歩くのは、一見すると当たり前のように思われるかもしれませんが、動物界全体で見ると非常に珍しい移動様式です。そのような移動様式が、いつ、どのように進化してきたのかという私自身も本当にワクワクする成果を、学生や共同研究者の皆さんと発表できたことを大変うれしく思います。」
【引用文献】
Wolfe, J.M. et al. (2024). Convergent adaptation of true crabs (Decapoda: Brachyura) to a gradient of terrestrial environments. Systematic Biology, 73, 247–262.
【論文情報】
雑誌名:eLife
タイトル:
Evolution of sideways locomotion in crabs
著者:
谷口 隼也(実験当時:長崎大学大学院総合生産科学研究科/国立高雄科技大学)
井上 翼(実験当時:長崎大学大学院総合生産科学研究科)
古原 香乃(長崎大学大学院総合生産科学研究科/国立高雄科技大学)
Jung-Fu Huang(国立高雄科技大学)
平井 厚志(すさみ町立エビとカニの水族館)
水元 惟暁(Auburn University)
竹下 文雄(北九州市立自然史・歴史博物館)
河端 雄毅(長崎大学大学院総合生産科学研究科)
掲載日:2026年4月21日
URL:https://elifesciences.org/reviewed-preprints/110015
河端雄毅研究室ホームページ
https://sites.google.com/site/kawabatalaboratory/
