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研究・産学官連携Research / industry-academia-government collaboration

長崎大学の研究者08

才津祐美子准教授

文化遺産の保護には
光と影があります。
その矛盾と解決策を、共に考えたい

多文化社会学部
才津 祐美子 准教授

世界遺産候補を持つ長崎で白川郷の知見を役立てる

写真  多文化社会学部の才津祐美子准教授の専門は、民俗学と文化人類学。主な研究テーマは、近代日本における地域文化の表象・継承・活用のあり方。とりわけ注目してきたのが、文化遺産保護制度と地域社会への影響である。
 長崎では、2015年7月に「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」が世界遺産リストに登録され、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が次の候補として推薦されている。才津准教授は、長崎市の世界遺産にも関係するいくつかの委員会の委員をしており、世界遺産に向けた動きについても発言してきたという。
「私は大学院生のころから、岐阜県にある世界遺産『白川郷』を研究対象に決め、フィールドワークを続けてきました。人が住む民家(合掌造り)が世界遺産に登録されることで、人々の暮らしはどう変化するのか。いわば世界遺産となることの光と影を目の当たりにしました。長崎の場合、行政、企業、住民、教会関係者のそれぞれの思いもあって複雑で、住民による保存運動から出発した白川郷とは違います。行政は、世界遺産登録のメリットとデメリットを住民や関係者にしっかり説明して納得してもらう必要があると思います。そうした上でコンセンサスを得られるかどうかが、今後の鍵になるでしょう」。
 きっかけは、出身の長崎県五島市に伝わる伝統行事(文化財)だった。
「文化人類学の基本は『文化に優劣はない』。しかし文化財には、国や県、市の指定などがあり、それがあたかもランキングのような役割を担っている。このことに違和感を持ち、研究を始めました。1995年に世界遺産となった白川郷に、3年後の1998年から定期的に通って調査しています」。
 文化人類学には「参与観察」という研究手法がある。祭りや行事などに参加しながら人々と接触し、生活を観察するのだ。才津准教授も、どぶろく造りをはじめとした祭りの準備、屋根の葺き替え作業、民宿での住み込みバイトなどを通じて、参与観察を行った。
「長時間行動を共にすることで、人々の暮らしが見えてきます。かつては自分の出身を言うことも恥ずかしかった白川郷の人たち。今では地元を誇りに思う人が増えました。しかし、コミュニティのなかで、駐車場経営一つとっても人によって考え方が違います。白川郷では文化遺産を具体的にどう守っていくのかを自治組織のなかで議論し、結論を出していく。意思決定を住民主体で行うことの大切さが、白川郷を見るとわかります」。


「長崎の教会群」の動きとともにかくれキリシタンへの影響を懸念

写真

「『長崎の教会群』が世界遺産になるには、建築物としての価値だけでは不十分です。そこに『長く迫害に耐えてきた人々がようやく信仰を許されて造ったものである』という歴史(無形の価値)が付与されてこそ世界遺産として認められると思います。ただ、そのことが、今なお従来の信仰形態を続けているかくれキリシタンの方々にも大きな影響を与えるのではないかという点を最も危惧しています」。
 文化を遺産として遺すことの意義と、観光資源としての活用。しかし、一番大切なのは文化を継承してきた人々の思いなのではないか。世界遺産フィーバーのなかで見過ごされがちな矛盾を提示し、多くの人に考えてもらうことこそが、研究者としての自分の役割。才津准教授は、最後にそう語った。



【専門】民俗学 文化人類学

さいつゆみこ
長崎県五島市生まれ。高知大学人文学部卒。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。福岡工業大学社会環境学部、長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科を経て、2014年より現職。著書に『世界遺産時代の民俗学』(風響社、共著)などがある。



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