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新竜一郎テニュアトラック助教らの研究成果がNature Medicine誌に掲載(詳細)

2011年01月31日

 プリオン病(別名:伝達性海綿状脳症)は,致死性の神経変性疾患であり,また感染性(伝達性)でもあるという,特異な疾患です。代表的な疾患にヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob diseases: CJD),牛のBSE(牛海綿状脳症または狂牛病)などが挙げられます。プリオン病を引き起こす感染病原体は,プリオンと呼ばれ,ウイルス,細菌などの微生物とは異なり,病原特異的な核酸(DNAあるいはRNA)は見つかっていません。プリオンはおそらくは単一のタンパク質である異常型PrPのみから構成されている,とするタンパク単独仮説が提唱され,それを支持する多くの実験結果の集積と共に,その仮説が受け入れられるようになっています。タンパク単独仮説によれば,外部より侵入した,あるいは自発的に生成した異常型PrPが宿主細胞内で恒常的に発現する正常型PrPに作用し,正常型PrPから異常型PrPへの構造変化が誘導され,異常型PrPが蓄積しプリオン病が引き起こされます。異常型PrPと正常型PrPではアミノ酸配列に違いはなく,その立体構造のみが異なっています。正常型PrPはα-helix構造を多く含み,可溶性で柔軟な構造をしていますが,異常型PrPはβ-sheet含量が非常に高く,そのため凝集しやすく不溶性,蛋白分解酵素処理に抵抗性などの性質を持つことが知られています。

 

新たな異常型PrP高感度増幅法(Real-time QUIC法)の確立 

 これまでプリオン病の髄液を用いた補助診断としては14-3-3蛋白などの髄液生化学的マーカーが用いられ感度・特異度から見て,ある程度診断法として有用なことが示されていますが,生前確定診断に至るには現在も脳生検により,最も確実なプリオン病のマーカーである異常型PrPの直接的な証明に頼らざるを得ないのが現状です。またこれらの生化学マーカー検査はニューロンが破壊される際に髄液中に漏出する蛋白を測定しているものであり,基本的にプリオン病において急速に進行する神経細胞死の過程を反映しているのであって,100%プリオン病特異的とはいえない点がこの検査法の限界といえます。したがって,できるだけ非侵襲的に診断を確定する方法として採取が容易な患者由来検体である髄液等に存在するであろうごく微量の異常型PrPの検出が焦眉の課題でした。 

 近年,正常型PrPを反応基質として,試験管内で微量の異常型PrPを検出が容易なレベルまで増幅することが可能なことが報告され,それを用いた新たな診断法の開発が検討されてきました。しかしそれぞれの動物種やプリオン株により増幅効率が異なることもあり,CJDでの高効率の増幅は達成されていませんでした。今回研究グループは,新たな異常型PrP高感度増幅法(Real-time QUIC法と命名)を開発し,CJD患者由来髄液中の異常型PrPを検出することに成功しました。この方法は,ごく少量の異常型PrPを,大腸菌に発現させ精製したリコンビナントPrP(rPrP)と相互作用させ,そのrPrPに異常型PrP依存的な凝集(フィブリル形成)反応を起こさせることにより,サンプル(例えば髄液)中の異常型PrPの有無を判定するという方式です。このrPrPフィブリルの増幅過程は,アミロイドフィブリルに特異的に結合し,蛍光を発する,チオフラビンT(ThT)の蛍光強度により測定されます(図1)。このReal-time QUIC法を用いると,サンプルが多数の場合でも非常に簡便に,かつreal-timeに測定可能なシステムを構築することが可能となりました。

図1


CJD
診断へのReal-time QUIC法の応用

 研究グループは,このReal-time QUIC法により代表的ヒトプリオン病であるCJDの生前確定診断が可能であるか検証するため,日本において確定診断されたCJD患者由来の髄液を用いて,異常型PrPの検出を試みたところ,18症例中15例で陽性でした。一方,プリオン病以外の疾患由来の髄液35症例ではすべて陰性でした(表1)。さらにオーストラリアのメルボルン大学との共同研究として髄液30サンプルを無作為に送付してもらい,盲検試験を行った結果,Real-time QUIC法の感度は87.5%,特異度は100%でした(表1)。これらの試験においてReal-time QUIC法の陽性例には現在のプリオン病の髄液診断マーカーである,14-3-3蛋白陰性症例も含まれており,Real-time QUIC法は,生存中でのCJD疑い例を評価する高い診断能力が期待できることが示されました。

 これまでのプリオン病の診断補助として用いられてきた14-3-3蛋白等の髄液中生化学的マーカー測定やMRI検査と今回のReal–time QUIC法を組み合わせて行うことによりCJDを中心としたヒトプリオン病の早期発見,早期確定診断が可能となる日が近いことが予想され,今後は現在不治な疾患であるプリオン病に対する有効な治療法の開発が強く望まれます。

表1

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