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学長室

令和6年度 卒業証書・学位記授与式学長告辞(2025年3月25日)

2025年03月25日

 学生の皆さん、卒業・修了誠におめでとうございます。
 長崎大学の教職員を代表して、心よりお祝い申し上げます。また、これまで長きにわたりご支援を賜りましたご家族やご親族の皆様にも深く感謝申し上げます。

 新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの中で入学し、様々な制約を受けながらも学生生活を送ってきた皆さんは、多くの困難を乗り越え、今日という日を迎えました。その努力と忍耐に心から敬意を表し、新たな門出にエールを送ります。
 皆さんは、これから多様化し、複雑化する国際社会に新社会人としての一歩を踏み出すことになりますので、不安を感じている方もいると思います。
 しかし、変化の激しい時代だからこそ、柔軟に対応し、物事の本質を見極める力が求められます。

「ゲームチェンジャー」という言葉があります。
 ある特定の分野や業界で、従来のルールや常識を根本から覆すような革新的な技術、人物、政策、出来事などを指す言葉として一時期流行しました。
 スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、イーロン・マスクといった起業家、AI、スマートフォン、EV、再生可能エネルギーなどの技術革新、さらには半導体技術の進化など、社会全体を変える要素が「ゲームチェンジャー」として語られています。
 私が医師になった1980年代、ロボット手術はSFの世界の話でした。しかし、今や外科手術の現場で日常的に使用されています。これも医療におけるゲームチェンジャーの一例です。

 かつては、10年から20年に一度の大きな変革が「ゲームチェンジャー」と呼ばれていました。しかし、今日では技術革新のスピードが加速 し、それに対する社会の適応も早くなっています。そのため、「ゲームチェンジャー」という表現自体が陳腐化し、日常的なものになっています。そして今や、テクノロジーだけでなく、政治や経済政策も社会のルールを180度変える要因となっています。今の時代は「常識」そのものが、目まぐるしく変化しているということです。

 例えばかつての「出勤しなければ仕事にならない」「現金が一番安全」「マスクは風邪の時だけ」という常識は、今や当たり前ではなくなりました。固定観念にとらわれず、変化を柔軟に受け入れながら、本質を見極める力を持つことが大切です。

 今年になって米国ではフェイスブックとインスタグラムのファクトチェック廃止が発表され、物議を醸しています。ファクトチェックには、情報の正確性を保ち、誤情報の拡散を防ぐ役割があります。特に、インターネットやSNSの普及により、情報の信頼性が揺らぎやすい現代において、その重要性は非常に大きいものです。しかし、その反面、ファクトチェックの基準や手法が不透明な場合や、チェックを行う側にバイアスが存在する場合には、その信頼性が揺らぐ可能性も否定できません。

 ファクトチェックには文化的・価値観の違いも影響します。
 COVID-19で注目されたワクチンの安全性においても、科学的根拠に基づいたワクチンの有効性・安全性が重視される欧米と、伝統医学や自然療法に対する信頼が強いアジアでのファクトチェックの違いが浮き彫りになりました。

 例えば、ある医療技術が「画期的な治療法」として発表されたとき、それは本当にすべての患者にとって有効なのか? 社会に広める前に考慮すべきリスクはないのか?
 そのように、一歩立ち止まって考える姿勢が、これからの皆さんをより良い方向へ導くために重要です。

 皆さんが社会に出るこれからの時代、世の中にはますます多くの情報が溢れます。AIやデータサイエンスの発展により、私たちはかつてないほど多くの「データに基づく意思決定」を迫られるようになります。しかし、どんなに多くのデータが整っていても、そこに本質的な意味を持つ情報がなければ、誤った方向に進む危険性があります。
 だからこそ、皆さんは「物事の本質を見抜く力」を持たねばなりません。
 そのためにどうすればよいか。いろいろな答えがある中で、私は「自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じること」すなわち「自ら汗をかくこと」を大切にして欲しいと思います。

 2011年の福島第一原子力発電所事故の際には、誤情報やデマが国内外に大量に拡散され、被災者の不安を増幅させ、風評被害を引き起こしました。
 今なお、福島の復興に貢献している長崎大学原爆後障害医療研究所のスタッフたちは、事故直後から現地に入り、正確なデータを確認した上で信頼性の高い公式情報を国内外に発信することに努めました。当時、放射線や被曝に関する専門知識を持たない多くの人々に対して行った、情報リテラシーを高めるためのリスクコミュニケーションが重要な役割を果たしました。

 科学も、医学も、社会も、絶えず進化し続けています。一見すると権威あるデータでも、その前提が間違っていれば何の意味もありません。それを見抜くためには、「常識を疑い、新しい視点を持つ勇気」が必要です。
 卒業とは、学びの終わりではなく、新たな知の旅の始まりです。これから皆さんが歩む未来は、決して決められた道ではありません。常識にとらわれず、柔軟な発想と深い洞察を持ち、自分の信じる道を切り拓いてください。

 2025年は、戦後・被爆から80年となる節目の年です。長崎大学は、「継承と行動」の年と位置付け、人々が平和に共存する世界の実現を目指した取り組みを行います。今、世界情勢は複雑化し、対立や不安が広がっています。だからこそ、私たち一人ひとりの行動が、平和の礎となります。長崎大学が取り組む数々の活動は、皆さんの参加と協力を待っています。

 皆さんの未来が、より豊かで実り多いものとなることを心より願っています。
 卒業・修了おめでとうございます。

長崎大学学長 永安 武