HOME > 大学案内 > 学長室 > メッセージ > BSL-4施設設置に向けた取り組みの現状と今後の展望

大学案内Guidance

学長室

BSL-4施設設置に向けた取り組みの現状と今後の展望

2014年07月10日

これまでの経緯

20105月、私は学内外に向けて「長崎大学と感染症」というメッセージを出しました。人類が感染症の脅威にさらされているなか、当時、既に世界で40カ所以上の高度安全実験(BSL-4)施設が稼働し、世界の研究者により、懸命に感染症との戦いがなされていました。一方、我が国では、BSL-4施設は建設されていてもBSL-4に分類される病原体を用いた実験は実施されておらず、増大する危機への対応は言わば人任せになっていました。こうした状況を踏まえ、私は長崎にBSL-4施設を設置する必要性と意義に初めて言及し、長崎大学は同施設設置の可能性についての検討を開始しました。 

20124月には、学外有識者を含めた学長室ワーキングの提言を受け、坂本キャンパスを施設設置の第一候補地として検討を進めることを明らかにしました。それ以降、坂本キャンパス近隣をはじめとする市民の皆様や地域行政担当者の方々、学内教職員との間で説明と意見交換を続けてまいりました。

  その後、BSL-4施設の必要性に関する社会の認識は深まりました。本年320日には、日本学術会議から『我が国のバイオセーフティーレベル4BSL−4)施設の必要性について』との提言(第188回幹事会承認)が発出され、人文社会科学系を含むすべての日本の学術界の代表が、日本における早急なBSL-4施設設置に言及するに至りました。また、長崎大学をはじめとする10研究機関コンソーシアム(8国立大学、1私立大学、1民間研究機関で構成)による「BSL-4 施設を中核とした感染症教育研究拠点の形成」という構想が、2014312日に、科学者コミュニティーの総意として日本学術会議の『学術の大型施設計画・大型研究計画に関するマスタープラン』の重点大型研究計画(全27件)に選定され、国内での施設整備に向けて一歩を踏み出すこととなりました。

   今後は、より詳細な設置計画の策定を進めるとともに、周辺住民を含む市民の皆様のさらなるご理解を賜りつつ、拙速に陥ることなく、着実に設置に向けて歩を進めたいと考えています。

 

BSL-4施設の安全性

他方、先般、1784名分のBSL-4施設設置反対署名が長崎大学長あてに提出されました。BSL-4施設の安全性に対する不安が完全には払拭されていないことを再認識させられる一方で、反対署名の主旨を記載した文書の内容は、必ずしも正確な科学的根拠や情報・事実あるいは見解に基づいておらず、科学の発展を通じて社会に貢献すべき大学の責任者として、強い違和感を覚えます。

ここで一つひとつを挙げて議論することは控えますが、長崎大学をはじめ、世界の感染症研究者が血のにじむような努力を続けてきた結果、感染症対策が大きく進歩してきたことは皆さんにも知っていていただきたいと強く願うものです。今後も、科学的根拠に裏付けられた正しい知識に基づきBSL-4施設へのご理解を得る努力を行っていきたいと思います。

ただ一言だけ申し上げれば、ウイルスは感染性を有する粒子ですが、この感染力は熱や乾燥に極端に弱く、感染力を失えば人畜無害な単なる粒子にすぎません。また、ウイルスは、環境中では一定のサイズ以上の小水滴(エアロゾル)の中でのみ感染性が保たれますが、現在は、このサイズよりも遥かに小さな粒子をも補足できる高性能フィルターが開発・使用されています。これを二重三重に設置することで、感染性ウイルスが実験施設の外部に漏出する可能性を限りなくゼロに近づけることができるのです。旧ソ連の陸軍生物兵器研究所(生物兵器製造工場)での炭疽菌漏出事故と混同して語る人がいますが、そもそも炭疽菌はBSL-3病原体であり、事故を起こした施設もBSL-4対応ではありません。世界中で稼働するBSL-4施設では、未だ病原体の外部漏出事故の報告はありません。それは単なる偶然や運ではなく、先人たちの努力と技術の進歩によるものであることをご理解いただきたいと思います。

このような安全性確保技術の基盤に基づき、ドイツのハンブルグ市にある熱帯医学研究所、スウェーデンのカロリンスカ医科大学に置かれたスウェーデン感染症予防研究所、米国のテキサス大学医学部等では 、市中のキャンパスにおいてBSL-4施設は長期にわたり安全に運用され、研究はもとより迅速診断を通して市民の安全を守るために活用されています。

なお、諸外国のBSL-4施設から「ウイルスが故意に持ち出された」と喧伝する声もあるように聞いていますが、このような事案はこれまで一例も報告されていません。旧ソ連が崩壊した際に、研究者がBSL-4施設等から天然痘ウイルス等の病原体を国外に持ち出したという噂があり、それを根拠にしているのではないかと推測しますが、事実として裏付けられておらず、そのような病原体も確認されていません。

もちろん、ミスによる実験者の感染などが生じるリスクがゼロではないことも事実です。長崎大学としては、世界最先端の技術や事例を常に学びつつ、様々な分野の専門家の手も借り、常に謙虚さと誠実さを持って、リスクゼロを目指した努力を続けていくことをお約束します。

 

BSL-4施設の意義と長崎に設置する理由

  BSL−4施設設置に反対する理由として、「危険なウイルスの研究は、そうしたウイルスが存在する地域で行えばよい。わざわざ国内に持ち込むことはない」という意見を耳にすることがあります。

  我が国が世界との交流をまったく断ってしまえるのであれば、そうした考えも成り立つかもしれませんが、そんなことが無理であることは今更申し上げるまでもありません。ヒト、モノ、カネが超高速で国境を越えて行き交う現代にあっては、既に人類が対応を迫られているウイルスであろうが、将来出現してくる未知の強毒ウイルスであろうが、我が国が危機にさらされる可能性を忘れるわけにはいきません。現在、西アフリカにおけるエボラ出血熱の大流行が盛んに報道されていることをご存じの方も少なくないと思います。そういう意味で、私は我が国にも、BSL-4病原体を用いた実験を実施できる施設の設置が不可欠だと考えています。

「日本にBSL-4施設が必要だとしても、なぜ長崎に造らなければいけないのか」という意見もあります。しかしながら、皆様もご承知のように、長崎は国際交流を大きな柱として発展してきた都市です。今後も国際観光のさらなる活性化を図るべきであるとの議論が盛んになされています。その意味では、長崎にBSL−4施設があることは、未知の病原体が侵入するリスクからこの地を守ることにもつながります。

BSL-4施設では、安全対策設備・備品の稼働や実験内容、実験者の行動を厳重に管理し、実験者への感染や実験者による持ち出しなどのリスクを万全の態勢でコントロールするのが大原則です。適切なルールに基づき、適切にトレーニングされた研究者によって実験が遂行されなければなりませんし、それを適切に管理し、監視するための体制も必要です。その意味では、病原体に関する知識が豊富で、取り扱いに熟達した相当数の専門家が存在することが、BSL-4施設の設置、稼働の条件になります。長崎大学は、その資格を有する数少ない国内研究機関です。このことが、長崎しかも長崎大学キャンパスを設置の第一候補地とした最大の理由の一つです。そして、様々な分野の研究者が集うことで、感染症に対する備えが一層万全になっていくわけです。

 

今後の展望 − 地域との共生に向けて

十数万年前、アフリカで誕生した人類(ホモサピエンス)が進化を繰り返しながら現在まで生き延び、長寿と繁栄を達成できたのは、人類が有する知恵と創造力の賜物です。外敵から身を守り、雨露を凌ぎ、食糧を得、そして感染症から身を守るための知恵と創造があったのです。こうした知恵や創造を系統化したものが科学であると考えれば、科学は人類にとって不可欠の営為ということができます。それは、医薬品や家電製品、自動車や飛行機など、科学が生み出した我々の生活を便利にしてくれている様々な製品群を見ても明々白々でしょう。言い換えれば、科学がその果たすべき役割を果たせない社会に発展はない、ということになります。

  感染症研究について言えば、人類は現在、高危険度の病原体を外に漏らさず、安全に取り扱うことのできる術を手にしており、これを活用することで、長崎を含む我が国は無論のこと、世界の人々の安全・安心に貢献できるのです。先にも述べましたが、現在、西アフリカはエボラ出血熱の大流行の最中にあり、既に500人を超える死者が出ています。長崎大学は、このような悲惨な流行を阻止するために力を尽くすことで、一つひとつがかけがえのない大事な命を守りたいのです。

しかしながら、そのためには、地域の皆様のご理解が大前提となります。長崎大学は、学生約9000名、教職員約2700名、年間予算規模約500億円の地方総合大学です。私を含め、長崎に生まれ育った教職員も数多く勤務します。まさしく長崎に育まれてきた大学であり、地域の皆様に誇りに思っていただける存在であり続けたいと思っています。BSL-4施設の設置にあたっても、これを独善的に行うのではなく、東京を含め世界各地での様々な事例に学び、地域の皆様のご理解を得つつ、地域と共生し、地域の発展に貢献する形で進めていく考えです。特に近年の事例から、科学者は、研究成果などに関する「事後の説明」にとどまらず、研究計画立案段階などでの「事前のコミュニケーション」にも力を注がなければならないことを教訓として学びました。

  長崎大学は、構想初期段階から、地域の皆様への公開講座や説明会を通して、BSL-4施設の必要性と安全性に関する説明を進めてきており、これまでに25回の市民公開講座と13回の住民説明会を行いました。さらに、候補地である坂本キャンパスに隣接する皆様、連合自治会や自治会の方々には直接お会いして説明を申し上げることで、ご信頼いただけるような関係の醸成に努めてきております。また、地方公共団体の方々とも緊密に情報交換を行わせていただき、情報の共有を進めて参りました。

今後は、BSL-4施設の概要やそこで行われる研究内容、また、安全対策などの具体論に関する説明を行わせていただくとともに、計画を具体化していく過程をガラス張りにすることで、皆様からより一層のご信頼を得つつ、地方公共団体との間の緊急時の対応を含む連携体制の強化を進め、地域の皆様の不安の払しょくに鋭意努めていく所存です。

 

平成26710

長崎大学長

片峰 茂

 

BSL-4施設設置に向けた取り組みの現状と今後の展望