学長室

皆さん、卒業おめでとう。

なかでも、外国人留学生の皆さん、本当におめでとう。留学生の皆さんの努力に心から敬意を表します。とくに、本年度卒業の留学生諸君が中心となって長崎大学留学生協会を設立し、一般学生や地域の方々との交流に努力してくださったことに心からお礼申し上げます。留学生協会設立は長崎大学の歴史に新しい1ページを刻むものでした。

さて、昨年の、私が学長として初めての卒業式告辞の時もそうでしたが、本日の卒業式にあたって、どんな挨拶をすればよいのか私は悩みました。それは、私は小学校から中・高・大学、さらに大学院とすすみ、入学式や卒業式に人一倍数多く出席しているのですが、恩師のお話をまったく覚えていないからです。そんな私ですが、一つだけ、私が東北大学卒業の時の黒川利雄学長の言葉を覚えています。

それは、今から41年前の昭和38年3月25日のことです。黒川学長は「金縷（きんる）の衣再び得べし、青春去ってまた帰らず」と話されました。「金縷の衣」とは「金の糸で織った服」のことで、中国では「富や栄華の象徴」です。黒川先生は「お金は失っても取り戻すことができる、しかし、過ぎ去った若さは二度と帰らない、若さを無駄にせず、勉強してほしい」と教えて下さったのでしょう。

黒川先生はわが国の消化器エックス線診断学のパイオニアで文化勲章を受章され、日本学士院長を歴任されました。また、黒川先生の若い頃からの勉強振りは伝説的でさえありましたから、「私は年をとりました、もう新しいことは勉強できません、諸君、どうか若さを大切に」と話されたときの、過ぎ去った年月を噛み締めるような、そして、どこか寂しげだった先生のお顔を見て、「悔いのない人生であるに違いない先生がどうしてそんなことを？」と感じたことでした。私は何も分かっていなかったのですね。

それから15年経った昭和53年のことです。中国長砂の貴婦人墳墓から「金縷の衣」が出土して、世界中の人々がこの衣が実在したことに驚いたのですが、私は「この15年間、若さを大切にして、努力したか？」と自問しました。答えは「ノー」でした。私は日々遊び暮らしていたのです。このような私ですから、皆さんにはなむけの言葉を述べるような資格はなく、それで悩んだのです。

そこで、今日は、皆さんに1つのお願いと、1つの約束をして、挨拶にかえることにします。

私は医学部を卒業してから15年間、大学病院で内科腎臓学を専攻しました。そこで学んだことは「患者さんをよく診る」、「カルテをきちんと書く」、「平明な言葉で自分の考えを述べる」の3点でした。この3点の重要さはどんな仕事でも同じではないでしょうか。たとえば、会社の経理部にいても、商品開発部にいても「物事をよく観察する」、「きちんと記録する」、「自分の言葉で平明に説明する」ことが大切なはずです。

私は今から20年前に長崎大学に来て、もう1つ大切なことを学びました。それは「平和を尊ぶ」ということです。「長崎で学ぶ」ことのもっとも大きな意義は「平和を尊ぶ」ことを学ぶことだと信じます。

「よく考える」、「正確な記録をとる」、「平明な言葉で自分の考えをきちんと述べる」、そして「平和を尊ぶ」ことのできる人間は、世界中のどこで働こうとも、どんな仕事に就こうとも、それぞれの場所で、なくてはならない人になると考えます。

最後に私の約束を述べます。

この世には絶対に変えることのできないものがいくつかありますが、その1つに「出自」があります。「出自」とは、出口の「出」と自分の「自」と書きます。自分の出どころのことです。皆さんは卒業した大学を変えることができません。このことは長崎大学が今後何をなすべきかを明確に示しています。

何故かと申しますと、皆さんは出身大学を取り替えることができないのですから、皆さんが長崎大学で学んだことを誇りに思ってもらうためには、長崎大学は、今日よりも明日、今年よりも来年と、つねに前進しなければならないのです。今後、長崎大学は不断の努力を重ねて、一歩一歩前進して行くことを皆さんに約束します。

大学は学生・教職員・卒業生の一致協力、それと社会の皆様のご支援によって、より一層の発展がはじめて可能となるのです。

長崎大学は昭和24年5月31日に設置され、以来54年の歴史を刻み、卒業生5万人を送り出してきました。そして、国立大学法人化にともない長崎大学は発展的に継承されて、来る4月1日より「国立大学法人長崎大学」として新たなスタートを切ります。

皆さんは長崎大学最後の卒業生として、本日、巣立つことになりますが、今後、国立大学法人長崎大学の発展のためにぜひ力を貸していただきたいのです。

本日は、長崎大学の8学部1研究所のすべての同窓会長の皆様にお越しいただきました。ここに集った若く凛々しい後輩の旅立ちを祝福し、将来を励ましていただきたく存じます。

同窓生代表の方々を卒業式にお招きしたのは長崎大学54年の歴史で今回が初めてです。

来年2005年の経済学部創立100周年を期しての経済界トップによる特別講義シリーズ、また何年か前のことになりますが、坂本キャンパスの医学部創立130周年記念ポンペ会館の設立、文教キャンパスの薬学部創立100周年記念柏葉会館建立など、すべてＯＢの皆様のご支援によって実現しました。長崎大学はこのようにＯＢの皆様の母校愛に計り知れない恩恵を被っているのです。

本日、ここに長崎大学を代表して、卒業生の皆様の本学に対するご支援に心からお礼申し上げ、同時に新卒業生に対して今後よろしくご指導ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

卒業生の皆さん、皆さんは長崎大学の誇りです。どうか健康に気をつけて、面を上げて、ひたと前を見つめて、自らが思う道を歩んでください。

これをもって学長告辞といたします。