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学長室

長崎大学と「学生顧客主義」

2003年11月01日

去る3月に私は各学部の平成14年度卒業生代表との懇談会を持った。直接学生と会って彼らの要望や意見を聴きたかったからである。学長が学生代表と話をするのは昔の学園紛争時の団交を別にすれば、長崎大学では初めてのようであった。懇談は公開で行われたが、取材していたテレビ局記者の一人は「今までなかったなんて、もったいないことでしたね」と言った。私は記者のコメントをそのまま借用してインタービューに答えた。学生諸君からは意見百出で、予定の2時間があっという間に過ぎた。この懇談会は私が学長就任時に述べた「学生顧客主義」の実現へ向けたアクションの第一歩であった。

ところで、「標語」というのは難しいものである。寸鉄人を刺すべく、短い言葉で言い尽くそうとすると、インパクトは大きいが、時として受け取り側の既成観念のままに受け取られることがあるらしい。法人化へ向けて本学が作成中の「大学の中期目標・計画」中間試案を2月の長崎大学運営諮問会議に提示したところ、大学の基本的目標に記した「学生顧客主義」という標語に対して強い疑念が出された。「学生に媚び、迎合し、甘やかすとはもってのほかである、学生はもっと厳しく指導すべき」と言われたのである。委員においても、「顧客=商売のお客さん=媚びへつらってでも商品を売りつける対象」という既成の考え方が作動したようである。

もちろん、われわれは少子高齢社会・大学全入時代を迎え、大学が学生を選ぶ時代は終わったとの認識のもと、学生にとって満足度の高い大学を作ろうというのであり、その中には学生サービスの充実も含まれる。しかしながら、われわれが考える「学生顧客主義」にはもっと積極的な意味が込められている。それは、「学生の自主的活動を支援し、学生の自立と創造性を育成することにより、若いエネルギーと清新な感性を汲み上げ、学生とともに個性に輝く長崎大学を創っていくこと」なのである。

数年前に亡くなられたが「お客様は神様です」という標語を持つ国民的大歌手がいた。彼が日々修練を重ねたのは、お客様にレコードを買ってもらい舞台に足を運んでもらうためだったのであろうが、重要なことは彼がお客様の反応や要求に敏感で、それに対応して自らの芸風を変え不断の成長を図ったことである。お客様こそが彼を国民的大歌手の地位に引き上げたのである。「国立大学は学生のニーズに敏感で、自己変革に努めてきたか?」。これが私の学長としての出発点である。先の運営諮問会議においては「学生顧客主義」の真意を改めて説明し了解をうることができた。その後、学内の法人化対策説明会でも「学生顧客主義」という標語を削除あるいは変更する必要はないとの結論になっている。

話は変わるが、さきごろ文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に本学の申請課題「特色ある初年次教育の実践と改善〜教育マネジメントサイクルの構築〜」が採択された。また、新潟大学、富山大学と共同で申請した「ものづくりを支える工学力教育の拠点形成〜創造性豊かな技術者を志す学生の連携による教育プログラム〜」も同時に採択された。このプログラムは研究拠点形成を目指す「21世紀COE (Center Of Excellence) プログラム」の教育版であり、「21世紀教育COE」とも称される。書類審査とヒアリングをへて全国の国公私立大学からの664応募課題中の80課題が採択された。長崎大学は競争率8.3倍の難関を突破しての2課題採択ということになる。2課題採択は全国で本学のみである。

先行した平成14年度「放射線医療科学国際コンソーシアム」と15年度「熱帯病・新興感染症の地球規模制御戦略拠点」の2課題の「21世紀研究COE」指定に引き続く快挙であり、長崎大学中期目標・中期計画の基本的な目標に「研究と教育の両面で世界のトップレベルを目指す」と謳っている本学にとっては来年度の国立大学法人化へ向けて大変に勇気づけられる結果となった。

申請課題「特色ある初年次教育」は、本学の特色ある三つの初年次教育カリキュラム、すなわち?教養セミナー(全学教育)?文理融合型基礎科目(環境科学部)?補習授業(工学部)に、大学教育機能開発センターが開発した授業改善のための教育マネジメントサイクルを適用し、新しい教育マネジメントモデルを創成しようとしている。授業実施→評価→改善→実施と続くマネジメントサイクルの中では、学生による授業評価がきわめて重要かつ不可欠な位置を占める。彼らの授業評価結果に基づき改善対象・方法を決定することになるからである。本学ではすでに「学生による授業評価」が実施されているが、これまで以上に実のある授業評価を通して、このプロジェクトに学生諸君が主体的に参画してくれることを期待している。

8月27日の「教育COE」ヒアリング審査の際に「学生顧客主義」が話題となった。申請書冒頭の「大学の理念」の項に記したこの言葉が審査員諸氏の関心を引いたらしい。「旧来の日本の大学風土では受け入れられにくい言葉だと思いますが、大胆な理念ですね。学内の合意は得られていますか?」と質問された。言葉の意味するところと学内での議論の経緯を述べたところ、審査員諸氏が大きくうなずいてくださったように思えた。「長崎大学に教育改革の志あり」と認識いただけたと思っている。

「学生顧客主義」とは、学生に媚び甘やかすこととは全く異なり、学生諸君の意欲を高め、不断の精進、自主性や創造性を高めるための支援体制の確立である。学生参加のもと,「学生が持つ能力を最大限に伸ばすことができる大学作り」,これを私は長崎大学の「学生顧客主義」と呼びたい。


追記:本文は「学術月報2003年10月号」(独立行政法人日本学術振興会発行)に掲載