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学長室

平成23年度長崎大学入学式学長告辞

2011年04月04日

 平成23年度長崎大学新入生の皆さん,入学おめでとう。諸君の入学をこころより歓迎します。本日まで,新入生を見守り育んでこられました,ご列席の保護者の皆様にもお祝い申し上げます。 

 春,桜の花も満開となり,この国が最も美しく輝くはずの季節です。しかし,今年はいつもとは少し異なる春となってしまいました。日本中を悲しみと,緊張感と,不安感が覆いつくしています。3月11日,マグニチュード9.0,観測史上世界最大級の揺れと津波が,東日本の広い範囲を襲いました。そして,東京電力福島第一原子力発電所において重篤な事故が発生し,周辺地域の放射能汚染が深刻化しています。未曾有の危機がこの国を襲っているのです。

 君たちには,このような状況の下での入学式を,ある意味運命として受け止めてほしいと思います。2011年3月11日,この日は,この国の大きな節目として,日本人の心に永く記憶される日になります。この大震災の前と後では,日本も日本人も大きく変わることになります。変わらなければ,この国は,今の,そして今からの困難を克服することはできません。そのような節目のときに大学に入学し,自立した社会人,知識人,国際人となるための準備を開始する君たちは,今後の人生のなかでの自らの原点として,この日のことをしばしば思い起こすことになるはずです。いま被災地で,そして日本で起こっていることを,しっかりと見届けてください。そして,これから被災地やこの国を襲うであろう困難を正面から見据えてほしいと思います。

 さあ,とにかく,新しい生活が始まります。新入生の皆さん,深刻になりすぎる必要はありません。萎縮し,落ち込まないでください。明るくいきましょう。これからの長崎での大学生活あるいは大学院生活を大いにエンジョイしてください。そして,多くのことを学び,多くの出会いを体験し,いろいろな意味での付加価値をたくさん身につけてください。

 さて,君たちは,長崎大学を自ら選び,競争に勝利し,そしてこの入学式に臨んでいます。大学生最初の日にあたり,今日は,自らが選んだ長崎大学で学ぶことの意味,そして長崎という街に住み,学ぶことの意味を考えてみてほしいと思います。

 手前味噌かもしれませんが,私は,他の大学と較べて,長崎大学の個性はきわだっていると思います。そのルーツは,長い歴史のなかで醸成された長崎という土地の記憶,そしてそこに存在してきた長崎大学の記憶にあります。この記憶の蓄積のなかで,大学の伝統が形作られ,それが個性につながっているのだと思います。今日は,長崎大学の最も大切な三つの記憶について,お話ししたいと思います。目を閉じ,(もちろん目を開けていても結構ですが),長崎大学の記憶をイメージし,私と共有してみてください。

 まず,長崎大学創設時の遠い記憶です。150年前,鎖国の日本にあって,世界に開かれた唯一の窓であった長崎には,西洋文明を学ぼうと日本全国から野心に満ちた若者たちが集結していました。長崎で学んだ彼らは,ほどなく明治維新を担うことになります。坂本龍馬が,岩崎弥太郎が,高杉晋作が,福沢諭吉が,そして大きな志を胸に抱いた君たちと同じ年頃の多くの若者が,眼を輝かせ,天を仰ぎながら長崎の街を闊歩していたのです。ちょうどその頃,オランダ人医師ポンペがこの地に医学伝習所を開設し,長崎大学の始まりとなったのです。150年前の長崎大学の先達たちの青雲の心意気に思いを馳せてみてください。

 二つ目は悲しい記憶,そして長崎大学が決して忘れてはならない記憶です。1945年8月9日午前11時2分,一発の原子爆弾が長崎市上空で炸裂しました。瞬時にして,学び舎と附属病院は破壊しつくされ,本学の教職員・学生約900名の生命が奪われました。長崎市民の犠牲者は数万名にも及び,今なお後遺症に苦しむヒバクシャがおられます。彼らの無念に思いを致してほしいのです。そして瓦礫のなかで立ち上がり,復興に尽力され,現在の長崎大学の礎を築いていただいた先輩たちの努力にも,感謝の思いを巡らしてください。

 そして新しい,嬉しい記憶です。1951年卒業の本学の大先輩,下村脩先生が3年前の2008年,ノーベル化学賞を受賞されました。先生は何度か来学され,母校の後輩たちに力強く温かい激励の言葉をいただきました。下村先輩は,原爆被災直後の長崎大学で,大変な苦労をされながら研究に没頭し,研究者としての志を立てられました。皆さんが今から,学び,そして生活する同じこの長崎大学という空間で半世紀以上前に,下村先輩が原爆被災後の何もない環境のなかで一心に研究に取り組まれていた姿を想像してみてください。自然と,勇気と力がわいてくるはずです。

 以上が,長崎大学の大切な三つの記憶です。君たちは,これらの記憶を皮膚感覚で実感し,具体的にイメージできる空間で学ぶのです。かつて坂本龍馬が眼を輝かせて闊歩した街に住み,必死に研究に没頭しているノーベル賞学者の若き日の姿を想像しながら学ぶ,長崎大学にしかない,素晴らしい環境です。

 大震災から3週間あまり。長崎大学にとっても大変な3週間でした。私は,この短い期間に,新しい長崎大学の個性が形作られつつあることを感じています。今回の震災に対する,長崎大学の初期支援活動は,迅速性,機動性そして質と量,いずれをとっても全国の大学のなかで際立っています。震災2日後の13日には,岩手県釜石市に近い遠野市に長崎大学医療支援拠点の旗が立ちました。翌14日には,長崎県の支援物資を満載した水産学部の練習船「長崎丸」が緊急出航しました。長崎丸は,陸路輸送がまったく回復していない段階で,福島県小名浜港と岩手県宮古港に一番乗りし,被災地の皆さんに大変感謝されたそうです。さらに長崎大学は,地震と津波に原発事故が加わり,最大の困難をかかえる福島県に最大限の支援を行なうことを決断しました。ヒバクからの復興の経験と,ヒバク影響研究の蓄積を有する大学としての義務であると考えました。震災直後にヒバク医療専門家チームを緊急派遣しましたが,その後,本学の2名の教授が福島県知事の放射線健康リスク管理アドバイザーに任命され,風評被害対策など福島県の危機管理のリーダーとして,現在きわめて重要な役割を果たしています。この福島県での活動を合わせ,これまでに延べ100名近い本学教職員が被災地に赴き,支援活動に従事してきました。私自身も,一昨日福島に赴き,福島県立医大との緊急学術交流協定を締結してきたばかりです。

 この長崎大学の活動を見た,ある中央官僚は,「現場に強い長崎大学の面目躍如ですね。」と評してくれました。大変なほめ言葉です。調査・研究,経験,人材,チームワークなどすべての面での蓄積と準備がないと現場での強さは出てこないのですから。そして,その時,長崎大学に新たな個性が醸成されつつあること,それが社会に認知されつつあることを,私は実感しました。長崎大学の新たな個性,そのキャッチフレーズは,「現場に強い長崎大学,危機に強い長崎大学,そして,行動する長崎大学」であります。

 新入生の皆さん,諸君にもこの長崎大学の新しい個性そして伝統の創生に,ともに取り組んでほしいと思います。君たちに望むことは,この新しい個性を体現する人材として成長すること,それに尽きます。医療,ものづくり,教育,経営・金融,国際協力等それぞれの専門領域の知識をしっかりと学び,技術を磨き,多くの現場経験を積んで,現場に強い専門家として成長してください。幅広い人間力を涵養し,勇気と理性を兼ね備えた危機に強いリーダーとして成長してください。そして,決断し,果敢に実行しやり遂げることのできる肉体的かつ精神的にタフな,行動する知識人として成長してほしいと思います。

 大学の個性と同様に,あるいはそれ以上に重要なのが個々人の個性です。人間は多様であり,君たちそれぞれも異なる個性を持っています。将来,君たちが社会で果たすことになるであろう役割もそれぞれ異なるはずです。異なる個性が触れあい,触発しあい,切磋琢磨することのできる空間,そしてそれぞれが個性を磨き,夢を育み,志を立て,自立した人間力を獲得することのできる場。長崎大学は,そんなキャンパスでありたいと思っています。どうか,多くの素晴らしい出会いをしてください。そして,それぞれが多様性のなかのオンリーワンとしての自分自身を認識し,自立した個性を確立してください。長崎大学という場を最大限に利用し,さまざまなチャレンジと体験をし,新たな自分を発見してください。世界も日本も大きな変革期を迎えています。大変革期の主人公は君たち若者です。君たちの出番がもうすぐそこまで来ているのです。その時に備えて,それぞれの志を立て,将来の夢の実現に向けて,眦(まなじり)を決して,それぞれのやり方で蓄積し,準備してほしいと思います。

 最後に,すべての平成23年度入学生諸君にとって,これからの大学生活が,楽しく,エキサイティングで,そして実りの多いものとなることを祈念して,お祝いと歓迎のごあいさつといたします。

長崎大学長
片峰 茂