2026年05月13日
クルーズ船での集団感染がニュースとなっているハンタウイルス。ヒトからヒトへの感染の可能性があるアンデス種であるとWHOが発表し、世界の関心が一層高まりました。ハンタウイルスの基礎的な情報について、長崎大学熱帯医学研究所、長崎大学パンデミック総合研究センター、長崎大学病院総合感染症科感染制御教育センターの専門家が解説します。
Q1 ハンタウイルスとはどんなウイルス?
Q2 感染経路は?
Q3 人獣共通感染症とは?
Q4 過去に日本での感染事例はある?
Q5 新型コロナのように感染は広がる可能性は?
Q6 ワクチンはあるのか?
Q7 万一の感染した場合の治療体制は?
Q1 ハンタウイルスとはどんなウイルス?
ハンタウイルスは、自然界で、ネズミ(齧歯類)、モグラ(食虫類)またコウモリなどを自然宿主(ウイルスを長期間保持している動物)とする「ブニヤウイルス綱ハンタウイルス科」に分類されるウイルスの総称です。その中で、ネズミを自然宿主とするハンタウイルスには、感染したヒトに、2種類の深刻な病気を引き起こすものがあります。ひとつはアジアやヨーロッパで多く見られる「腎症候性出血熱(HFRS)」で、発熱や腎臓の障害(腎不全や出血傾向など)が特徴です。もう一つは南北アメリカ大陸で発生する「ハンタウイルス肺症候群(HPS)」で、急激な呼吸困難やショック状態を引き起こし、致死率(正確には、致命率といいます)が最大50%にも達する非常に重篤な病気です [1]。
今回、大西洋を航行していたクルーズ船「MV Hondius」において集団発生の疑いが報告され、その原因として確認されたのが、南米を中心に生息するネズミが媒介する「アンデスウイルス」です [2]。アンデスウイルスはHPSを引き起こす代表的なウイルスの一つであり、今回のクルーズ船の事例においても、患者に重い肺炎や急性呼吸窮迫症候群などが現れ、5月12日現在WHOの発表では感染者は9名。そのうち3名が亡くなる事態となっています。
このアンデスウイルスを自然界で媒介しているのは、主にアルゼンチンやチリなどに生息する「オナガコメネズミ(学名:Oligoryzomys longicaudatus)」などの特定の野生げっ歯類です。これらのネズミ自身はウイルスに感染しても無症状のまま長期間ウイルスを体内に保有し、唾液や糞尿を通じて環境中にウイルスを排出し続けます[3]。
「この南米のウイルスが、日本のネズミに感染して国内で広がるのではないか?」と心配されるかもしれませんが、その可能性は極めて低いと考えられます。ハンタウイルスには「非常に強い宿主特異性(特定の動物にしか感染・定着しない性質)」があり、地質学的な長い時間をかけて特定の種類のげっ歯類と一緒に「共進化」を遂げてきました。そのため、「この種類のウイルスは、この種類のネズミしか自然宿主にならない」という厳密な組み合わせが決まっており、オナガコメネズミなどに特化したアンデスウイルスが、生 態の異なる日本のネズミ集団に入り込んで定着することはないと考えられます。
ただし、日本のネズミがハンタウイルスと無関係というわけではありません。日本の港湾地区にいるドブネズミがHFRSの原因となる「ソウルウイルス」を保有している可能性や、北海道のタイリクヤチネズミが北欧などで見られる「プーマラ種」に近いウイルスを保有している可能性など、日本のネズミはその種に適合したアンデスウイルスとは別のハンタウイルスを保有していることはありえます [4]。
最新の事例や詳細なリスク評価については、以下の国立健康危機管理研究機構(JIHS)のサイトもあわせてご確認ください。
https://id-info.jihs.go.jp/risk-assessment/hantavirus-pulmonary-syndrome/20260506/index.html
(長崎大学熱帯医学研究所所長 金子聰教授) |
※長崎大学熱帯医学研究所ホームページ
https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/nekken/
Q2 感染経路は?
ハンタウイルスは一般的にウイルスを保有するネズミの糞、尿、唾液に直接触れることや、乾燥した排泄物が混ざった「ほこり(粉塵)」を空気中から吸い込むことによりヒトに感染します。また、ウイルスを持つネズミ等のげっ歯類に直接噛まれたり、汚染された手で自分の目や口などの粘膜に触れたりすることでも感染します。通常、「ヒトからヒトへ」と感染することはありません [3]。
しかし、今回のクルーズ船での集団発生の原因となった「アンデスウイルス」は例外であり、ハンタウイルスの中で唯一、ごくまれに「ヒトからヒトへの感染」を起こすことが確認されています。
このヒトからヒトへの感染は、潜伏期の後半(発症の直前)から症状のある期間とされており(潜伏期のほぼ大部分に感染性はないともいえます)、長時間を共に過ごす密閉・密集空間での共有、または咳やくしゃみによる飛沫、唾液などの体液への直接的な濃厚接触等で起きると考えられています [5,6]。また、ウイルスに感染してから症状が出るまでの「潜伏期間」には個人差があり、非常に幅が広いのが特徴です。一般的には2〜4週間程度で発症することが多いですが、早い場合は4日、長い場合は最長で8週間(約2か月)に及ぶことも報告されています。そのため、WHOは、感染リスクのある環境にいた場合や感染者と接触した場合、「発症前の無症状の状態での伝播を完全には否定できない」として、感染者と濃厚接触した人に対し、最後に接触した日から最大で42日間(6週間)にわたる健康観察期間をおくことを推奨しています [2,6]。
今回のクルーズ船内でも、客室やイベントなどの閉鎖的な環境で乗客同士の濃厚な接触があったため、最初の感染者(南米でネズミの生息環境に曝露したとみられる人物)から次々とヒトを介して感染が広がってしまった可能性が高いと分析されています [2]。
| (長崎大学熱帯医学研究所所長 金子聰教授) |
Q3 人獣共通感染症とは?
人獣共通感染症とは、動物から人へ、または人から動物へ感染する病気のことで、ウイルス、細菌、寄生虫など多様な病原体によって引き起こされます。代表的なものとして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や重症熱性血小板減少症候群(SFTS)、鳥インフルエンザ、狂犬病などが挙げられます。近年は、人や物の移動が世界中で活発になったことに加え、自然環境の変化や気候変動などの影響によって、新しい感染症が発生・流行しやすい状況になっているとされています。そのため、人の健康だけでなく、動物の健康や環境にも目を向けながら対策を進めることが大切です。感染症を正しく知り、日頃から動物との適切な接し方や衛生管理を心がけることは、私たち自身の健康を守ることにもつながります。
| (長崎大学パンデミック総合研究センター(M-PaReC)センター長 吉田彩子教授) |
※長崎大学パンデミック総合研究センター(M-PaReC)とは
https://www.plh.nagasaki-u.ac.jp/1643/
Q4 過去に日本での感染事例はある?
日本国内において、過去にハンタウイルスによる感染症が発生した事例はあります。1960年代には大阪で、住環境の悪い場所においてドブネズミを介した「腎症候性出血熱(HFRS)」の患者が119名発生し、2名が死亡したという記録があります [4]。さらに、1970年代から80年代にかけては、全国の医学系動物実験施設で、実験用のラットから感染が広がり、120名以上の患者が発生しました。これらは主に「ソウルウイルス」と呼ばれる種類によるものでした [4,7]。しかし、実験施設での環境改善が進み、現在の感染症法が施行された1999年以降は、日本国内での感染事例の報告はありません [7]。
今回のクルーズ船での感染原因と確認されたアンデスウイルスは、主にオナガコメネズミ(学名:Oligoryzomys longicaudatus)という野生のネズミが自然宿主(ウイルスを自然界で保持している動物)となっています [3]。また、このネズミ以外にも長毛草マウス(Abrothrix longipilis)などのげっ歯類がウイルスを保有していることが分かっています。
これらのネズミは、アルゼンチンやチリをはじめとする南米の農村部や森林地帯に生息しており、ネズミ自身はウイルスに感染しても無症状のまま、唾液や糞尿を通じてウイルスを排出し続けます。なお、日本のネズミには感染しないのか?という疑問についてはQ1の回答を参照ください。
| (長崎大学熱帯医学研究所所長 金子聰教授) |
Q5 新型コロナのように感染は広がる可能性は?
結論から申し上げますと、今回のアンデスウイルスが新型コロナウイルスのように、街中で次々と爆発的・世界的に広がる(パンデミックになる)可能性は「極めて低い」と考えられます。
その理由として、疫学的研究からアンデスウイルスの「ヒトからヒト感染」は、一般的な社会生活においては、非常に限定的であることが示されています 。1996年にアルゼンチンで初めてヒト-ヒト感染が確認されたアウトブレイク(Epilink/96)では、再生産数(1人の感染者が次に何人にうつすかを示す数値)は、約0.7と事後的に推定されており、このアンデスウイルスは、持続的な感染拡大を起こしにくいと考えられています [9]。
その一方で、別のアルゼンチンの事例(2018–2019年 Epuyén)では、流行初期において、一時的に高い再生産数が推定されたことも報告されています。しかし、これはウイルスが変異して強い感染力を持ったことが理由ではなく、症状のある感染者が、100人規模の誕生日パーティーや葬儀といった密集した大規模な社会的イベントに長時間参加し、一度に多数の人と濃厚な接触を持った結果生じた「スーパースプレッディング(超拡大)」という、極めて特殊な環境要因によるものであったと解釈されています [9]。
新型コロナウイルスが日常的な会話や飛沫などで容易に感染が広がるのに対し、アンデスウイルスは、同居する家族や密室での看病、または密閉・密集した空間での長時間の共有、体液(唾液や呼吸器からの分泌物など)への直接的な接触がない限り、ヒトからヒトへは感染しないと考えられています。そのため、一般の社会生活において感染が広がることは通常起こりにくいと考えられています [3,6]。
また、濃厚な接触が主な感染ルートであるため、患者の隔離や接触者の自主隔離といった標準的な公衆衛生対策が極めて効果的に機能します [5,10]。実際、感染が拡大した先のアルゼンチンの事例でも、これらの対策が実施された後には再生産数が1未満(約0.96)に低下し、感染拡大は抑制されました [9]。
以上より、自然宿主である特定のげっ歯類が生息していない日本において、アンデスウイルス感染が拡大するリスクは極めて低いと考えられます[7,11]。また、仮にウイルスが国外から持ち込まれた場合であっても、標準的な感染対策によって十分に制御可能と考えられます。
| (長崎大学熱帯医学研究所所長 金子聰教授) |
Q6 ワクチンはあるのか?
ハンタウイルス感染症に対するワクチンは、韓国や中国で使用されていますが、世界的に有効性が確立されたワクチンはなく、研究、開発が行われています。日本において現在、使用可能なワクチンは存在していません。
| (長崎大学病院総合感染症科・感染制御教育センターセンター長 泉川公一教授) |
※長崎大学病院感染制御教育センターホームページ
https://www.mh.nagasaki-u.ac.jp/nice/
Q7 万一の感染した場合の治療体制は?
万一、日本で重症の感染者が出た場合、様々な医療従事者が連携して集学的な治療(複数の治療法を組み合わせ、その患者さんにとって最適の治療)を行う必要があります。長崎大学病院においては、こういった致死率の高い感染症患者さんを専用の病床で、チームで治療を行う体制が整えられています。また、医療従事者も普段から感染対策や患者受入の訓練、シミュレーションを行っており、安全に医療を行う体制があります。
| (長崎大学病院総合感染症科・感染制御教育センターセンター長 泉川公一教授) |
参考文献
1. World Health Organization. Hantavirus.
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus.
2. World Health Organization. Hantavirus cluster linked to cruise ship travel, Multi-country.
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2026-DON600.
3. Government of UK. Andes hantavirus: epidemiology, outbreaks and guidance.
https://www.gov.uk/guidance/andes-hantavirus-epidemiology-outbreaks-and-guidance.
4. 苅和宏明. ブニヤウイルスーウイルスと宿主の相互関係・ハンタウイルスとげっ歯類の共進化.
https://jsv.umin.jp/journal/v52-1pdf/virus52-1_061-067.pdf.
5. European Centre for Disease Prevention and Control. Hantavirus-associated cluster of illness on a cruise ship: ECDC assessment and recommendations .
https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/TAB-hantavirus-06052026.pdf.
6. U.S. Centers for Disease Control and Prevention. About Andes Virus.
https://www.cdc.gov/hantavirus/about/andesvirus.html.
7. 国立健康危機管理研究機構. 国外航行中のクルーズ船におけるハンタウイルス感染症事例について.
https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/hantavirus-pulmonary-syndrome/detail/index.html.
8. 国立健康危機管理研究機構. ハンタウイルス肺症候群(詳細版).
https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/hantavirus-pulmonary-syndrome/detail/index.html.
9. Martínez VP, Di Paola N, Alonso DO, Pérez-Sautu U, Bellomo CM, Iglesias AA, et al. “Super-Spreaders” and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina.
New England Journal of Medicine. 2020;383.
doi:10.1056/nejmoa2009040
10. Government of Canada. Rapid risk assessment: Hantavirus (Andes virus) outbreak on international cruise ship.
https://www.canada.ca/en/public-health/services/emergency-preparedness-response/rapid-risk-assessments-public-health-professionals/rapid-risk-assessment-hantavirus-andes-virus-outbreak-international-cruise-ship.html.
11. 厚生労働省. ハンタウイルス感染症(腎症候性出血熱、ハンタウイルス肺症候群)(Hantavirus Infection).
https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/name35.html.
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