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長与専斎先生の曾孫が本学医学部を訪問

2026年2月17日(火)、長崎府医学校(現・本学医学部)の初代頭取(校長)を務めた長与専斎(1838–1902)の曾孫にあたる渡辺英美氏が、本学医学部を訪問されました。今回の訪問は、専斎の長崎での足跡と功績について理解を深めることを目的としたものです。

長与専斎は、西洋医学教育の父と称されるポンペ・ファン・メールデルフォールト(J. L. C. Pompe van Meerdervoort, 1829–1908)が長崎奉行所西役所にて行った日本初の体系的な医学講義の受講者の一人です。
ポンペが医学伝習を開始した1857年11月12日(安政4年9月26日)は、近代西洋医学教育発祥の日とされ、現在は本学医学部の開学記念日となっています。
長崎奉行所西役所での医学伝習は1861年に養生所へと発展し、続いて医学生教育のための医学所が併設されました。さらに両者が統合し、1865年には「精得館」へと改組。この後身が長崎府医学校病院となり、本学医学部の源流となりました。

渡辺氏は、大村市歴史資料館企画展にて2026年1月20日(火)~2月23日(月)の期間に開催された「衛生の祖長与専斎」への訪問をかねて、本学部を訪問なさいました。まず、医学部良順会館内の「専斎ホール」や「創立150周年記念ミュージアム」を見学されました。
その中で、明治4(1871)年、専斎が欧米派遣使節団の一員として先進諸国の医学教育・衛生制度を視察し、帰国後の明治6(1873)年に文部省医務局長へ就任したこと、また「Hygiene」の訳語として「衛生」を創案した功績などについて、渡辺氏ご自身がUNICEF勤務時代にバングラデシュなどで国際保健活動に従事されており、衛生環境の重要性を実感された経験から、専斎の考えに強く共感するとの思いを語られました。

さらに、本学附属図書館医学分館を見学し、ポンペが講義で使用した人体模型“キュンストレーキ”や、当時の講義ノートなど、専斎も活用した可能性のある貴重な資料を視察されました。なお、これらの資料は、本学医学部の長い歴史と教育の歩みを示す重要な遺産です。

良順会館内の長与専斎のレリーフ
創立150周年記念ミュージアム
長与専斎先生の曾孫・渡辺英美氏