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温泉熱を活かした持続可能な温泉地づくりに係る実践的研究



大学院水産・環境科学総合研究科 環境科学領域 教授 渡辺 貴史
大学院水産・環境科学総合研究科 環境科学領域 教授 馬越 孝道



1.持続可能な温泉地の形成に対する温泉熱の役割
カーボンゼロ社会を実現するためには,再生可能エネルギーを積極的に使う必要があります。環太平洋火山帯に位置する日本には,世界第3位に相当する地熱資源があると推定されています。地熱は,他の再生可能エネルギー(風力・水力等)と比べて天候など周囲の環境の影響を受けづらく,年間を通じて安定的に活用できるといわれております。そのため地熱は,我が国がカーボンゼロ社会を実現する上で,重要な役割を果たす再生可能エネルギー源の一つといえるでしょう。
しかし新たな地熱資源の開発は,開発コストの高さ,開発規制の厳しさ,そして開発に対する関係者の反発の強さなどから,進んでいるとはいえません。そうしたなか既に開発された地熱資源の一つとして,注目されているのが,温泉地の温泉です。古くから湯治・観光の場として親しまれてきた温泉地は,日本国内の半数近くの市町村のなかに2,982カ所あります。これら温泉地には,温泉を汲みだすためにつくられた27,283ヶ所の源泉があり,毎分2,518,971Lの温泉が湧き出しております(以上,環境省資料:2020年6月現在)。
温泉に含まれる熱エネルギー(以下,温泉熱)は,浴用だけでなく,発電,暖房,温水生成,食料生産と製造,調理,融雪等に使うことができます。つまり温泉熱は,先に示した使い方をすることによって,石油・石炭等の枯渇性エネルギーの使用量を減らし,カーボンゼロ社会の実現に貢献する可能性を持っているといえます。しかしながら多くの温泉地では,浴用に適した温泉熱のみが使われ,残りは使われないまま捨てられているのが現状です(環境省,2019)(写真—1)。
これまで私たちは,カーボンゼロ社会の実現に向けて,温泉熱を活かした持続可能な温泉地づくりに係る実践的な研究に取り組んできました。



写真-1 海に放流される温泉水(小浜温泉(長崎県雲仙市))



2.温泉発電の実現に向けたアクションリサーチ

温泉熱の活用に係る研究に取り組むきっかけとなったのは,小浜温泉における温泉発電事業に対する関与です。長崎県雲仙市にある小浜温泉は,湧出最高温度が105℃であり,1時間当たりの平均湯量は579.8tでした。しかしそのうち84.6%にあたる490.0tは,未利用となっていました(2012年時点)。小浜温泉では,私たちが関わる前からこうした豊富な地熱資源を活かした発電導入に係る取り組みが行われていましたが,上手くいっていませんでした。
2007年4月には,雲仙市,長崎県環境部,長崎大学環境科学部が,雲仙市を持続可能な社会にすることを目的とした連携協定を締結しました。私たちや本学の大学院生であった佐々木裕氏(現雲仙市環境水道部環境政策課)をはじめとする本学部の関係者は,本協定の締結を契機に,温泉発電事業(以下,事業)を実現するために,様々な取り組みを行いました。こうしたアプローチをとる研究はアクションリサーチと呼ばれるものであり,調査者と対象地域の関係者が状況を改善するための行動を起こし,実践的な成果をめざすものです。そして7年後の2013年4月には,実践的な成果の一つといえる小浜温泉バイナリー発電所の開所に至りました(写真—2)。
現在も進行中のアクションリサーチからわかった事業を実現するために必要な主なこととしては,次の4点が挙げられます。
(1)事業を実現するためには,事業実現に必要とされる様々な手続きにおいて,地方自治体に関与してもらう必要があります。地方自治体の主体的な関与を可能にするためには,地方自治体がつくる計画において事業を推進することを明記してもらう必要があります。
(2)様々な関係者が関与する事業の実現においては,関係者の利害を調整し事業実現の方法を話し合う場である協議会をつくることが望ましいです(写真—3)。
(3)事業を検討する際にとくに気をつけるべきことは,いかに温泉関係者に損失を与えないかに配慮することです。特に温泉関係者がもっとも憂慮する温泉の枯渇に対する対応は,とても重要です。
(4)先の3つの事柄をすすめるためには,専門的知識を持ち,対象地域の関係者から信頼され,そして実現に向けて強い意志を有する主体が必要です。本事業においてそれに当たるのは,本学部関係者と考えられます。実際に対象地域の関係者のお一人は,新聞の取材に対して,反対から推進の立場に変わられた理由の一つとして,「大学は研究機関だし,余った温泉の活用ならいいじゃないか」と答えておられます。
なおより詳しいことにご関心がある方は,以下のサイトもご参照下さい。
参考:小浜温泉プロジェクト 10年のあゆみ
https://www.aerrc.nagasaki-u.ac.jp/files/acreport/Obama_HotSpring_PJ.pdf



写真-2 小浜温泉バイナリー発電所の開所式



私たちは,協議会の構成員の一員として,協議会の運営に関わりました。

写真-3 小浜温泉エネルギー活用推進協議会設立総会の集合写真



3.温泉熱の多角的な活用による脱成長型の温泉地づくり
温泉熱活用の特徴として挙げられるのは,発電が比較的高い温度帯の熱を必要とする一方,食料生産と製造は低い温度帯の熱で対応できるといったように,活用方法によって必要とする熱の温度帯が異なることです。温泉熱は,浴用を含む複数の活用方法の組み合わせを通じて,無駄なく使えます。私たちは,このような温泉熱の多角的な活用の実態を,明らかにしてきました。
多角的な活用を実施する温泉地の一つである土湯温泉(以下,土湯)は,福島市の中心市街地から南西約16kmに位置する温泉地です。土湯が温泉熱の多角的な活用に積極的に取り組むに至ったきっかけは,2011年3月11日に発生した東日本大震災です。大震災による被害と原発の風評被害により宿泊客を大きく減少させた土湯では,災害時でも供給可能な電源であり,先進・希少性という点から観光に活用できる資源となり得る,温泉発電を含む温泉熱の多角的な活用に対する機運が高まり,様々な取り組みが行われてきました。
土湯温泉では,源泉(約140℃)から湧き出す熱水と蒸気を,まず発電(バイナリー発電)に用いています。発電に利用した後の温泉水(約65℃)と発電に使われた冷却水(約21℃の温水)は,下流方向約2km先にある温泉街に供給されるとともに,2つの用途に使われています。第1は,体験学習施設の一つである発電施設の展望施設の融雪です。第2は,エビ(オニテナガエビ(Macrobrachium rosenbergii))の養殖です。温泉水と冷却水は,約200㎡の土地に設置された水槽に用いる養殖用水の製作に活用されています。養殖用水には,冷却水を,温泉水と熱交換設備を用いて生育適性温度である27℃までに上昇させたものが使われています(図—1)。
2018年度の東北電力に対する売電収入(小水力発電分も含む)は,当初の予想(約9600万円)を上回る約1億円以上を上げました。発電は,売電収入とともに年間約2000tのCO2排出量の削減に寄与していることが推計されました。また売電収入の一部は,地域への還元と定住人口を増加させるために実施されている3つの地域支援事業(土湯温泉足軽サービス,土湯温泉通学マイロードサービス,土湯温泉学光サービス)に充てられています。土湯温泉足軽サービスと土湯温泉通学マイロードサービスでは,交通弱者である高齢者と高校・大学生の交通費を支援しています。土湯温泉学光サービスでは,地元小学校に就学する児童を持つ保護者に,児童の給食費と教材費を全額無償支援しています。土湯は,取り組まれている内容の珍しさもあり,様々なメディアに取りあげられ,認知度が高まりました。その結果,これら施設には,2017年度に約200組2500人前後が見学に訪れており,交流人口の拡大に寄与しています。
私たちは,これら土湯の取り組みを,地域に必要なエネルギーを地域で賄うことを想定している点や発電で得られた収入を交通弱者や児童を対象にした支援事業により地域に還元している点等から,温泉熱の多角的な活用による脱成長型の温泉地づくりに相当する取り組みが行われているものと評価しております。



出典:渡辺(2019)をもとに作成


図-1 発電施設・展望施設・養殖施設の配置(土湯温泉(福島県福島市))



4.温泉熱の活用に係るローカルルールの運用実態の解明と地域への還元

温泉熱の活用方法の一つである温泉発電のなかには,着手時において発電が行われる地域の関係者に対して事業の内容を説明しない,あるいは必要な手続きが円滑に行われていない例がみられます。こうした例が数多く発生することは,関係者からの信頼を失うこととなり,温泉発電が受け入れらない事態を招く恐れがあります。
こうした事態に直面した温泉地のなかには,先に示した事態が発生することを防ぐために,ローカルルールと呼ばれる地域独自のルールをつくっているところがあります。
全国的に有名な温泉地の一つといえる別府温泉郷がある大分県別府市では,先に説明した例が数多く発生したことを受けて,2016年5月に「別府市温泉発電等の地域共生を図る条例」を施行しました。同条例では,図—2に示す通り,必要な手続きが円滑に行われ,地域の関係者に理解を頂けるようにするためのルールが定められております。地域の関係者からの温泉発電に対する苦情は,同条例の施行により,大きく減少しました。
さらに九州内のその他の温泉地がある市町(大分県九重町,熊本県南阿蘇町,鹿児島県霧島市・指宿市等)のローカルルールの研究も行って得られた知見は,先ほど登場した佐々木氏をはじめとする雲仙市と環境科学部の菊池英弘教授との共同作業にもとづき,2021年3月25日に施行された「雲仙市地熱資源の保護及び活用に関する条例」に反映されております。
参考:雲仙市地熱資源の保護及び活用に関する条例
https://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=36003


出典:渡辺ら(2018)


図-2 条例に記載された市と事業者の主要なやり取り



5.おわりに

私たちは,温泉地における温泉熱活用の実践への関わりから得られた経験の理論化と,温泉熱の活用に係る実態の解明から得られた成果の地域への還元を志向した研究に取り組んできました。
総務省が2021年6月25日に発表した国勢調査の速報値からは,三大都市圏への人口集中が進む一方,九州地方においては福岡県への人口集中が進行していることが明らかとなりました。自然災害をはじめとする様々なリスクを少なくする上では,特定地域への過度な人口集中を避けることが望ましいと考えられます。
温泉熱を活かした地方の温泉地づくりは,カーボンゼロ社会の実現とともに,前記にみられる通り,定住・交流人口の拡大を通じて,地方の維持・発展に役立つ可能性があると考えております。
私たちは,引き続き,カーボンゼロ社会の実現と地方の維持・発展に役立つ温泉熱を活かした持続可能な温泉地づくりに係る実践的な研究に取り組んでまいりたいと考えております。




本文に関係する主要な研究成果
1.渡辺貴史(2013):温泉地における主体の関わりと空間形成の関係の変遷.ランドスケープ研究,77(3),pp.218-222.
2.渡辺貴史・馬越孝道・佐々木裕(2014):長崎県雲仙市小浜温泉地域における温泉発電実証実験事業の成立過程の特徴.ランドスケープ研究,77(5),pp.549-552.
3.渡辺貴史・馬越孝道・小林寛(2017):温泉地における温泉発電事業と運営体制の関係.ランドスケープ研究,80(5),pp.631-636.
4.渡辺貴史・小林寛・馬越孝道(2018):大分県別府市における温泉発電の地域受容に係る条例の制定経緯と初動期の運用実態.ランドスケープ研究,81(5),pp.601-606.
5.渡辺貴史(2019):再生可能エネルギーを活かした持続可能な温泉地の形成.ランドスケープ研究,83(1),pp.46-47.

*本研究は,JSPS科研費22310031,15K07829,15K00657,21K05653の助成を受けて実施されているものです。


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