「捕食されたウナギがエラから逃げる!?
予想外の発見に震えました!」

Interview【研究者の横顔①】

長崎大学大学院総合生産科学研究科 河端 雄毅 准教授

長谷川 悠波 助教

ウナギの稚魚が捕食魚に丸のみされた後、その胃の中から消化管内を遡ってエラの隙間から脱出…にわかには信じがたいこの発見は、国内はもとより海外でも広く報道されました。 この研究を行った長崎大学大学院総合生産科学研究科の長谷川悠波助教と河端雄毅准教授にお話を聞きました。
(本文内敬称略)

長崎大学大学院総合生産科学研究科 河端雄毅准教授(左)と長谷川悠波助教 

食べられたはずのウナギの稚魚はいかにして脱出したのか?

ー発見したときの感想は?

長谷川:「えっ?なんだ?」…と絶句しました。
河 端:「なんだ、これは!」でしたね。とにかく驚いてしまいました。

ーどうやって発見をされたんですか?

長谷川:もともと河端先生の指導のもとで、ウナギの捕食回避行動を観察していました。飼育水槽の中のウナギの稚魚の行動を録画し、それをモニターで確認していたら「あれ?」と。食べられたはずの稚魚がなぜか泳いでいることに気づいたんです。

ー実際に脱出の場面を見たんですね

長谷川:はい。最初は、食べられたウナギ稚魚が捕食魚の口から逃れただけだと思っていました。しかしその後も何度か実験をしていると、食べられたウナギの尾が捕食魚のエラから出ていることに気が付き、観察しているうちにスルっと全身が出てきたんです。「えええっ!」と。慌てて先生に報告しました。
河 端:私も初めて見る瞬間で、驚きしかなかったですね。

捕食魚のエラの隙間からウナギの稚魚が脱出動画はこちらから視聴できます

脱出行動を動画撮影したい!X線を使うも試行錯誤の連続・・・

ー世界初の発見として稚魚の脱出行動を発表したのが2021年12月。そして今度はその様子をX線で動画撮影しようと考えられたのですね。

河 端:はい、発見に興奮した勢いで、業者さんにどんな映像が撮れるのか聞いて、X線装置を借して下さるよう交渉しました。
長谷川:どのようにしてエラから出てくるのか、ウナギの稚魚の動きを知りたい!と。
河 端:X線撮影装置で簡単に撮れると思ったんだよなぁ…

ーということは想像以上に難しかった?

長谷川:実は半年以上かかりました。稚魚の骨は細いため、X線に思ったように映らなかったのです。そこで、河端先生に加えて他の研究室の先生(平坂勝也教授)のアドバイスもいただいて、稚魚にバリウムを注入しようという方針になったのですが、これがまたうまくいかなくて…平坂先生に手伝ってもらい、自身でも試行錯誤を繰り返し、なんとかクリアしました。さらにX線撮影装置の画角(撮影できる範囲)がとても狭く、思うように撮影もできず、当然ドンコ(捕食魚)もこちらの願うようには捕食もしてくれず、さすがにこれは辞めようか…と心が折れそうになることも何度かありました。
河 端:捕食魚の口の模型を作って、そこにウナギの稚魚を閉じ込めて、どう出てくるかを観察しようか、という話までしていたんです

X線撮影装置と、装置の下で実際にドンコがウナギの稚魚を捕食する瞬間を待っている様子

ーそれでも諦めなかったのはなぜ?

長谷川:これといった理由は…ただ、やるしかないという思いだけでした。小さいころから生き物をじっと観察することが大好きで、粘り強さはある方かもしれません。
河 端:実験も観察も思い通りに行くものではありません。相手は生き物ですから余計に待つ時間も長くなります。実験方法を考えたり、行き詰まった時は突破口を探したり。あーでもない、こーでもない、と考えを巡らせるタイプの方が、この研究には向いているかもしれません。そういう意味で長谷川さんは向いている、と思います。

ー結果半年以上かかったんですね

長谷川:はい。X線撮影装置を2021年1月にお借りしてから、他の研究もありましたから、ずっと掛かり切りではなかったですが、撮影に成功したときは9月になっていました。

ーその時の感想は?

長谷川:撮れた映像に衝撃を受けて、文字通り震えました。私たちはウナギの稚魚は捕食魚の口の中からエラに向かって逃げ出しているとばかり思っていたのですが、撮影した映像を見ると、なんと稚魚は胃の中まで呑み込まれていて、そこから脱出していたんです。
河 端:もし、撮影を諦めて、模型を作っていたとしたら捕食魚の口の模型しか作っていなかったと思います。まさか胃の中から脱出しているとは思ってもいませんでしたから。あの時撮影を諦めていたら今回の発見はなかったですね。

ーそこから今度は論文を書いていったんですね

長谷川:Current Biologyという学術誌に投稿したんですが、査読(※)では厳しい指摘が続き、追加実験などで、受理されるまでに1年ほどかかりました。でも、厳しい指摘をしてきた査読者から、最終的に高い評価いただいたときは、河端先生と歓声を上げ、ガッツポーズでした。
河 端:発見した脱出行動自体も面白いものですが、ただ単に世間の人が面白がることを発見したのではなく、ウナギを研究する専門家たちの中でも高い評価をもらえる、学術的に非常に質の高い研究になったことが実はとても素晴らしいことだと思います。厳しい査読を通して長谷川さんも私も勉強になりましたし、かなり完成度の高い、良い論文になったと思っています。

研究生活の原点は小学生来の魚好きにあり

ーどうして水産学部に

長谷川:小さい時から魚を取りに行っては、観察するということをしていました。幼稚園の頃こそ昆虫に関心がありましたが、小学生の頃 から魚一筋で…近所に川が流れていて、そういう環境に恵まれていたことも要因かもしれません。高校生になっても進学のことを積極的に考えていたわけではないのですが、好きな魚の勉強ができるなら、と水産学部を選びました。

ー実際に入学してみて、イメージとギャップはありましたか

長谷川:いえ、特に。水産学部には魚や海が好きな人が集まっているので、互いに持っているこだわりや思いを語り合いながら大学生活を送れたので、とても楽しかったです。自宅で魚を飼っている人も多いので、飼育の方法などの情報交換もしていました。

ー長谷川さんも魚を飼っているんですか?

長谷川:はい。以前はウナギも飼っていましたが、現在はクマノミやベタ、サンゴ、金魚もいます。それにマダライモリも飼っています よ。

長谷川先生ご自宅の水槽
現在飼育しているのはクマノミやサンゴなど

魚のほかにマダライモリも飼育

ーどうして河端先生の研究室を選んだのですか

長谷川:どうしても行きたいという研究室があったわけではないんです。3年生の時、科目選択や進路に関して助言をしてくださっていた のが河端先生でした。研究室を訪問させていただき、これからウナギの捕食回避行動の研究をスタートされることを知りました。長崎大学の水産学部では淡水魚を研究対象にする研究室は珍しいんです。子供のころから川で魚を捕っていたことも重なって、淡水魚の研究ができるならいいな、と思ったことから、この研究室を選びました。

ー研究者になろうと思ったのは

長谷川:絶対研究者になるという意思があったわけではないです。理系ですから、修士までは行こうかなと漠然と考えていましたが、修士課程が終われば就職しようと思っていました。実際、水産系の研究機関にインターンにも行っていました。しかし、そこで職員の皆さんに 「研究機関で働くにしても、博士号まで取った方がいいよ」と言われ、大学院に残ることにしました。

ー今後の研究目標や、研究を通して将来実現したいことはありますか

長谷川:「ウナギの資源回復のためですか?」とか、よく聞かれるんですけど、正直、僕の場合は直接資源に貢献しようと思って研究をしているわけではありません。もちろん結果としてそういうことにつながるかもしれませんが、そこを目指して、ということではないかな。今回の研究成果は嬉しい発見でしたが、同時にいろんな疑問も湧いています。今回捕食魚はドンコでしたが、それ以外の魚だと同じように脱出ができるのか…とか。考え出すといくつも疑問や課題が出てきて、今後はそれに一つずつ取り組んでいきたい、という思いです。

ー今日はありがとうございました。さらなる成果を楽しみにしています。

※査読(さどく)
学術雑誌に投稿された論文を、その分野を専門とする他の研究者が読んで内容の妥当性などをチェックし、掲載するか否かの判断材料にする評価や検証のことです。まったく新しい分野の研究や、きわめて専門性の高い論文を評価できる専門家は限られています。新しい論文を公に発表する前にその専門家に研究成果を見せ、意見を聞くことで誤りを予め見つけ出すことができ、またアドバイスを受けて内容を向上させることができるというメリットがあります。
このように査読を通過した信頼性の高い論文を査読付き論文といいます。査読制度を設けていない雑誌の論文よりも、査読付き論文の方が社会的学術的な客観的評価は高くなる傾向にあります。