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ナルトビエイの受精卵は9ヶ月半も休眠する~謎に包まれたサメ・エイ類の繁殖戦略「胚休眠」の生態的意義がはじめて明らかに

水産・環境科学総合研究科の山口敦子教授と古満啓介研究員、米国・デラウェア大学のJennifer Wyffels博士の研究グループは、19年間に及ぶ長期のフィールド研究をベースに、東アジアの稀少種であるマダラトビエイ科ナルトビエイの包括的な生殖システムと繁殖生態に加え、板鰓類(サメ・エイ類)を含む魚類では未だほとんど知られていない「胚休眠(Embryonic diapause)」*の実態とその生態的意義、休眠後の速やかな胎仔の発達過程をはじめて解明しました。その結果、ナルトビエイの胚休眠は、厳しい環境下で生き残るための優れた生存戦略であり、親と子の双方に利益をもたらしていることが明らかになりました。妊娠期間は1年ですが、休眠はそのうちの9.5ヶ月にも及びます。
貝を捕食するナルトビエイの夏季の生息地が、アサリ等の二枚貝漁場と重なることに加え、地球温暖化の影響と同期して増加した可能性があることから、公的プログラムにより過去20年間にわたり駆除された結果、エイは減少し、生態系への影響が懸念されています。本研究で明らかにしたユニークで柔軟な繁殖・生存戦略の解明は、魚類の知られざる繁殖システム解明への第一歩として生物・進化・生態学分野への貢献が期待されるとともに、科学的基盤に基づく本種の管理・保全の指針を提供するものです。

*胚休眠とは

胚の発育を停止させ、妊娠期間を延長することで、最適な時期に子を産むための調節現象で、生存率や繁殖成功率を最大化するために進化・適応した繁殖戦略。脊椎動物の様々な分類群のそれぞれ少数の種で知られている。例)パンダ、カンガルー、コウモリなど。

 

ナルトビエイは日本を含む東アジア沿岸のみに生息する稀少種

ナルトビエイは2000年頃に地球温暖化と同期して日本(有明海)に増加し、それによるアサリなどの食害が引き起こされていると疑われましたが、当時、インド洋を中心に分布する熱帯の種(Aetobatus flagellum)であること以外、このエイに関する情報は全くありませんでした。そこで山口教授による研究が進められ、貝類を好んで食べることや季節的な回遊を行うことなど、生態の一端が解明されました (Yamaguchi et al., 2005)。山口教授らのグループが更に研究を進めていくと、ナルトビエイと呼ばれているエイは熱帯性のAetobatus flagellumではなく、ごく限られた環境下にのみ生息する稀少性の高い東アジアの固有種であることが明らかになり、2013年に詳細な研究結果とともに新種(Aetobatus narutobiei)として報告されました。

 

サメ・エイ類とは?胎生エイ類の研究の難しさと興味深い繁殖様式

エイ類はサメ類とともに魚類の中の板鰓(ばんさい)類に分類され、全世界から600種以上が知られています。繁殖様式には卵生と胎生があり、胎生種の子宮内で進行する胎仔の発達は外部から見えないことから、研究の際の障壁が多く、その初期発生については多くが謎に包まれていました。山口教授らのグループは、2019年に沿岸性のアカエイについて、胎生種では初めて胚の発達過程の詳細を明らかにしたのに続き、研究対象としていっそう難しいナルトビエイで、更に詳細な過程を把握することに成功したものです。こと子宮内での胎仔の発達過程を追った写真のシリーズは、特筆すべき美しさ・精緻さで、子宮内で受精卵から発生後にエイの赤ちゃんがどのように形作られるのかを初めて記録した大変興味深いものです。

本研究の成果の概要

本研究の主要な成果は以下の通りです。
●雌は雄に比べて成熟サイズが大きく、成熟に達する年齢も2倍遅い。雄の自然死亡率は雌の約2倍高い。
●繁殖様式は組織栄養型の胎生。雌雄ともに成熟後は毎年繁殖し、繁殖サイクルは季節的に同期する。
●雌の体内で受精し、子宮内で胚発生が始まると、まもなく休止する。12ヶ月の妊娠期間のうちの約9.5ヶ月、胚は休眠したまま。休眠から目覚めた胚はわずか2.5ヶ月で目覚ましい成長を遂げ、生まれる。
●子宮内での胚の発達過程を詳細に記載して11ステージに区分するとともに、各ステージの胎仔の撮影に成功。初期の発育は卵黄に依存するが、外部卵黄嚢が吸収される頃にはエイの形態はほぼ完成する。妊娠後期から子宮内に分泌される組織栄養(子宮ミルクと呼ばれる)を取り込んでいっそう大きく成長し、受精卵の重さから最大で346倍にも達した。これまでに知られている胎生エイ類の中では最大の成長率である。
● 左右に2つの機能的な子宮を持つ胎生エイ類の中では極めて低い繁殖力で、一回の産仔数は平均3匹。

●出産・交尾を終えたナルトビエイは、越冬に向けてエネルギーを蓄え、陸域の影響を受けて水温が著しく低下する晩秋~晩春にかけて有明海の浅海域を離れて外海で越冬する。

●ナルトビエイの長期にわたる胚休眠は親と子の双方に有利な戦略だった:雌は越冬の際に、繁殖に必要なエネルギー需要を最小限に抑えることができ、雄は死亡のリスクが高まる越冬前に交尾を済ませることが可能となる。また、胚休眠により、繁殖に関わる全てのイベント(生殖腺の発達、妊娠、出産、交尾)を夏季に集中して行うことができ、新生仔は、生存に最適な夏季まで出産を遅らせることが可能となる。

●胚休眠はナルトビエイの生存に厳しい環境下において、生存を高めている可能性がある。
●有明海の広大な干潟・河口域はナルトビエイの繁殖地かつ新生仔の成育場としての機能を担う。有明海はナルトビエイの生存に必要な特定の条件を満たす限られた重要な生息地。

●繁殖地での継続的な強い捕獲圧により減少したナルトビエイを速やかに回復させることは、その繁殖特性から見ても困難。将来的には科学的根拠に基づくエイの保全と管理が必要である。

今後の展開

本研究成果は、地球上の全生物の中で両生類に次いで絶滅が危惧されているサメ・エイ類の著しく多様な繫殖メカニズムとそのシステムの進化の解明に貢献するものです。環境変化がエイ類の繁殖システムに与える影響や食物網を通じて海洋生態系の機能にもたらす影響の評価など、これまでになかった新たな研究への応用が期待されます。また、「胚休眠」の板鰓類で最初の研究モデルとして、胚休眠を制御するメカニズムや分子機構、子宮内での胎仔の速い発育の仕組みを解明することを次なる課題と捉えています。

論文著者&タイトル

著者名: Atsuko Yamaguchi, Keisuke Furumitsu, and Jennifer Wyffels
論文タイトル: Reproductive Biology and Embryonic Diapause as a Survival Strategy for the East Asian Endemic Eagle Ray Aetobatus narutobiei. Front. Mar. Sci. 8:768701. doi: 10.3389/fmars.2021.768701(2021年12月21日公表)
論文へのリンク: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmars.2021.768701/full
(無料で本文にアクセスでき、PDF版をダウンロードできます。)

研究資金

本研究は、科学研究費補助金による採択課題(19H02977号,第23380112号,第20580205号,第26660161号)の支援を受けて行いました。