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ムスタンのチベット高地民族における特異な低酸素適応の実態を報告

熱帯医学研究所 国際保健学分野の有馬弘晃助教、山本太郎教授および九州大学の西村貴孝講師らの研究グループは、ネパールのアンナプルナ保護区で生活をするチベット高地民族を対象とした調査により、特異な適応の実態を明らかにし報告しました。

 【研究の背景】    

平地で生活をしている私たちが高地(低酸素)環境に行くと、血液中で酸素を運搬する役割があるヘモグロビンの濃度を上げることで、体は酸素循環効率を高めて低酸素に順応します。スポーツ選手が高地トレーニングを行う目的はここにあり、低酸素環境で体に負荷をかけることで血中のヘモグロビン濃度をあげ、結果として酸素循環効率が上がり、そして持久力向上が期待できるのです。
低酸素環境で生活をする南米アンデス高地民では、ヘモグロビン濃度が過度に上昇した状態が続くため“多血症”を発症する人の割合が多く、高い血液粘稠度が心血管疾患のリスクとなっていることがわかっています。一方でチベット高地民は、ヘモグロビン濃度を平地で暮らす我々と同じレベルで維持し、その代りに血管を拡張させ、血流量を増やす方法で低酸素環境に適応してきました。彼らは第三の人類とも呼ばれるデニソワ人の遺伝子を受け継いでおり、その特異な遺伝子型がチベット高地民における多血症を回避した低酸素適応を可能にしているとも言われています。
しかし近年、チベット高地民でも加齢や食生活の変化により低酸素適応機構のバランスが崩れ、多血症を発症してしまう可能性があることが報告されています。

 

   【研究成果】    

そこで研究チームは、富士山頂と同程度の標高(3560m)に位置するムスタン地区のツァランで生活をするチベット高地民を対象として疫学調査を行いました。その結果、ツァランでは女性のみで多血症がみられ、また女性では加齢に伴ってヘモグロビン濃度が上昇する傾向があることがわかりました。一般的に高齢になるとヘモグロビン濃度は減少する傾向にあることから、研究グループは、世界で初めて観察されたヘモグロビン動態として報告しました。さらに、生体内の酸素レベルを反映するSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)は、男性ではヘモグロビン濃度と正の関連を示した一方で、女性ではヘモグロビン濃度、脈拍数と負の関連を示し、チベット高地民における循環動態の適応に性差があることが示唆されました。
加えて、低酸素誘導因子(Hypoxia-Inducible Factor: HIF)は、チベット高地民の低酸素適応と密接に関わっていることがこれまでに報告されています。同時に、このHIFは関節リウマチの発症にも深く関与していることが明らかになっていて、ツァランでは実際に関節炎の症状を訴える住民が多かったことから、研究チームは関節炎の評価と血液検査も実施しました。その結果、関節リウマチの推定有病率が非常に高いことが明らかになり、詳細な関節の障害部位などと共に報告しました。
今後も遺伝的な側面から彼らの低酸素適応のあり方を紐解いていくことで、チベット高地民の低酸素適応と環境の変化がもたらす様々な実態が明らかにされていくことが期待されます。

 

 

   【論文情報】           

1. Hiroaki Arima, Masayuki Nakano, Sweta Koirala, Hiromu Ito, Basu Dev Pandey, Kishor Pandey, Takayuki Wada and Taro Yamamoto.
Unique hemoglobin dynamics in female Tibetan highlanders.
Tropical Medicine and Health 49:2, 2021.

2. Takayuki Nishimura, Hiroaki Arima, Sweta Koirala, Hiromu Ito and Taro Yamamoto. Individual variations and sex differences in hemodynamics and percutaneous arterial oxygen saturation (SpO2) in Tibetan highlanders of Tsarang in the Mustang district of Nepal.
Journal of Physiological Anthropology 41:9, 2022.

3. Hiroaki Arima, Sweta Koirala, Kotaro Nema, Masayuki Nakano, Hiromu Ito, Kapil Madi Poudel, Kishor Pandey, Basu Dev Pandey and Taro Yamamoto.
High prevalence of rheumatoid arthritis and its risk factors among Tibetan highlanders living in Tsarang, Mustang district of Nepal.
Journal of Physiological Anthropology 41:9, 2022.