2025年01月17日
長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科(現:総合生産科学研究科)の長谷川悠波 助教と河端雄毅 准教授らは、ニホンウナギ稚魚は着底期(シラスウナギ期)の発達に伴って、捕食魚に飲み込まれた後にそのエラの隙間から脱出できるようになることを明らかにしました(図1、図2)。
ポイント ・絶滅危惧種であるニホンウナギの特殊な捕食回避行動の発達変化を明らかにした。 ・早い発達段階のシラスウナギ(VIA1まで)は脱出できず、より発達の進んだシラスウナギ (VIA2-VIA4)、クロコ、黄ウナギのみが脱出した。 ・捕食魚に飲み込まれる前の攻撃回避能力は、クロコ期、黄ウナギ期で急激に上昇した。 |
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![]() 図2. ウナギ稚魚の脱出成功率の発達変化 |
【発見の経緯と意義】
ニホンウナギは重要な水産資源ですが、絶滅危惧種に指定されるなど、その資源量は著しく減少しています。長谷川悠波 助教と河端雄毅 准教授らはこれまでの研究によって、ニホンウナギ稚魚が捕食魚であるドンコに捕獲された後に、その胃の中からエラの隙間を通って脱出できることを明らかにしていました(図1)※(Hasegawa et al. 2022、2024)。またウナギは、特殊な生活史(一生を通した生活の移り変わり)をもちます。外洋で生まれた後、日本をはじめとする東アジアの沿岸域に到達したウナギは、浮遊生活から河川・河口域への着底生活への移行に伴ってシラスウナギからクロコ、 黄ウナギへと発達が進みます。またそれに伴い、行動や形態も大きく変化します。本研究グループは、これらの発達に伴う行動や形態の変化が、捕食魚のエラの隙間からの脱出に必要な要因のひとつなのではないかと考えました。そこで2021年から2023年にかけて、着底前のシラスウナギから、クロコ、黄ウナギまでの幅広い発達段階のウナギ稚魚を捕食魚であるドンコに与え、その後の脱出の有無を観察する実験を行いました。
実験の結果、発達が進んでいないシラスウナギ(VIA1期まで)は、ドンコのエラの隙間から脱出することができず、それ以降の発達段階のシラスウナギ(VIA2-VIA4期)、クロコ、黄ウナギは脱出できることがわかりました(図2)。脱出が可能になるタイミングは、先行研究から分かったウナギ稚魚が河川・河口域に着底するタイミングと一致していました。このことから、ウナギ稚魚は着底期の発達に伴って、捕食魚のエラの隙間からの脱出に必要な能力・形態を獲得し、脱出が可能になることが示唆されました。さらに、捕食魚に捕獲される前の攻撃を回避する能力も調べてみたところ、この能力は、脱出行動を獲得後のクロコ期および黄ウナギ期で急激に上昇することが分かりました。このことから、ウナギ稚魚のエラの隙間からの脱出行動は、まだ捕食魚の攻撃を回避することが困難な着底期前後の脆弱な時期を生き延びるのに特に重要である可能性が示唆されました。
この研究成果は、主に2つの点で意義があります。
1つ目は、行動学的・生態学的な面白さです。捕食者に捕獲された後にその消化管内から能動的に脱出する行動はすべての生物種の中でも非常に珍しく、これらの行動の獲得時期や発達変化を調べた例はありませんでした。本研究では、ウナギの特殊な生活史に着目して、捕食魚のエラの隙間からの脱出が可能になる発達段階を明らかにしました。そのため本研究成果は、他の獲物が捕食者に捕獲された後の行動の発達変化を調べるうえで重要な基礎的知見となります。
2つ目は、ウナギの資源回復に役立つ可能性があることです。現在、ニホンウナギの資源回復策のひとつとして全国的に飼育魚の放流が行われています。しかし、大型のウナギは、放流後に放流水域へ適応することが難しいことがわかってきており、近年ではより小型の個体を放流することが推奨され始めました。一方で、小型の個体は捕食者を回避する能力が低く、放流水域に生息する捕食者によって捕食される可能性が高いと考えられます。本研究によって、ウナギ稚魚の捕獲前の攻撃回避能力、および捕獲後の脱出能力は発達とともに向上(獲得)することが明らかになりました。これにより、捕食回避能力の観点から、捕食者に対して脆弱な時期を特定することができます。そのため本研究成果は、どんな発達段階・個体を放流すると生き残りやすく、より高い放流効果が得られるかを考えるのに役立つと考えています。
<謝辞>
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究B:21H02269、研究活動スタート支援:23K19307)の助成を受けて実施しました。
<論文情報>
雑誌名:Marine ecology progress series(Impact Factor = 2.2)
論文名:Changes in post- and pre-capture escape ability over development in juvenile
Japanese eels
執筆者名:長谷川悠波(長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科)
峰一輝(実験当時:長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科)
福田野歩人(国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産技術研究所)
横内一樹(国立研究開発法人水産研究・教育機構 水産資源研究所)
河端雄毅(長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科)
掲載日:2025年 1月 16日
URL:https://www.int-res.com/abstracts/meps/v752/p137-147/
参 考 |
※ 2021年12月20日
世界初の発見 捕食魚のエラの隙間からウナギの稚魚が脱出
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science253.html
2024年9月10日
ウナギ稚魚の特殊な逃げ技:捕食魚の胃の中から消化管内を遡って脱出する
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science356.html
▶長谷川悠波助教 リサーチマップ
https://researchmap.jp/Hasegawa-Yuha
▶河端雄毅准教授 リサーチマップ
https://researchmap.jp/KawabataYuuki
▶所属研究室(行動機能形態学研究室)のHP
https://sites.google.com/site/kawabatalaboratory/
▶長崎大学大学院総合生産科学研究科
https://www.ist.nagasaki-u.ac.jp/
▶Interview【研究者の横顔①】
https://www.nagasaki-u.ac.jp/nyugaku/know/introduction/interview/researcher01/