HOME > Research > 詳細

Research

ここから本文です。

予後予測の新たな視点:プリオン病におけるNF-Lの役割 プリオン病患者における血清および髄液中のニューロフィラメント軽鎖(NF-L)と 疾患予後との関連性

 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 医療科学専攻保健科学分野(神経内科学分野)の佐藤克也教授による研究により、日本のプリオン病患者において血清および髄液中の神経フィラメント軽鎖(NF-L)レベルは生存期間と相関しないことが報告されました。

 ポイント

 神経変性疾患のバイオマーカー(生物学的な指標)として注目されているNF-Lについて、日本人クロイツフェルト・ヤコブ病(以下CJD)患者の血清および脳脊髄液中の濃度を測定し、診断・予後予測における有用性を臨床パラメータとの関連から検討し、日本人CJD患者においてはNF-LはCJDの早期診断や予後予測因子にならないことを見出しました。

背 景

 孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病(sCJD)を含むプリオン病は異常なプリオン蛋白が脳に蓄積することで神経細胞が損傷し、急速な認知機能の低下、運動失調、神経症状を引き起こす致死性の神経変性疾患です。現在のCJDの診断には、臨床症状、脳波検査、髄液(CSF)中の14-3-3やタウタンパク質などが用いられていますが、CJDの症状は急速に進行し予後不良である場合が多く、またCJDの臨床症状は多様であるため、早期診断は適切な治療と患者のQOLのために必須です。近年ではCSFバイオマーカー検査やRT-QuICアッセイの進歩により高感度な診断が可能になりつつあり、特に血液のような採取が容易な体液で測定できるバイオマーカーの開発が求められていいます。CJD患者では血清およびCSF中のNF-L濃度が上昇することが報告されており、欧米ではCJD患者においてNF-Lと病態進行や生存期間との関連性が示唆されているため、CJDの早期診断における可能性のあるバイオマーカーとして研究されていますが、日本のCJD患者では、欧米と治療方針や生存期間が異なるため、NF-LとCJDの臨床的パラメータとの関連性を検証する必要があると考えられました。

研究内容

 神経変性疾患の革新的バイオマーカーとしてのNF-Lに着目し、CJDの診断および予後予測における臨床的有用性の検証を行いました。本研究では、日本人CJD患者72例の血清および髄液検体を対象として、最新鋭のElla®自動免疫測定システムを駆使してNF-L濃度の定量解析を実施。そこから得られたデータについて、確立された診断マーカーである14-3-3タンパク質、総タウタンパク質、およびRT-QuICアッセイとの相関性を多角的に精査しました。さらに、疾患の全経過期間、無動性無言状態への移行期間、発症年齢といった重要な臨床指標とNF-L濃度との関連性について、包括的な統計解析も行いました。

結 果

・日本のCJD患者において、血清およびCSF中のNF-L濃度と、病気の期間、無動性無言状態までの期間、発症年齢などの臨床パラメータとの間に有意な相関関係は認められなかった。
・病気の進行速度とNF-L濃度との関連性は確認できなかった。
・血清とCSFのNF-L値の間にはわずかな相関傾向が見られたが、統計的に有意ではなかった。

結 論

 この研究は、日本のCJD患者におけるNF-Lの臨床的意義を詳細に検討した初めての研究であり、欧米の研究結果との違いを明確にする上で重要な研究です。今回の研究でNF-Lは他の神経変性疾患のバイオマーカーとして有望視されているものの、CJDにおいては単独での予後予測には限界があることが示唆されました。
 血清NF-Lレベルは、CJDの予後マーカーとしては機能しないものの、早期診断マーカーとしての可能性が示唆された。これらの知見は神経変性疾患の診断における進歩を示しており、臨床医のCJD早期診断に貢献することが期待されます。
 日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「プリオン病国際医師主導治験獲得のためのプリオン病早期診断基準の作成と非侵襲」の研究代表者である長崎大学佐藤克也教授は、この研究課題に中でプリオン病患者における血液及び髄液中の早期診断マーカーと予後マーカーの探索研究を行っています。本研究成果により、早期診断に有用な新たな知見が得られ、プリオン病(孤発性CJD)の診断精度向上に寄与することで、早期の臨床診断の確定および治療法開発につながることが期待されます。

【 謝 辞 】
本研究は、厚生労働科学研究「希少・難治性疾患に関する厚生労働政策研究」、プリオン病・スローウイルス感染症研究班、希少・難治性疾患政策企画・評価研究班、日本医療研究開発機構(AMED)、 厚生労働科学研究費補助金、プリオン病サーベイランス・感染制御研究班、日本医療研究開発機構(AMED)助成を受けて実施されました。

論文情報
雑  誌 名: Biomolecules
タイトル: Neurofilament Light Chain Levels in Serum and Cerebrospinal Fluid Do Not Correlate with Survival Times in Patients with Prion Disease
著      者:
嶋村 美加 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
Kong Weijie (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)
野中 俊章 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)
小佐見 光樹 (自治医科大学 地域医療学センター 公衆衛生学部門)
阿江 竜介 (自治医科大学 地域医療学センター 公衆衛生学部門)
藤田 浩司 (徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野)
松林 泰毅 (東京科学大学 脳神経病態学分野(脳神経内科))
塚本 忠 (国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 病院)
三條 伸夫 (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野(脳神経内科)
国家公務員共済組合連合会九段坂病院 )
佐藤 克也 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科学専攻保健科学分野(脳神経内科学専攻))
掲載日:2024 年 12 月 25 日
URL: https://www.mdpi.com/2218-273X/15/1/8