2025年02月28日
本件のポイント |
●世界各地の草本33種463個体と木本96種1243個体を材料に、芽生えから成熟段階までの個体(地上部と地下部)呼吸(※2)と個体生重量(※3)を実測し個体全体・地上部・地下部の呼吸と生重量のスケーリング関係を累乗式(※4)でモデル化しました。
●木本は「エネルギー消費が少なく長寿で大型」、草本は「エネルギー消費が多く短命で小型」という特性により、「落葉樹と常緑樹」や「一年草と越年草と多年草」の違いがあっても木本と草本の個体呼吸をそれぞれ一つのスケーリング式で表すことができました。
●累乗式の指数は、地上部・地下部・個体全体の全てにおいて草本は木本より高く、木・草本の両者において地上部は地下部より高いことを世界で初めて明らかにしました。
概 要 |
木本と草本は陸上生態系の炭素収支を決める2大要素であり、これらの炭素収支は光合成(収入)と呼吸(支出)の差し引きで定義されます。特に、呼吸は温度等から影響を直接受けることで炭素収支や植物成長を左右するため重要な研究課題です。しかし、これまで草本と木本個体を地上部と地下部に分け、芽生えから成熟個体までの広いサイズ幅で呼吸と生重量のスケーリング関係を実測した研究はほとんどありませんでした。そこで、大小の植物全体の個体呼吸を正確に測定する方法を開発し、シベリアから熱帯で採取した96種の木本植物(測定個体数n = 1243)と33種の草本植物(n = 463)の個体全体(地下部+地上部)の呼吸速度を測定しました(図1a, b)。その結果、個体呼吸と生重量の関係は木本の「落葉と常緑」、草本の「一年草と越年草と多年草」に関わりなく、それぞれ異なる一つのスケーリング式で表せることを統計的に示しました(図2a-c)。また、地上部・地下部・個体全体の全てにおいて、スケーリング式の指数は草本が木本よりも統計的に高く、かつ木本・草本の両者において地上部が地下部よりも統計的に高いことを明らかにしました。このように、「エネルギー消費が多く短命で小型な草本」と「エネルギー消費が少なく長寿で大型の木本」の個体呼吸の違いと共通性を示すことに世界で初めて成功しました。この結果は、草地と森林の炭素収支の評価研究など様々な生態学研究に資する成果です。以上は、山形大学農学部の森茂太客員教授、筑波大学生命環境系の黒澤陽子日本学術振興会特別研究員、森林総合研究所、ロシア科学アカデミースカチョフ森林研究所、産業技術総合研究所、EEAD (Spain)、北海道教育大学(旭川校)、長崎大学、筑波大学、早稲田大学、北海道大学の共同研究で行われました。
背 景 |
植物の成長幅は非常に大きく、特に木本では芽生え~大木まで個体重量で約1兆倍にも成長し、成長段階(個体重量)に応じて生理的性質(呼吸)は変化します。個体呼吸(Y)と植物個体重量(M)のスケーリング関係は、累乗式(Y = F M f, F:係数、f:指数)でモデル化されることが多く、両対数軸上では傾きf の直線で表されます。指数fを巡り長年にわたり活発な論争が続いており、木本と草本の違いもこれまで不明確でした。この理由は、大型樹木の地下部全体の呼吸測定が非常に困難なため、測定例は限定的だったためです。
本研究では、問題解決のため大小様々な木本と草本の地下部全体を含む個体の呼吸を実測し両者の個体呼吸スケーリング関係を比較しました。目的は、スケーリング関係式の一般化を試みるとともに陸上生態系の二酸化炭素収支評価や生態系の変動予測に資することです。
研究手法・研究成果 |
本研究では、材料として木本植物はシベリアからインドネシアの多様な環境・系統の芽生え~樹高34mの大木を用い、草本植物はイネやダイコンなどの作物や雑草など多様な系統の様々な植物を用いました。これら材料の個体全体(地上部と地下部)を密閉できる大小の測定装置で個体呼吸を正確に実測し(図1a, b)、同じ温度条件に補正して遺伝系統を考慮した階層ベイズモデル(※5)による累乗式でモデル化して比較しました。
呼吸と生重量の関係は、地上部、地下部、個体の全てにおいて草本が木本よりも高い指数の累乗式でモデル化されました(図2a-c)。驚いたことに、指数は木本の「落葉と常緑」、草本の「一年草と越年草と多年草」の間で統計的な差はありませんでした。これは、草本、木本ともに個体呼吸スケーリングは系統や環境を超えてそれぞれ一つの式で表せることを意味します。さらに、木本、草本ともに、地上部は地下部より高い指数の累乗式でモデル化されました(図2b, c)。また、草本と木本の呼吸の重なりは地上部よりも地下部でより大きいことが明らかとなりました。これは、地上環境よりも地下環境がより均一であるためでしょう。
![]() |
図1.(a)木本植物の芽生えの呼吸測定の様子、(b)大木(樹高34m)の幹を呼吸測定装置に入れる様子大木は8m3の装置で数回に分けて測定し、測定値を足し合わせて個体呼吸としました。植物のサイズに合わせて様々な大きさの装置で測定しますが、測定原理とCO2センサーは統一しました。 |
|
今後の展望 |
木本と草本の個体呼吸が系統や生育環境を超えてそれぞれ一つのモデル式で表せる理由は解明途上にあります。しかし、「エネルギー消費が多く短命で小型」の草本に比べ、「エネルギー消費が少なく長寿で大型」の木本は重力や風に対抗する必要があり、幹内部に呼吸活性の低い丈夫な組織を蓄積します。このことが、個体呼吸スケーリング関係が草本と木本で異なる理由の一つと考えられます。
さらに、森林等では林床などの暗い環境にある被圧された小個体は、優勢な樹冠木が倒れて光が差し込むと成長を再開することがあります。草本も環境ストレスから脱して成長再開することがあります。こうした木本、草本の成長再開は個体呼吸の上昇を伴うことが多いようです。このような個体呼吸の柔軟性も一因となり、木本の「落葉と常緑」、草本の「一年草と越年草と多年草」の個体呼吸を対比した場合、陸上植物の個体呼吸は草本と木本でそれぞれ一つの式で表すことができるようです。ストレス等で成長が低下した木本と草本がどのような場面でどのように個体呼吸を再上昇させ成長を再開させるか、といった呼吸の柔軟性を背景にした生き残りのメカニズムを検討することは、変動環境を突破して進化してきた陸上植物の持続性メカニズムの解明につながるでしょう。
※用語解説
1. :スケーリング式
ある生物のスケール(尺度、本論文では個体重量)を大きくしたり、小さくしたりすることで呼吸がどのように変化するかを示す式で、この研究では累乗式を用いました。
2. :個体呼吸
この論文では、地上部と地下部の呼吸速度(1秒間に放出される二酸化炭素のモル数)を足し合わせた値で示しました。μmol = 10−6 mol。
3. :個体生重量
この論文では、地上部と地下部の生の重さを足した合わせた値で示しました。
4. :累乗式
個体呼吸(Y)と個体重量(M)の関係は、累乗式Y=F Mf(F:係数、f:指数)でモデル化されることが多い。累乗式は両対数軸上で傾きfの直線となります。
5. :階層ベイズモデル
データの複雑な構造を扱う統計手法。異なるレベルで相互関連したデータの特性を効果的に捉えることができ、
データのばらつき、不確実性を自然に表現できる柔軟な統計手法です。
掲載雑誌
著 者: 黒澤陽子1, 2)・森茂太1)・Juan P. Ferrio3)・西園朋広4)・Oxana V. Masyagina5)
・山路恵子2)・小山耕平6)・春間俊克4)・土山紘平7)・星野友紀1)・村山秀樹1)・八木光晴8)
・横沢正幸9)・富山眞吾10)
1)山形大学、2) 筑波大学、3) Estación Experimental de Aula Dei (EEAD)、
4) 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、5) Sukachev Institute of Forest SB RAS、
6)北海道教育大学(旭川校)、7)国立研究開発法人産業技術総合研究所、
8)長崎大学、9)早稲田大学、10)北海道大学)
表 題: Scaling of shoot and root respiration of woody and herbaceous plants
雑 誌: Proceedings of the Royal Society B(英国王立協会紀要B), Vol. 292, Issue 2039, Page 20241910.
U R L :https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2024.1910
発 行 : 2025年1月29日 (電子版)