2025年03月05日
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)医薬品情報学分野の向井英史准教授(理化学研究所生命機能科学研究センター客員研究員)、野村祥子助教は、理化学研究所や北海道大学との共同研究において、弱毒化サルモネラVNP20009(以下、VNP20009)が難治性がんの間質(※1)構造をこじ開ける力(がん間質オープニング能)を持ち、リポソーム(※2)抗がん剤のがん深部への移行を劇的に改善することを見出しました。さらに、VNP20009とリポソーム抗がん剤の併用がモデル動物においてがんを完全に退縮させることを実証し、その論文がJournal of Controlled Releaseに掲載されました。
がん間質は、臨床がんにおいて発達していることが多く、がんをターゲットとした様々なドラッグデリバリー(※3)製剤のがん深部への浸透を阻む障壁として知られています。この研究をきっかけに、リポソーム抗がん剤をはじめとする多くの抗がん剤が、間質豊富な難治性がんの治療に効果を発揮できるようになると期待できます。
![]() 図1)リポソームのがん深部への浸透の劇的な改善 赤: リポソーム 青: がん細胞 |
![]() |
A. Kato, S. Nomura, M. Takahashi, et al, Journal of Controlled Release
DOI: 10.1016/j.jconrel.2025.02.064
本研究成果のポイント |
●膵がんなどの難治性がんはコラーゲン成分や分厚い血管壁といった間質成分に富み、これはがんをターゲットとしたドラッグデリバリー製剤のがん深部への移行における障壁として問題とされています。
●これに対し、弱毒化したVNP20009をリポソームと併用すると、リポソームのがん深部への浸透が劇的に改善することを発見しました(図1)。
●VNP20009投与後、がん内部の血管構造が経時的に崩壊することが確認され、これがリポソームのがん移行性の改善に大きく寄与しているものと考えられます。
●実際に膵がんの皮下移植モデルマウスにVNP20009とリポソーム抗がん剤を併用すると、がんの増殖は完全に抑制されました(図2)。
●これはVNP20009ががん間質オープニング能を持つことを示しており、がんへのドラッグデリバリーの有望な戦略の一つと期待できます。
研究成果の詳細 |
背景・着想の経緯
“生きた”細菌を生菌製剤として用いる、新しいがん治療薬の開発が近年注目を集めています。これは、宿主の免疫が寛容ながん組織内で、生菌製剤が増殖できる性質を利用した治療法です。向井准教授らはこれまでに、VNP20009が膵がんなどの難治性がん内部で増殖可能であり、それに伴って、がん組織内の壊死領域が大きく拡大すること、すなわち、この生菌製剤ががん間質を破壊している可能性を見出していました(Journal of Drug Targeting. 2023;31:194–205)。
がん間質は、抗がん剤のがん深部への浸透を阻む障壁であることが報告されており、リポソーム抗がん剤などがんをターゲットとした様々なドラッグデリバリー製剤が十分な効果を発揮できない原因の一つとされています。向井准教授らは、VNP20009が抗がん剤のがん間質バリア突破の手助けになるのではと考えました。
研究成果
がん間質が豊富な複数種類の担がんモデルマウスにリポソームとVNP20009を同時に静脈内投与すると、リポソームのがんへの移行が増加しました。単独投与では、リポソームはがんの辺縁部に分布するに留まりましたが、VNP20009と併用することでがんのより深部まで広く分布するようになりました(図1)。がん組織を観察すると、血管の構造がVNP20009の投与後に崩壊していることも分かりました。更に、実際に臨床現場で活躍するリポソーマルドキソルビシン(DoxillⓇ)やリポソーマルイリノテカン(OnyvideⓇ)をVNP20009と一緒に膵がん皮下移植モデルマウスに投与すると、その抗がん効果は劇的に増強されました。がんは完全に退縮し、皮下にがんの残骸があるのみで、3週間程度の観察期間中再発は認められませんでした(図2)。これは、VNP20009が障壁であるがん間質に対するオープニング能を発揮し、リポソーム抗がん剤がより大量かつ広範囲に行き届いたことによる効果と考えられます。
がんの深部に十分な量が届かないことが原因で、効果を発揮できずドロップアウトした抗がん剤は沢山あります。本成果は、がんへのドラッグデリバリーにおける新たな戦略になることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:17K19622, 21H02787, 19J22790, 21K20819)及び公益財団法人 武田科学振興財団の助成を受け実施されました。
【論文情報】
掲載誌: Journal of Controlled Release
論文タイトル: Tumor-stromal opening via S. typhimurium VNP20009 administration for complete inhibition of refractory tumor growth with liposomal anticancer drugs
著 者: A. Kato, S. Nomura, M. Takahashi, E. W. Sukowati, H. Harashima, H. Mukai
D O I : 10.1016/j.jconrel.2025.02.064
Available online: 22 February 2025
【用語解説】
※1 がん間質: がん細胞の周りに存在する様々な細胞や、それらの間に存在するコラーゲンなどの細胞外マトリックスなどからなる構造のこと。臨床のがんでは特に発達しており、コラーゲンなどはリポソーム抗がん剤のがん深部への移行の物理的な障壁となり、臨床でリポソーム抗がん剤が効きにくい原因の一つである。
※2 リポソーム: 脂質二重膜からなる小胞で、薬物などを内封し投与するための送達キャリアとしても利用されている。
※3 ドラッグデリバリー: 薬物の効果や副作用を改善するために、それらを必要な場所へ必要な時間に必要な量届けること。