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迅速かつ高感度、安価な新型コロナ検査法を開発 市販の検査キットと比べて約100倍高感度検出

 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)薬品分析化学分野の岸川直哉教授および黒田直敬名誉教授は、エジプト・マンスーラ大学のMahmoud El-Maghrabey准教授との共同研究において、ポリマー化アリザリンレッド-無機ハイブリッドナノアーキテクチャ(※1)(Polymerized Alizarin Red–Inorganic Hybrid Nanoarchitecture, 以下PARIHN)を蛍光標識試薬として用いる、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の核タンパク質(※2)の迅速で高感度な免疫測定法(イムノアッセイ)(※3)を開発しました。PARIHNは、天然高分子であるキトサン(※4)と天然色素であるアリザリンレッド(※5)を基盤とし、それに無機成分として亜鉛イオンを組み合わせた新たな天然成分由来ナノアーキテクチャです。この技術は、従来の免疫測定法である一般的な酵素標識法に代わる非酵素的な蛍光標識法であり、感度や安定性、コスト効率が改善されています。


【研究成果のポイント】

・キトサン、アリザリンレッドおよび亜鉛イオンを原料とする新たな機能性ナノアーキテクチャとして、ポリマー化アリザリンレッド-無機ハイブリッドナノアーキテクチャ(Polymerized Alizarin Red–Inorganic Hybrid Nanoarchitecture, PARIHN)を合成しました。

・PARIHN中の亜鉛イオンは、その構造安定性を高めるだけでなく、PARIHN表面への抗体の固定化にも寄与しています。PARIHNに含まれるアリザリンレッド部位は、フェニルボロン酸などのホウ素化合物と特異的に相互作用して黄色〜橙色の強い蛍光を発します。これにより、抗体を介してPARIHNに捕捉された抗原を高感度に蛍光検出することが可能になります。

・PARIHNを用いた蛍光免疫測定法においては、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の核タンパク質の検出下限 (LOD) が0.76pMと、従来法である酵素 horseradish peroxidaseを用いた吸光免疫測定法(LOD,7.88pM)よりおよそ10倍高い感度を示しました。

・PARIHNによる蛍光標識法は、従来の酵素ベースの方法に比べて低コストであり、優れた安定性を有することから、新たな診断手段として有望です。

・PARHINをCOVID-19の迅速検査を目的としたイムノクロマト法(※6)へと応用し、金コロイド標識抗体を用いる市販の検査キットと比べて約100倍高感度検出できるなど、その有効性を確認しました。


【研究の社会的背景】

 COVID-19パンデミックのような新興感染症は世界中に深刻な影響を及ぼしており、公衆衛生および医療システムへの負担が増大しています。このような状況下、迅速かつ高信頼性の診断ツールの必要性が顕在化しており、現行の免疫測定法、とくに酵素標識抗体を用いるエンザイム免疫測定法は、感度および特異性において高い性能を有するものの、コストや安定性に課題が残されており、迅速診断が求められる臨床現場での即応性に欠ける場面もあります。これらの課題を克服し得る新規技術の開発は、喫緊の課題とされています。本研究では、こうした背景を踏まえ、非酵素型アプローチによる新規検査法の可能性を探求しました。新型コロナウイルス感染症のような急性感染症に対する迅速検査技術の確立は、早期の治療介入、感染拡大の抑制、さらには公衆衛生の維持において極めて重要です。

【研究の成果】

 本研究では、免疫測定法に用いる新たな非酵素的蛍光標識システムとして、 PARIHN技術を開発しました。本研究で開発したこのPARIHNは比較的安全でコスト効率の高い素材である、キトサン(天然由来高分子)、アリザリンレッド(色素)および亜鉛イオンから合成されます。PARIHNの表面には抗体を固定化し、結合させることができるため、特定の病原体やタンパク質を識別するための試薬として利用可能です。また、PARIHNはホウ素化合物と結合することで、その構造が変化し、明るく強い蛍光を発するようになります。この性質により、ホウ素化合物を加えることで、PARIHNを介して捕捉した抗原を高感度に蛍光検出することが可能になります。さらに、一般的な免疫測定法で使われる酵素(例えばhorseradish peroxidase)と異なり、PARIHNは化学的に安定しているため、測定の再現性にも優れています。実際に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の核タンパク質を検出する実験において、PARIHNを用いた蛍光免疫測定法は、0.76 pMという極めて高い感度で検出が可能であり、従来の酵素を使った吸光免疫測定法より約10倍優れた性能を示しました。さらに、市販のCOVID-19用の迅速検査キットにPARIHNを応用した結果、一般的に使われている金コロイドと比較して、微量の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の核タンパク質も明瞭に視覚検出できることが確認されました。


【今後の展望】

 PARIHN技術は、免疫測定法やイムノクロマト法において高い感度を示しており、診断技術としての大きな可能性が実証されました。今後はこの技術を研究開発の段階から実用化へと展開するため、製造プロセスのスケールアップやコスト削減を見据えた最適化が重要な課題となります。

 また、さまざまな臨床検体を用いたバリデーションを通じて、再現性や信頼性を確保し、国内外の規制基準に対応した体制を整えていくことも不可欠です。さらに、PARIHNをマイクロ流体デバイスやポイント・オブ・ケア機器と組み合わせることで、より迅速かつ簡便な診断が可能となり、公衆衛生の向上にも寄与すると期待されます。加えて、本技術の応用範囲を広げるために、他の病原体やバイオマーカーの検出への適応可能性を探る研究も進められています。


【用語解説】

(※1)ナノアーキテクチャ:ナノメートル(1ミリの100万分の1)サイズの構造体

(※2)新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の 核タンパク質:COVID-19を引き起こす原因ウイルスの内部にあるタンパク質で、ウイルスの存在を検出するための指標となります。

(※3)免疫測定法(イムノアッセイ): 抗体と抗原の特異的な反応を利用して、特定の物質の有無や量を測定する方法であり、病原体の検出にも広く用いられています。

(※4)キトサン:エビやカニなどの甲羅に含まれる成分を加工して得られる高分子で、生体適合性と生分解性を有しています。

(※5)アリザリン:紅色の色素で染色などに利用されています。

(※6)イムノクロマト法:毛細管現象や抗原抗体反応を利用した簡便かつ迅速な検査法で、感染症の診断キットなどに用いられています。


【論文情報】

掲載誌: Biosensors

論文タイトル : Polymerized Alizarin Red–Inorganic Hybrid Nanoarchitecture (PARIHN) as a Novel Fluorogenic Label for the Immunosorbent Assay of COVID-19

著者: Fatema Kaladari, Mahmoud El-Maghrabey, Naoya Kishikawa, Rania El-Shaheny, Naotaka Kuroda

DOI: 10.3390/bios15040256

Available online: 16 April 2025

論文は以下 URL で閲覧できます。

https://www.mdpi.com/2079-6374/15/4/256