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内湾域の塩分が高いと再生産(繁殖)に失敗 マナガツオに“空白の世代”を生じる ―環境変化が高級魚を脅かす 水温よりも塩分が鍵に―

長崎大学総合生産科学研究科(水産学系)の山口敦子教授および荻野義視研究員は、有明海に来遊する親魚の量は変わらないのに、2017年生まれのマナガツオが確認されない“空白の世代”があることに気づき、その原因を探りました。その結果、繁殖期の内湾域の塩分濃度がわずかに高いだけで、その年の再生産(繁殖)に失敗することが明らかになりました。降雨パターンや河川からの淡水流入等が、内湾域の塩分濃度に影響を及ぼし、魚の繁殖成功を大きく左右しているのです。

【研究成果の主なポイント】
・マナガツオは、繁殖場となる有明海奥部の塩分濃度がわずかに高いだけで、その年の再生産に失敗することが明らかになりました。(図1)


・マナガツオ科で初めて耳石切片(※)による年齢査定に成功しました。また、今回の研究を通して最長寿は雄で8歳、雌で13歳でした。(図2)

※耳石切片:
魚の頭骨の中には「耳石」と呼ばれる小さな石のような組織がある。耳石は一生を通じて成長し、そこには魚の生理状態に応じて模様が刻まれる。その模様の中から、1 年間を表すパターンを見つけることで魚の年齢を推定できる。耳石を調べるには薄く切る(切片)必要があるが、種類によっては形が複雑で観察が困難な場合もあり、明瞭なパターンを見出す技術も必要である。

・資源として重要な1kg 以上の個体のほとんどは雌と判明しました。(図3)
・雌は雄より大きく成長し、体重は雄の約3倍に達します。(図3)
・加入量が多い年は初期成長が悪化する「負の密度効果」を確認しました。
 → 成育場=内湾域という限られた水域の面積が資源量を制限している可能性を示唆しています。


【研究の背景と成果】
水産資源を持続的に利用するには、漁業を計画的に行い、獲り過ぎを防止することが求められます。そのためには対象種の寿命や成長についての情報が必要不可欠ですが、マナガツオでは明らかになっていませんでした。

そこで、有明海とその近海で漁獲された個体について、寿命と成長を明らかにすることを目的に耳石解析による年齢査定を行いました。その過程で、出現する年齢に明らかな偏りがあることを発見し、特に、2016 年生まれは多かった一方で、2017 年生まれは全く見られませんでした。この違いについて、水温・塩分・溶存酸素量などの環境要因や、親魚の来遊量・クラゲの出現量などの生物要因との相関を調べたところ、繁殖成功は産卵期の有明海の塩分濃度と深く関わっていることがわかりました。
マナガツオはアジアを代表する重要魚種で、中国では年間30 万トン以上水揚げされます。一方、日本の集団は小規模で、再生産の失敗が続けば資源が消滅する可能性が懸念されます。実際、近縁種であるコウライマナガツオは1990 年代以降、日本(有明海)への来遊が途絶えています。

【本研究のまとめと社会的意義】
・本研究で得られたマナガツオでは初となる成長や加入に関する研究成果は、日本におけるマナガツオ資源の管理や評価を可能にするだけでなく、沿岸環境の保全に向けた新たな指針となります。加えて、広範にわたって海水と淡水が良く混ざり合う本来の汽水域らしい環境は、多くの沿岸性魚類の成育場として機能するだけでなく、マナガツオのように普段は外海に生息する魚の繁殖・成育場としても重要な機能をもつことが明らかになりました。

・近年、気候変動に伴う海水温上昇や集中豪雨に伴う沿岸の低塩分化が危惧されていますが、一方で、沿岸の高塩分化もまた深刻な問題を引き起こす可能性があります。水温上昇への適応策が鋭意検討される中、陸域の環境や人間活動との関連も深い塩分については、未だ対策の余地が残されています。今後は、沿岸域の水温だけでなく、広く塩分の動態やそれに影響を及ぼす要因を調べ、生物との関連性を探ることで、沿岸の生物生産性の回復につながるものと期待されます。

【論文情報】
タイトル:
Growth and year-class dynamics of the Japanese silver pomfret Correlation between salinity and recruitment
著者名:Yoshimi Ogino, Atsuko Yamaguchi
雑誌:Estuarine, Coastal and Shelf Science
DOI:10.1016/j.ecss.2025.109440
本研究成果は2025 年9 月30 日に国際学術誌「Estuarine, Coastal and Shelf Science」に掲載予定です。
早期オンライン版は、以下のURL からご覧いただけます。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S027277142500318X

▶マナガツオとは
マナガツオは「西にサケなく、東にマナガツオなし」といわれるように、古くからサケと対比されてきた高級魚です。最大全長は57.5 cm、最大体重は3.8 kg に達します。普段は沖合に生息し、産卵のために内湾域へ来遊する回遊性魚類で、日本では有明海・瀬戸内海・八代海にのみ産卵場が知られます。産地は限定的ですが、全国で食され、豊洲市場でも一般的に流通しています。
マナガツオについてのより詳しい情報は【グラバー図譜】マナガツオ


2025年版グラバー図譜カレンダー「干潟の海の魚たち」でも取り上げました