2025年12月10日
総合生産科学研究科の山口典之教授と北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)の中原亨学芸員らの共同研究グループは、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産の一つである小屋島で繁殖する希少海鳥ヒメクロウミツバメの渡り経路を世界で初めて明らかにしました。この成果は国際学術誌「Bird Conservation International」にオンライン掲載されました。
▶小屋島で繁殖するヒメクロウミツバメがインド洋のアラビア海まで渡っていることを初めて解明
ヒメクロウミツバメは環境省レッドリストで絶滅危惧II類に選定されている希少な海鳥です。小屋島は、世界遺産の中心をなす沖ノ島(福岡県宗像市)のそばにある小さな島です。この島で、2022年夏に本種を捕獲し約0.5gの追跡機器を装着して放鳥、翌年夏に4羽の再捕獲に成功しました。機器を回収し、記録されたデータを解析すると、追跡した個体は秋にインド洋のアラビア海まで移動し、春に小屋島へ戻る壮大な渡りをしたことが明らかになりました。冬の間はアラビア海を広く利用していることも分かりました。
▶大規模な東西移動を行う珍しい例
日本にやってくる渡り鳥のほとんどは南北方向に渡りを行いますが、ヒメクロウミツバメは南北だけでなく、東西方向にも長距離の移動をしていました。このような動きをする渡り鳥はとても珍しく、北西太平洋からインド洋にかけての海鳥の大規模な海上移動は、これまで発見されていなかった新たな季節移動パターンといえます。
図1:ヒメクロウミツバメの渡り経路の概略 |
図2:ヒメクロウミツバメ(撮影:岡部海都) |
【研究の背景と成果の概要】
ヒメクロウミツバメ(図2)は、環境省レッドリストでは絶滅危惧II類、福岡県レッドリストでは絶滅危惧IA類に選定されている希少な海鳥です。主に日本・ロシア・朝鮮半島・台湾・中国の沿岸にある島で繁殖しており、日本で現在繁殖が確認されているのは6カ所のみです。全長は約20cmで、海鳥としては日本最小の種類のひとつです。初夏に繁殖地に飛来して、夏の間に子育てを行う渡り鳥であることが知られていますが、沖合で生活していることから観察が困難であり、どのような季節移動をしているのかは分かっていませんでした。
そこで、総合生産科学域の山口典之教授、北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)の中原亨学芸員ほかで構成される研究グループは、繁殖地の1つである福岡県の離島、小屋島(図3)で繁殖するヒメクロウミツバメを対象に、彼らの季節移動(渡り)を遠隔追跡しました。小屋島は、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に含まれる小さな無人島で、宗像市沿岸から北西に約54km、沖ノ島の南約1kmの玄界灘上に位置しています。まず2022年夏に小屋島でヒメクロウミツバメを捕獲し、10個体にジオロケーターという約0.5gの追跡機器(用語説明を参照)を装着して放鳥しました。1年後の2023年夏に再び小屋島で捕獲を試み、4個体の再捕獲に成功し、機器を回収することができました。
図3:小屋島(福岡県宗像市) |
回収した機器から得られたデータを解析した結果、秋・春の渡り経路と、越冬海域を特定することが出来ました。秋は部分的にしか経路の推定ができませんでしたが、小屋島を出発後、おおよそ東南アジアのスンダ列島付近まで南下し、その後西~北西に進み、インド洋のアラビア海に到達したと推測されました。一方、春は渡り期間全体を通して経路の推定に成功しました。追跡個体はアラビア海から東~南東に進み、マラッカ海峡やスンダ海峡など、スンダ列島の海峡を通過してインド洋を抜け、フィリピンや南西諸島近海を北上して小屋島に戻っていました。春の渡りの総距離は13,000km以上(最大で16,500km以上)にも及びました(図4)。
図4:推定されたヒメクロウミツバメ4個体の春の渡り経路。×のプロットは春分の日に近い時期であり、南北方向の推定位置の信頼性が極めて低い(用語説明「ジオロケーター」を参照)。CH693,695,699,701は追跡個体のID。 |
冬の間は、アラビア海を広く使っていました。インド沿岸を利用する個体もいれば、アラビア半島やアフリカのソマリア半島沿岸を利用する個体もいるなど、個体による利用海域の違いも検出されました(図5)。
図5:追跡した4個体の推定越冬海域。黄色に近いほど利用海域の中心であることを表す |
【研究成果の意義】
日本にやってくる渡り鳥の多くは、南北に長い渡りを行います。しかしヒメクロウミツバメは、小屋島~スンダ列島間の南北移動に加え、スンダ列島~アラビア海間の大規模な東西移動も行っていました。日本を含む東アジアで繁殖する鳥の渡りのうち、大規模な東西移動を伴うものは、これまでカッコウやヨーロッパアマツバメなどのごく一部の陸鳥でしか知られていませんでした。東アジアで繁殖する海鳥で大規模な東西移動が明らかになったのはこれが初めてです。さらに北西太平洋とインド洋にまたがる移動追跡例は、世界の他のどの海鳥でも報告されていませんでした。今回の成果は、これまで発見されていなかった新たな海鳥の季節移動パターンを示すものとなりました。
本研究により、小屋島で繁殖するヒメクロウミツバメが越冬中に利用する海域も特定することができました。越冬期に過ごすアラビア海では、冬にプランクトンの大増殖が生じることが知られています。この現象は、食物連鎖を介して越冬期のヒメクロウミツバメの生存、さらにはその先の繁殖期のパフォーマンスに影響しているかもしれません。海鳥の保全状況を評価する際には繁殖状況に注目しがちですが、繁殖だけでなく、非繁殖期の生態など、生活史全体の状況を考慮することも重要です。本研究は、そうした試みの基盤となりうる情報を提供するものにもなりました。
用語説明: ジオロケーター
照度センサーが記録した照度変化をもとに位置を推定する追跡機器。精度の良いGPSロガーと異なり、数百㎞の推定誤差を伴うため、詳細スケールでの追跡には向きません。また、春分・秋分の日付近は日長の地域差が小さいため、緯度の推定が難しくなるという欠点があります。しかし、大まかな移動を把握するには十分であるうえ小型で軽量であることから、小鳥の追跡などによく使用されています。
補足: 小屋島で繁殖するヒメクロウミツバメについて
小屋島では、岩の隙間やヒゲスゲという植物の根元で、ヒメクロウミツバメが繁殖しています。1970年代には約200つがいが繁殖していたと推定されています。しかし、1987年と2009年に島内にドブネズミが侵入し、繁殖個体の大多数が捕食され、個体群は2度、壊滅状態に陥りました。ネズミが駆除された後、島への飛来数は徐々に増え、2020年には繁殖も確認され、個体群は現在、回復途上にあるといえます。小屋島での繁殖状況は、環境省のモニタリングサイト1000事業によって、数年おきに調査されています。
【研究助成・研究協力について】
本研究の一部は、公益信託乾太助記念動物科学研究助成基金、およびニッセイ財団環境問題研究助成の助成を受けて実施しました。また本研究は、環境省九州地方環境事務所、福岡県庁人づくり・県民生活部文化振興課九州国立博物館・世界遺産室、宗像市教育部世界遺産課、さらに島を所有する宗像大社の多大なるご協力の下で実施いたしました。
【論文情報】
タイトル:
Seasonal migration across the north-western Pacific and Indian Oceans in Swinhoeʼs Storm-petrel Hydrobates monorhis
著者:
Toru Nakahara, Hiroto Okabe, Kosuke Otsuki, Takayasu Charles Amano, Tatsuya Nozaki, Keiichi Otsui, and Noriyuki M. Yamaguchi
掲載誌:Bird Conservation International(Vol. 35)
掲載日:2025年10月27日
DOI:https://doi.org/10.1017/S095927092510021X
