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潜在性甲状腺機能低下症の身長低下への影響 地域住民コホートを用い、世界で初めて解明

医歯薬学総合研究科総合診療学分野の清水悠路客員准教授、原爆後障害医療研究所健康社会統計学分野の林田直美教授らの研究グループは、甲状腺ホルモン(遊離トリヨードサイロニン(T3)と遊離サイロキシン(T4)※1)が正常値の者(40~74歳の1,599名)を対象にした地域住民コホート※2において、遊離T4が正常低値(中央値未満)の者でのみ、潜在性甲状腺機能低下症※3は身長低下リスクになることを突き止めました。成人を対象として、甲状腺機能が身長低下に影響することを報告した研究は本研究を除いて世界的にもありません。本研究結果は、新たな潜在性甲状腺機能低下症の役割を見いだし、現行の甲状腺機能評価方法に一石を投じ得るものです。

本研究結果は2025年12月15日に日本衛生学会国際専門誌である『Environmental Health and Preventive Medicine』に掲載されました。 

多変量調整モデルによる遊離T4濃度別、潜在性甲状腺機能低下症における身長低下のオッズ比


【ポイント】
・遊離T4が正常低値(中央値未満)の者では、潜在性甲状腺機能低下症は統計学的に有意な身長低下リスクでした。
・遊離T4が正常高値(中央値以上)の者では、潜在性甲状腺機能低下症は統計学的に有意ではありませんが、むしろ身長低下を予防し得る傾向を認めました。
・先行研究において、甲状腺ホルモンは血管内皮修復に寄与し、血管内皮障害は身長低下リスクであることが報告されています。

【研究成果の概要】
成人における身長低下は心臓血管病リスクであり、血管修復をつかさどる造血幹細胞(CD34陽性細胞)※4の数が少ないと、心臓血管病リスクも、身長低下リスクも上昇します。

甲状腺ホルモンはCD34陽性細胞を増やす役割を担い、血管損傷があると甲状腺ホルモンの需要が高まり、甲状腺刺激ホルモン(TSH)※5の血中濃度が上昇します。この結果、潜在性甲状腺機能低下症が出現すると考えられます。

本研究において、遊離T4が正常低値(中央値未満)の者では、潜在性甲状腺機能低下症は統計学的に有意な身長低下リスクであり、遊離T4が正常高値(中央値以上)の者では、潜在性甲状腺機能低下症は統計学的に有意ではないが、身長低下リスクはむしろ低下傾向にあることを認めました。

甲状腺ホルモンはT3が活動型、T4は非活動型であるため、甲状腺ホルモンの需要が高まると、安定型の遊離T4から活動型のT3への変換(脱ヨード化)が進みます。このため、潜在性甲状腺機能低下症があっても充分な遊離T4がある場合、生体は必要量に応じて充分なT3を産生でき、血管内皮修復を充分に行えますが、充分な遊離T4がない場合、潜在性甲状腺機能低下症は、血管修復の不足を示唆する指標になり得ると考えられます。


【研究の意義】
本研究結果は、身長低下と心臓血管病リスクとの関係を説明し得る生物学的メカニズムの解明に有用であるに留まらず、現行の血液検査の結果(TSH、遊離T3、遊離T4)で単純に甲状腺機能を評価する方法に一石を投じる知見であると思われます。

潜在性甲状腺機能低下症は一般に甲状腺の潜在的な障害が原因と考えられていますが、本研究結果は甲状腺ホルモンの必要性が増すことも、潜在性甲状腺機能低下症の原因になり得ることを意味します。

また潜在性甲状腺機能低下症を有する者の多くは、経過観察のみで実際に治療を受けてはいないと考えられています。本研究結果は、遊離T4のレベルに加え、血管内皮機能への影響も考慮することで治療対象拡大の必要性も示唆するものであると思われます。

【用語解説】
(※1)遊離トリヨードサイロニンと遊離サイロキシン
甲状腺ホルモンの一種であるトリヨードサイロニン(T3)、サイロキシン(T4)のうち、それぞれタンパク質と結合していないもの。T3は活動型でありT4は非活動型のホルモン。
(※2)地域住民コホート
同じ地域の住民の集団を一定期間追跡し、特定の要因と健康状態の関連性を調べる研究手法。
(※3)潜在性甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンは正常範囲である一方、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が基準値より高い状態。自覚症状はほとんどないが、放置すると動脈硬化や心筋梗塞などのリスクを高める可能性がある。
(※4)造血幹細胞(CD34陽性細胞)
骨髄などに存在し、赤血球・白血球・血小板など、すべての血液細胞、さらには血管を構成する血管内皮細胞や壁細胞などに分化・成長できる細胞。特に、細胞表面に「CD34」というタンパク質を持つものをCD34陽性細胞という。
(※5)甲状腺刺激ホルモン(TSH)
脳下垂体から分泌されるホルモンで、甲状腺に働きかけて甲状腺ホルモンの分泌を促す。

【論文情報】
タイトル:
Subclinical hypothyroidism and height loss according to free thyroxine levels: A prospective study
著者:清水悠路、佐々木なぎさ、野口優子、松山睦美、川尻真也、山梨啓友、有馬和彦、中道聖子、永田康浩、前田隆浩、林田直美
掲載誌:Environmental Health and Preventive Medicine
巻・頁:vol.30 pp. 100
掲載日:2025年12月15日
DOI:https://doi.org/10.1265/ehpm.25-00362