2025年12月23日
【概要】
総合生産科学研究科(水産学系)博士課程の Siti Syazwani Azmi(シティ シャズワニ アズミ)と、水産学部の八木光晴准教授らの研究グループは、海洋に広がるマイクロプラスチックおよびナノプラスチックが、海産魚のマダイの初期生存にどのような影響を与えるのかを、摂取経路の違いに着目して実験的に検証しました。その結果、ナノプラスチックを摂取したマダイ仔魚の生存率が大きく低下し、とくに餌(動物プランクトン)を介してナノプラスチックを取り込んだ場合に生残率が最も低いことが確認されました。この影響は、水中から直接ナノプラスチックを飲み込んだ場合よりも顕著でした。また、抗酸化酵素の上昇や炎症性遺伝子の活性化など、細胞レベルでも強いストレス反応が認められ、「プラスチックの大きさ(マイクロ/ナノ)」だけでなく、「どう摂取されたか(直接/餌経由)」が影響の強さを左右することが明らかになりました。
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF2022004「マイクロ・ナノプラスチックが海洋生物に与える影響:生態学適切さに基づく評価」により実施され、2025年12月17日付で国際学術誌 Science of the Total Environment に掲載されました。
図1. 研究結果の概要図 |
【用語】
マイクロプラスチック:5mm未満のプラスチック片。海洋中のプラスチックゴミが波や紫外線で分解されて生じる。
ナノプラスチック:1µm(1/1000 mm)未満の極めて小さなプラスチック粒子。
仔魚:魚がふ化した直後から稚魚となるまでの発育段階。
【背景】
海洋に流出したプラスチックごみは、波や紫外線などの影響によって細かく砕かれ、マイクロプラスチック、さらには肉眼では捉えられないナノプラスチックへと変化していきます。これらの粒子は海水中を漂いながら、プランクトンから魚類、さらには海鳥・海産哺乳類、ヒトに至るまで、幅広い生物により摂取されていることが世界中で報告されています。しかし、プラスチック問題が広く認知されている一方で、「どの大きさのプラスチックがより危険なのか」、そして「どのような経路で生物に取り込まれたときにもっとも深刻な影響を与えうるのか」といった問いには、科学的証拠が不足しています。
とりわけ重要なのが、魚の初期生活史段階(仔魚)への影響です。仔魚は体サイズが小さく、外部環境の変化に非常に敏感です。さらに、仔魚は動物プランクトンを捕食するため、「餌となるプランクトンが取り込んだプラスチックを、そのまま受け継いでしまう」という食物連鎖特有の曝露経路が存在します。この“餌を介した間接的な摂取”がどの程度危険なのかを把握することは、生態系や漁業資源を考える上で極めて重要な課題ですが、これまでの研究の多くは、プラスチック粒子を水中に直接加えて魚が飲み込む場合(直接摂取)を調べたもので、食物連鎖を介した摂取(間接摂取)との比較はほとんど行われていませんでした。また、ナノスケールの粒子は細胞内に入り込みやすい可能性が指摘されながらも、影響メカニズムの実証研究は極めて限られていました。
こうした背景のもと、本研究では「プラスチックの大きさ(マイクロ/ナノ) × 摂取経路(直接/餌経由)」という2つの要素を同時に比較する世界初の実証的アプローチを採用しました。海洋で現実に起こるプラスチック曝露メカニズムを再現し、生存率・酸化ストレス(細胞への影響)・遺伝子応答(遺伝子発現への影響)など多面的な生理指標を組み合わせて評価した点に意義があります。
【研究手法・成果】
本研究では、水産上重要種であるマダイの仔魚(写真1)を対象に、蛍光標識されたポリスチレン製プラスチック粒子(直径3µmのマイクロプラスチック、0.2µmのナノプラスチック)を用いて、室内飼育実験を行いました。プラスチックの体内への入り方を再現するため、①水中の粒子をそのまま飲み込む「直接摂取」、②粒子を取り込んだワムシ(餌)を捕食する「食物連鎖経由の間接摂取」の2つの経路を独立して設定しました(図2)。
写真1. マダイの仔魚 |
図2. マダイ仔魚の飼育実験の概要図。実験区は5つで、コントロール区(マイクロ・ナノプラスチック無添加)、DMP区(マイクロプラスチックの直接摂取)、DNP区(ナノプラスチックの直接摂取)、IMP区(ワムシを介したマイクロプラスチックの間接摂取)、INP区(ワムシを介したナノプラスチックの間接摂取)で行いました。 |
仔魚はふ化後2日齢から12日間、一定濃度のマイクロ・ナノプラスチックに暴露し、生存率・成長を継続的に測定しました。プラスチック粒子の濃度は、200個/mL に統一しました。この濃度は実際の環境中より高めですが、摂取経路の違いによる影響の差を明確に評価するための標準的な中等濃度であり、生存率や酸化ストレス応答などの影響を検出する上で適切とされています。また、酸化ストレスの指標となる抗酸化酵素(SOD・CAT)、およびストレス応答・免疫関連遺伝子(HSP70、GSTA1、IL-1βなど)の発現を正確に測定し、細胞レベルの影響を詳しく解析しました。
その結果、ナノプラスチックを取り込んだ仔魚では生存率が大きく低下し、特にワムシを介してナノプラスチックを摂取した“食物連鎖経由の摂取(INP区)”で最も顕著な影響が確認されました(図3)。この生存率の低下は、水中から直接ナノプラスチックを取り込む“直接摂取(DNP区)”よりも明確で、粒子がどの経路で体内に入るかによって仔魚が受ける負荷が大きく変わることが示されました。
図3. マダイ仔魚の12日間における生存率の箱ひげ図。コントロール区(マイクロ・ナノプラスチック無添加)、DMP区(マイクロプラスチックの直接摂取)、DNP区(ナノプラスチックの直接摂取)、IMP区(ワムシを介したマイクロプラスチックの間接摂取)、INP区(ワムシを介したナノプラスチックの間接摂取)。 |
さらに、生理学的な解析では、酸化ストレスに関連する酵素応答の変化が確認されました(図4)。細胞内で活性酸素の処理に関わる SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)の活性はすべての処理区で上昇し、特にナノプラスチックを食物連鎖経由で取り込んだ区で最も高い値を示しました。一方、CAT(カタラーゼ)の活性変化は限定的で、SOD のような明確な上昇は見られませんでした。これらの結果から、仔魚がナノプラスチックかつ間接摂取により、より大きな生理的負荷(ストレス)にさらされていることが示唆されました。
図4. マダイ仔魚におけるプラスチック粒子暴露が抗酸化酵素活性に及ぼす影響を示しています。異なる上付きアルファベットは、処理区間で統計的な有意差があることを示します。コントロール区(マイクロ・ナノプラスチック無添加)、DMP区(マイクロプラスチックの直接摂取)、DNP区(ナノプラスチックの直接摂取)、IMP区(ワムシを介したマイクロプラスチックの間接摂取)、INP区(ワムシを介したナノプラスチックの間接摂取)。 |
加えて、免疫反応やストレス応答に関わる遺伝子(IL-1β、GSTA1、HSP70 など)が大きく変動していることも確認されました(図5)。炎症関連遺伝子の上昇に加え、本来はストレス状態で増加することが多い HSP70 が逆に低下するなど、正常な生理応答が乱れている兆候も見られました。
図5. マダイ仔魚におけるプラスチック粒子曝露が相対遺伝子発現に及ぼす影響を示しています。相対遺伝子発現は、(A)環境ストレス、(B)抗酸化応答、(C)成長ホルモン、(D)免疫応答に関連する遺伝子について示しています。異なる上付きアルファベットは、処理区間で有意差があることを示します。コントロール区(マイクロ・ナノプラスチック無添加)、DMP区(マイクロプラスチックの直接摂取)、DNP区(ナノプラスチックの直接摂取)、IMP区(ワムシを介したマイクロプラスチックの間接摂取)、INP区(ワムシを介したナノプラスチックの間接摂取)。 |
これらの結果から、「ナノプラスチックはマイクロプラスチックよりも影響が大きく、さらに“直接取り込むか、餌を通じて取り込むか”によって仔魚の応答が大きく異なる」という知見が得られました。
【研究者のコメント】
今回の研究では、ナノプラスチックが魚類の初期生存に及ぼす影響について、どの経路で体内に入るかによって大きく変わることを初めて示しました。特に、動物プランクトンなどの餌を介して取り込まれた場合に、仔魚の生存率が大きく低下するという結果は、従来の“水中からの直接摂取だけを評価する手法”では把握できなかった発見です。海洋に漂うプラスチックの多くは、最終的に微小化して動物プランクトンに取り込まれ、魚類などのプランクトン食者に入り込みます。本研究の結果は、この食物連鎖を通じた摂取によりプラスチックによる影響が増幅される可能性を示唆しています。これは、将来の漁業資源や沿岸生態系の健全性を考えるうえでも、深刻な問題です。今後は、自然海域での実際の濃度条件に近い実験や、粒子が体内でどのように移動し、どこに蓄積するのか、なぜ影響が大きかったのか、そのメカニズムについて、ナノスケールでの動態解析を中心に進めていきたいと考えています。
現在、海にはどのくらい、どのようなマイクロ・ナノプラスチックが存在しているのか、という疑問についても長崎大学水産学部の附属練習船(鶴洋丸と長崎丸)を活用して明らかにしています(写真2)。これまで何百回とネットを曳いていますが、マイクロプラスチックが入らなかったことは一度もなく、海にはマイクロ・ナノプラスチックがどこにでもある状況です。海洋プラスチック問題の理解には、単に“量”だけでなく、“経路”や“粒子サイズ”を含む多面的な視点が不可欠です。私たちの研究が、その新たな視点の確立に少しでも貢献できれば幸いです。
写真2. マイクロプラスチックを捕集するネットに興味を示して並泳するイルカ |
写真3. 八木光晴准教授(左)とSiti Syazwani Azmi(シティ シャズワニ アズミ)さん(右) |
【論文のタイトルと著者】
タイトル:
Trophic transfer of nanoplastics reduces larval survival of marine fish more than waterborne exposure(ナノプラスチックの食物連鎖経由摂取は水中暴露よりも海産仔魚の生存率を低下させる)
著者:Siti Syazwani Azmi, Ozan Oktay, Hee-Jin Kim, Hisayuki Nakatani, Mitsuharu Yagi
(シティ シャズワニ アズミ、オザン オクタイ、金 禧珍、中谷 久之、八木 光晴)
掲載誌:Science of the Total Environment(サイエンス オブ ザ トータル エンバイロメント)
DOI:10.1016/j.scitotenv.2025.181177
