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“深海のアイドル”オオグソクムシ、五島南方の深海に高密度で生息か―7航海・19地点の広域調査で実態を解明―

 五島海盆周辺の深海域での調査によって、オオグソクムシが特定の水深帯において高密度で生息することや、小型個体は浅い水深に多く分布し、成長段階によって生息水深が異なる傾向が明らかになりました。 

【概要】
 長崎大学水産学部の八木光晴准教授と大学院総合生産科学研究科博士前期課程の安齋沙矢乃と博士後期課程(日本学術振興会特別研究員)田中章吾らの研究グループは、九州西方(東シナ海)に位置する五島海盆周辺の深海域で、深海性等脚類オオグソクムシ Bathynomus doederleini (写真1)をベイトトラップにより広範囲に調査しました。
 2021 年12月〜2024年12月の7航海で、19地点(水深151–821 m)にベイトトラップを設置し、合計1152個体を捕獲しました。最多地点では1地点で201個体(St.8, 水深337 m)が得られ、五島周辺の深海域に本種が高密度で生息する可能性が示されました。また、本海域は本種の東シナ海における分布北限域に位置すると考えられ、北限域における資源量と成長段階の棲み分けを示す重要な基礎データとなります。深海生態系の基礎情報の不足が指摘される中、五島周辺の深海の実態をデータで示した点に意義があります。
 本研究は、2024年度公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成No.2024-4075、特別研究員奨励費 No.25KJ1976、科研費 JP25KJ15467の支援を受けて実施され、成果は2026年5月2日付で国際学術誌 Journal of Crustacean Biologyに掲載されました。  

写真1 五島南方海域で捕獲されたオオグソクムシ 

【背景】
 深海は低温・高圧・暗黒という極限環境であり、陸上や浅海とは異なる生態系が成立しています。その中で、深海底に沈降する有機物(死骸や粒状有機物)は限られた資源であり、それを探索して利用する腐肉食者(スカベンジャー)は、深海における物質循環や食物網を支える重要な役割を担っています。Bathynomus 属(オオグソクムシ類)は、その代表的な移動性腐肉食者として知られ、深海底での有機物の分解・再利用に関わる主要な分類群の一つです。
 一方で、深海では直接観察や長期的な定点調査が難しく、腐肉食者の生態、特に同一種の中で成長段階(体サイズ)が水深などの環境勾配に沿ってどのように分布するのかは十分に分かっていません。成長段階に応じた棲み分けが起こる場合、個体群の分布や資源量の精度にも影響するため、広い水深帯を系統的にカバーし、一定条件下で定量化されたデータが求められます。
 Bathynomus doederleini(オオグソクムシ)は北西太平洋に分布し、日本周辺でも捕獲記録がありますが、東シナ海では報告例が極めて少なく、九州西方海域(五島海盆周辺)における分布や生息実態は十分に明らかになっていませんでした。五島海盆周辺は本種の東シナ海における分布北限域に位置すると考えられ、北限域での出現量や体サイズ構成を把握することは、深海生態系の理解に加え、将来の比較基準(baseline)としても重要です。
 そこで本研究では、五島海盆周辺の深海域においてベイトトラップ調査を水産学部附属練習船・鶴洋丸にて複数航海にわたり実施し、本種の生息水深、出現量、および体サイズ分布を広い水深帯で定量化しました。得られた知見は、五島周辺の深海域における生態系の状態を把握するための基礎情報となり、今後の深海域の生態系評価に資することが期待されます。 

【研究手法・成果】
(1)深海ベイト・トラップによる広域調査(7航海・19地点・水深151–821 m)
 2021 年 12 月〜2024年12月に、九州西方(東シナ海)に位置する五島海盆周辺で、深海ベイト・トラップ調査を7回実施しました。調査は19地点(水深151–821 m)にトラップを設置し、各地点の緯度経度、水深、水温、トラップ投入時間などの条件を統一的に記録しました。水温はCTD 観測等で取得し、深部では水温ロガーも併用しました。

図1 東シナ海でオオグソクムシを採集するために設置した深海用トラップの位置 


(2)合計1152個体を捕獲:中深度帯(400–500 m)で捕獲数が最大
 餌トラップにより、オオグソクムシを合計 1152 個体捕獲しました。捕獲努力量当たり捕獲数(CPUE)は水深帯で有意に異なり、水深400–500 mで最大、700 m以深で急減しました。また、最浅(151 m)および最深(821 m)では捕獲されませんでした。 最多地点では、1地点で201個体(St.8、水深337 m)が得られ、五島周辺の深海域に本種が高密度で生息する可能性が示されました。

図2 東シナ海で、オオグソクムシがどの水深で多く採れるかを100 mごとに比較した結果。オオグソクムシの採れやすさ(CPUE: Catch Per Unit Effort)は水深によって異なり、特定の水深帯で多く採集される傾向がみられました。図は平均的な採集水深と採れやすさを示し、エラーバーはデータのばらつきを表します。水色は角形トラップ、桃色は円筒形トラップ、黒は両方を合わせた平均です。括弧内の数字は調査回数(n)を示します。 

(3)体サイズは水深で変化:「小型個体ほど浅い」一方、最大サイズはほぼ一定
 捕獲個体の体長は最小2.9 cm(マンカ幼生)〜最大12.9 cm(体重0.9〜65.9 g)と広い範囲にわたり、体サイズ分布は水深によって有意に変化しました。 特に、各水深帯の最小 5%個体の体サイズは深くなるほど大きくなる傾向が統計的に支持され、小型個体が浅い水深に偏ることが示されました。一方で、最大 5%個体の体サイズは水深と相関せず、最大サイズは深浅でほぼ一定でした。

図3 東シナ海におけるオオグソクムシの体サイズ分布を、水深100 mごとに示した図。特に大きい個体群では水深との明確な関係はみられませんでしたが、特に小さい個体群では、水深が深くなるほど少なくなる傾向が確認されました。これは、小型個体が深い場所にはあまりみられないことを示しています。括弧内の数字はサンプル数(n)です。 

(4)北限域(五島海盆周辺)における深海生態系評価の基礎データ
 五島海盆周辺は本種の東シナ海における分布北限域に位置すると考えられます。本研究は、北限域での出現量(多数個体)と、成長段階ごとの分布(小型個体が浅い)を、複数航海・広い水深帯で定量化した点に特徴があり、五島周辺の深海域の生態系評価に資する基礎情報となります。 

【研究者のコメント】
 オオグソクムシは“深海のアイドル”として親しまれていますが、今回の調査(写真2)では、五島列島南方の深海域で次々と個体が得られました。1地点で201個体、合計1152個体という結果は、五島列島南方の深海域に本種が高密度で生息する可能性を示す、私たち(写真3)にとっても想定外の発見でした。
 深海は“推し”に会う難易度が極端に高い世界で、基礎データが少ないことが深海域の生態系評価の大きな課題です。今回得られたデータは、本種が東シナ海の分布北限域に位置すると考えられる五島海盆周辺で、どの水深帯に多いのか、そして成長段階(体サイズ)の異なる個体群がどう分布するのかを定量的に示した点に意義があります。今後も練習船を活用した調査を継続し、深海底の生物群集の実態をより明らかにすることで、五島周辺の深海域の生態系評価に資する基礎情報を蓄積していきたいと考えています。

写真2  今まさに深海ベイト・トラップを引き揚げようとしている瞬間

写真3  安齋沙矢乃さん(中央)と田中章吾さん(左)と
八木光晴准教授(右)

<本論文のタイトルと著者> 
タイトル:Intraspecific size differences in relation to depth of the deep-sea isopod, Bathynomus doederleini Ortmann, 1894 (Isopoda: Cirolanidae) (深海性等脚類オオグソクムシ Bathynomus doederleini の種内サイズ差と水深との関係)  

著    者:安齋沙矢乃(長崎大学大学院総合生産科学研究科博士前期課程)
田中章吾(長崎大学大学院総合生産科学研究科博士後期課程(日本学術振興会特別研究員))
シティ シャズワニ アズミ(長崎大学大学院総合生産科学研究科博士後期課程)
和泉匠真(長崎大学大学院総合生産科学研究科博士前期課程)
丸山裕豊(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
保科草太(長崎大学水産学部附属練習船鶴洋丸)
眞角聡(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
合澤格(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
内田淳(長崎大学水産学部附属練習船鶴洋丸)
木下宰(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
山脇信博(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
青島隆(長崎大学水産学部附属練習船鶴洋丸)
森井康宏(長崎大学水産学部附属練習船長崎丸)
清水健一(長崎大学大学院総合生産科学研究科/水産学部)
八木光晴(長崎大学大学院総合生産科学研究科/水産学部) 

掲 載 誌Journal of Crustacean Biology(ジャーナル・オブ・クラスタシアン・バイオロジー)
掲 載 年:2026年 DOI:http://doi.org/10.1093/jcbiol/ruag022 
八木 光晴 ホームページ: https://sites.google.com/view/yagi-lab/