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バクテリアの滑走運動のメカニズムの解明

バクテリアの滑走運動のメカニズムの解明

医歯薬学総合研究科口腔病原微生物学分野の中根大介 日本学術振興会特別研究員(現、学習院大学理学部助教)と中山浩次教授のグループはある種の細菌が行う滑走運動のメカニズムを明らかにした。この研究はProc. Natl. Acad. Sci. USAの電子版 (1)に掲載された。

バクテロイデーテス・フィラムの細菌は、海中・土壌・体内、様々な環境に広く分布している。これらの多くは、滑走運動と呼ばれる、表面上を動く能力がある。滑走運動は、べん毛、線毛など、他の細菌が持つ既知の運動様式とは基本的に異なっているが、その運動メカニズムについてはまったくわかっていなかった。

この運動にはバクテロイデーテス・フィラムに特有の遺伝子群が関わっている。約20遺伝子が同定されており、複数のタンパク質が膜周辺に局在し、機能している。興味深いことに、それらの遺伝子群の類似遺伝子は歯周病原菌Porphyromonas gingivalisでは病原プロテアーゼの分泌にも関わっている (2)。

このことは、べん毛とType III 分泌装置の関係のように、滑走運動とタンパク質分泌をつなぐような新しい装置がバクテロイデーテス細菌に存在することを示唆する。高い運動活性を持つことで知られるFlavobacterium johnsoniae は、約2 μm/sの速さでガラス表面上を動く。

運動に関連する外膜タンパク質(SprB)に、ビーズをくっつけると、膜に沿って、約2 μm/sの速さでビーズが動くことがわかっている。SprBは、700 kDaの巨大タンパク質で、そのアミノ酸配列や局在から、滑走時にはAdhesinとして機能すると考えられている。しかし、このビーズの動きが、SprBタンパク質の直接的な動きによるものかどうかは、わからなかった。そこで、この外膜タンパク質を、直接蛍光標識し、そのダイナミクスを詳しく調べた。

運動時のSprBの挙動を直接可視化するために、SprBを抗体で標識した。化学固定した菌に対して、免疫蛍光法をおこなうと、SprBは、菌体表面に20-30個のシグナルとして検出できた。このシグナルが、膜上を動いているのか、確かめるために、化学固定せずに、免疫蛍光法をおこなった。ガラス上で運動をしている菌に対して、抗体を添加すると、濃度依存的に、ガラスへの結合能、運動能が、阻害された。

つまり、SprBタンパク質は、滑走運動に直接関与する、外膜タンパク質であるといえる。抗体の濃度を100倍希釈して使用したとき、結合・運動能が約60%残っており、SprBの局在にも影響が見られなかった。このとき、興味深いことに、シグナルは膜に添って、菌体のまわりを動きまわっていた。

このタンパク質の動きと、滑走運動の関わりを調べるために、菌体に阻害剤を加えて、滑走運動を止めてみた。バクテリアの運動のエネルギー源は、一般的にATPかプロトン駆動力(PMF)である。PMFの阻害薬であるCCCPを添加すると、3秒以内にタンパク質の動きが停止し、菌体も動かなくなった。この効果は可逆的で、CCCPを除くと、6秒以内にタンパク質の動きが再開し、菌体も動き始めた。このような効果は、他の阻害剤では観察することが出来なかった。 つまり、SprBの動きは、PMFに依存的で、滑走運動に必要不可欠であると考えられる。

SprBのシグナルは、菌体の長軸方向には並進運動しているように見えた。この菌は、細く、500 nm程度の厚みしかないので、ガラスに近い面も遠い面も、両側が見えている。そこで、まっすぐに運動している菌を選び、バクテリアの進行方向をプラスとして、SprBの長軸方向の動きの速さを測定した。ヒストグラムをとると、2つのピークがあり、それぞれ、~3.4 ± 1.1 μm/s と、~-0.5 ± 0.5 μm/s で、おおよそ同じ割合を占めていた。つまり、半分のSprBは末端に向かってゆっくりと動き、半分のSprBは先端に向かって速く動いている。

これは、SprBはガラスに対して、強く結合するとき、弱く結合するときの、2つの状態をもっていることを意味する。バクテリアが直線的に運動しているときの速さ 〜1.9 ± 0.6 μm/sを考慮すると、膜の上では、2方向のシグナルはどちらも、ほぼ2 μm/sの速さで流れていることになる。さらに、極では先端から末端へ、または末端から先端へ、SprBの移動方向が切り替わっていた。これらを総合すると、SprBは、長軸方向には一定の速さで膜上を並進運動し、極ではその方向を変えることが示唆された。

SprBのシグナルの軌跡を描くと、ジグザグした、波のような運動をとっていた。菌体上半分と下半分に位置するSprBをそれぞれ青色と赤色に色分けし、キモグラフをつくった。すると、それぞれのの軌跡は赤色から青色へ、さらに赤色へと変化した。つまり、SprBは長軸方向に並進運動する際、短軸方向には、片方の側面からもう一方の側面に移動している。

それを詳しく調べるために、全反射照明顕微鏡を用いて、菌体のガラスに近い面のみを可視化した。並進運動の際、SprBは、菌体の側面から、もう一方の側面に向かって、左方向にのみ進んでおり、右方向には進んでいなかった。つまり、SprBは左巻きの閉じたループに沿って、膜上を移動していた。

菌体の表面には、フィラメント状の構造があることが、クライオ電子顕微鏡によって明らかになっている。この構造がSprBからなるかどうかを調べるために、電子顕微鏡で構造観察をおこなった。SprB欠損株で、菌体の表面構造を観察すると、フィラメント構造がなくなっていた。 さらに直接的に示すために、SprBをF. johnsoniae細胞から単離した。2つの界面活性剤と、塩析によって、SprBが豊富な画分を得ることが出来た。

この画分を観察すると、150 nmの長さのまっすぐなフィラメント状構造がみつかった。 SprBに対する抗体は、特異的にこの構造に結合し、他の抗体だと結合しなかった。つまり、SprBは外膜から突き出た、150 nmの長さのフィラメント状タンパク質であることがわかった。

これらを総合すると、以下のようなモデルが考えられる。 150 nmの長さのフィラメント状タンパク質、SprBは、プロトン駆動力をエネルギー源として、菌体表面を極から極へ、左巻きのらせんに沿ってループ状に動く。SprBが床と接着することにより、菌体の長軸方向への並進運動が生じる。

 [参考文献]
(1)    Nakane D, et al. (2013) Proc Natl Acad Sci U S A, Published online before print June 18, 2013, doi: 10.1073/pnas.1219753110.
(2)    Sato K, et al. (2010) Proc Natl Acad Sci U S A, 107(1):276-281.

 

※上記の研究成果がPNASの電子版に掲載されました。以下がweb siteです。
  http://www.pnas.org/content/early/2013/06/12/1219753110