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総合生産科学域 環境科学領域 准教授 重富 陽介
私たちは日々たくさんのモノやサービスを利用し、見えない形で環境に影響を及ぼしています。
例えば、世界全体の温室効果ガス (CO2:二酸化炭素やCH4:メタンなど、人為的な温暖化を引き起こす物質の総称) の発生要因を遡ると、約2/3が人々の日常生活で消費されるモノとサービスに行き着くことが知られています (残りはインフラ設備への投資や政府支出等)。
このような最終的に利用したモノやサービスに関わって生じる温室効果ガスを、「カーボンフットプリント」と呼びます。「フットプリント」とは足跡、という意味。つまり、モノやサービスが作られて私たちが消費するまでに発生した温室効果ガスの「足跡」をたどり、何がどの段階でどのくらい温室効果ガスを排出したのか、その割合や合計を見える化したものが「カーボンフットプリント」です。これには、自家用車の利用等に伴う「直接排出量」だけでなく、隠れた「間接排出量」も同時に定量的に把握できるメリットがあります (図1)。
私はこれまで、主に日本の人々の暮らし (家計) によるカーボンフットプリントに注目し、その構造の解析や今後の見通しに関する様々な研究を実施しています。
図1. 算定している日常生活で消費されるモノ・サービスによって生じる直接・間接温室効果ガス (家計カーボンフットプリント) の範囲。モノ・サービスの流れをサプライチェーンと言い、ここでは日本の国内外を含んでいる。
例えば、新聞記事内ではスペースの都合で6つの項目別で示しましたが、実際には394項目にも上るモノ・サービスの家計消費別カーボンフットプリントを計測しています (図2)。図2の内側はそれらを14にまとめた大分類ごとの、外側の枠囲みの中は各大分類の上位5つまでの小分類ごとのカーボンフットプリントを、それぞれ表しています。この図を参照すると、食品全体由来の排出量は電力由来の排出量と遜色ないことがわかります。また、食品の中では、米や肉、菓子類、惣菜類の消費によるカーボンフットプリントの割合が大きいことも見えてきます。
図2. 日本の家計カーボンフットプリント構造。
(2021年5月現在では、データの制約上ここで表している2015年値のフットプリントが最新版となる。)
私の研究では、こうした日本の家計カーボンフットプリント構造をより詳細化する解析を続けてきました。
新聞記事内で紹介した世帯主年齢別のカーボンフットプリントはその一例です。
日本だけでなく、先進国の多くは今後少子高齢化が進むと考えられているため、それに伴って増加する可能性のあるカーボンフットプリントに対して対策を検討することは重要です(1)。
もし日本で、仮に人々の生活様式や産業構造が現在から変化せず、新技術や環境政策の実施がないまま、世帯構成だけが変化した場合、2040年までのカーボンフットプリント構造は図3のように推移すると考えられます。つまり、少子高齢化だけを考えると、カーボンフットプリントはこのまま少しずつ減少に向かうと予想されます。とはいえ、その減少率は直近の2020年と2040年を比べると6%程度であり、さらなる削減努力が必要になることは避けられそうにありません。
図3. 日本の世帯主年齢階級別カーボンフットプリントにおける少子高齢化の影響。2015年を基準に、世帯構成以外の要素が変化していないと仮定している。将来世帯の情報は国立社会保障・人口問題研究所から参照。
また、人々の生活様式は上記の年齢以外にも、収入や家族構成、住んでいる場所等、様々な要因が絡み合って変化し、それに伴って家計カーボンフットプリントの構造も異なります。
私の最新の研究では、様々な生活様式の要素とカーボンフットプリントの関係を把握するために、環境科学部の山本裕基准教授らとともに統計手法を用いた解析を行いました。その結果、エネルギー効率の高い住宅に住んだり、乗用車をはじめとするモノの保有数を減らしたりする等の生活様式の変容によって、平均的に期待されるカーボンフットプリント削減量が推計されました(2)。また、この研究の中で利用した約1200市区町村別の家計カーボンフットプリント(2005年値(3))。は、プロジェクトを主導する共同研究者のホームページでも広く公開されています (Spatial Footprintホームページ)。ここで、例えば長崎市と佐世保市を参照すると、それぞれの一人あたり平均カーボンフットプリントは4.8トンと5.2トンであり、その主要な排出源となっている消費要因を知ることができます。
図4. Spatial Footprintホームページ内で示された長崎県の市区町村別の家計カーボンフットプリント (画像は長崎市をクリックしたところ)。グレーの地域はデータなし。地図の左側には、対象地域における平均的なそれぞれの消費別カーボンフットプリントの値と、それらが全国の中でどの程度の水準であるのかが示されている。
このほか、上記のフットプリント以外にカーボンゼロ社会と関連するものとして、家庭でのエネルギー利用に伴う年間CO2排出量の変化要因を都道府県別に解析した研究や、家庭で利用された紙やプラスチック、木材に含まれる炭素量を同定した研究があります。
前者では、政府が見込む発電方式の改善や人口減少によるエネルギー需要の減少があったとしても、ほとんどの都道府県で現在よりも一人あたりのエネルギー消費量を大幅に減らさなければ、政府が家庭部門に定める目標を達成できないことを明らかにしました。
後者では、消費されて廃棄物となる可能性のあるモノに含まれる炭素が同目標の約20%に上り、余分なCO2を出すことなくモノやリサイクルされる素材に炭素を留める技術開発が重要であることを見出しました。
その技術を活かすためには、政策的な支援や私たちの協力を通じた適切な廃棄物の回収を進めることが求められます。また、こうした回収の促進は、工学部の木村正成先生の記事でご紹介のあったCO2の再利用技術の拡大にも繋がるでしょう。これらの研究の概要は、過去に長崎大学HPでもプレスリリース(4)(5)されていますので、ご関心のある方はそちらもご覧ください。
上記の結果のほとんどは、経済波及効果の計測ツールとして有用な産業連関分析と呼ばれる経済学の手法に、様々なエネルギー・環境統計に基づくデータを組み合わせることで、算定されています。この手法は環境産業連関分析と言い、国際的な影響力を持つ気候変動における政府間パネル (International Panel on Climate Change: IPCC) が発行する評価報告書の中でも利用されています。また、これは私の専門分野である産業エコロジー (Industrial Ecology) において発展してきており、気候変動だけでなく資源枯渇や大気汚染、生物多様性損失等の環境問題の構造を把握するための研究にも応用されています (これらを総称して「環境フットプリント」と言います)。
最後に、温暖化を含む気候変動は、今ある様々な「当たり前」を大きく変えてしまうリスクがあります。
私は生まれが関西ということもあり、長崎の豊かな海鮮を初めて食べたときに感動を覚えました。しかし、残念なことに、例えば長崎で有名なイカやシイタケは、今後の地球温暖化による影響が特に懸念されている食材の一つなのです。地元の人にとっては、「当たり前」のような存在かもしれませんが、私はこうした感動を自分の子や孫の世代の人たちにも伝えていきたいと思っています。
新聞記事でも述べたように、カーボンゼロの実現には、様々な角度から大気中の温室効果ガスを下げる方策を検討し、確実にそれを実行していかなければなりません。環境科学部環境システム学研究室(6)では、文理の出身を問わず、産業エコロジーに関心のある学生さんを歓迎しています。
ともに身の回りの事象と環境問題の見えない関係を明らかにして、長崎から最新の知見を発信していきましょう!
図4. 2020年度環境システム学ゼミの近影
▷より詳しく知りたい人は…
1) Shigetomi, Y., Nansai, K., Kagawa, S., Tohno, S. (2014) Changes in the Carbon Footprint of Japanese Households in an Aging Society. Environmental Science & Technology, 48, 6069–6080.
2) Shigetomi, Y., Kanemoto, K., Yamamoto, Y., Kondo, Y. (2021) Quantifying the carbon footprint reduction potential of lifestyle choices in Japan. Environmental Research Letters, 16, 064022.
3) Kanemoto, K., Shigetomi, Y., Hoang, N.T., Okuoka, K., Moran, D., (2020) Spatial variation in household consumption-based carbon emission inventories for 1200 Japanese cities. Environmental Research Letters, 15, 114053.
4) 家庭生活に伴って排出されたCO2の都道府県別変動要因を特定
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/about/info/science/science159.html
5) 需要・供給・人口動態の視点から、家庭における炭素利用の変化要因を解明:消費された木材・紙・プラスチックは、1210万トン分の二酸化炭素貯留に匹敵
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/about/info/science/science189.html
6) 重富陽介 (2021) 研究室紹介:長崎大学環境科学部環境政策コース環境システム学ゼミ. 日本LCA学会誌, 17(1), 47-49.
▷環境科学部に興味のある人は…
環境科学部ホームページ
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