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カーボンニュートラル時代における
市場メカニズムを用いた環境・気候変動政策の影響に関する研究


総合生産科学域 環境科学領域 准教授 昔宣希


研究者情報
■研究室紹介  昔研究室(環境ビジネス・炭素経営学)
■研究紹介
 ・気候変動の時代におけるエネルギー及びカーボンプライシング政策の経済と環境への影響に関する研究

持続可能な開発目標(Sustainable development goals, SDGs)とグリーン社会を実現するために、国際社会と各国政府は、温室効果ガス排出を実質的にゼロとするカーボンニュートラルを長期的な温室効果ガス削減目標として宣言し、現実的な達成のための方針を具体化しています。特にコロナ禍による経済停滞から景気回復のための努力に温暖化対策を組み合わせ、強化するグリーンリカバリー戦略が世界的に主流となっています。 これによって、気候変動政策と関連分野において推進力が高まる新たな転換期を迎えているといえます。 このような転換期における企業の役割について一層期待が高まっており、すでに環境、SDGs、社会貢献に対する企業の取り組みが活発になっています。
本研究室では、環境や気候変動問題を解決するために市場メカニズムに基づいた政策に着目し、それによる影響について、様々な角度から分析しています。図1に本研究室の研究分野と関連するキーワードを示しました。
具体的には、(1) 気候変動対策の中核政策として浮上しているカーボンプライシングの概念を理解し、関連政策のグローバル動向について把握します。(2)主に、北東アジアの日本、中国、韓国を対象として、これらの国の中長期温室効果ガス削減目標を達成するためのエネルギー・気候変動政策が、同地域の経済や環境に与える影響について分析します。一方、(3)このような政策に対応する国内・外の企業の環境・炭素経営の現状・動向・観点について企業を対象としたサーベイデータを用いた実証研究を行います。



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図1 研究分野の概念図



(1)カーボンプライシングの制度の経緯、デザイン分析に関する研究

カーボンプライシング(Carbon Pricing)は、排出されるCO2(二酸化炭素:カーボン)に価格付け(プライシング)する温暖化対策の仕組みです。同手法には、税や排出量取引制度、自主的なクレジット制度があります(図2)。コスト効率的な排出削減ができ、脱炭素技術開発・普及を促進することなどの政策効果が認められ、2020年11月時点で、カーボンプライシングは、EU地域をはじめ、46か国と35の地域で導入されています。
世界で排出される温室効果ガスの約35%を占めている北東アジアで、主要経済国である日本、中国、韓国は、ネットゼロへの役割が重要とされる中、炭素税、排出量取引などの制度を導入しています。日本では2010年に東京都、2011年には埼玉県でキャップアンドトレード(Cap and Trade)という地域レベルの排出量取引制度が導入されました。また、中国では、2011 年から2 省 5 市(広東省、湖北省、北京市、天津市、上海市、重慶市、深圳市)における 7 つのパイロット炭素市場の構築がスタートし、2021年から発電部門を対象とした全国排出量取引制度が稼働しました。一方、韓国では初となる全国レベルの排出量取引制度が2015年に導入され、5つ部門(転換、産業、公共・廃棄物、建物、運送)を対象にして現在第3期が運営されています。
本研究室では、これらの関連政策について、導入の背景、経緯、制度のデザインについて調査し、それぞれの特徴について比較分析しています。

図2 カーボンプライシングの種類と特徴



[関連資料]
昔宣希(2020)韓国温室効果ガス排出量取引制度の第 1 期及び 2 期の運営動向、ディスカッションペーパー (20) 、京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座、2020年8月
https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/dp020.html
Sunhee Suk (2015) Greenhouse Gases Emissions Trading and Carbon Tax Scheme in the Republic of Korea. Eds. Matsumoto K., Gao, A.M, Economic Instruments to Combat Climate Change in Asian Countries. Chapter 3, Wolters Kluwer

(2)カーボンニュートラルに向けた気候変動政策の中長期経済・環境への影響に関する研究
本研究は、国内外の研究者と共同研究の形で、マクロモデルを用いて、気候変動政策の中長期マクロ経済への影響を分析する研究を行っています。具体的な研究内容として、既存の研究結果の一部を下記の図3(日本の2030年と2050年の温室効果ガス削減目標の達成に必要な炭素価格の定量分析)と図4(2050年炭素中立の実現のためのエネルギー構成及びそれによるマクロ経済への影響)に示しました。



現在、長崎大学グローバル連携支援経費を基に、「日本、中国、韓国の炭素市場連携の構想及びマクロ経済への影響分析」の研究を行っています。日中韓の炭素市場の規模は、世界最大であり、今後市場の拡張性(日中韓の間の連携、ASEANやEUとのつながりの可能性)が期待されています。そこで、図5に示したように、同地域のカーボンニュートラルに向けた取り組みとして、各国が連携した炭素市場の創設にはどのような課題があり、各国にどのようなメリットをもたらすのかについて、マクロモデルを活用して分析しています。



図5 日中韓の炭素市場連携に関する研究概要



(3)企業における環境・炭素経営の現状・ 動向・観点に関する研究
深刻化する気候変動は、それ自体がもたらす危機と共に、気候変動に関連する政府政策の強化と消費者の認識の向上を引き起こし、企業にとっては経営全般において脱炭素化を求められています。そこで、企業は、既存の環境経営(主に汚染物質管理、コンプライアンス対応)から進んで、より戦略的かつ長期的な炭素ビジョンを設定し、実効性のあるプラクティスを行い、さらに、社会貢献や価値創出を包括し、危機を機会に転換しようとしています。実証研究で分かった具体的な事例を図6に示しました。
この研究は、企業を対象とした実証調査を通じて、企業の気候変動への対応現況と決定要因を分析します。また、企業の視点から政策評価、障害点、求める支援策などについて明らかにすることで、政府政策と企業対応の間のギャップを埋め、政策改善や企業の脱炭素経営に役に立つ示唆点を提示することを目的とします。


図6 企業における炭素経営の事例



この研究の一環として、長崎県内の中小企業家を対象に企業の脱炭素経営について講演会(関連記事 注1)や、県内の産官関連組織と協定(下記の写真)を結び、長崎県内企業における地域の自然資源(例えば、森林)由来のカーボンオフセットクレジットを活用した脱炭素経営に関する共同研究活動を推進しています。この研究は、気候変動と持続可能な開発目標(SDGs)に対応する地方自治体へ政策提言を行いながら、地域企業へ地域貢献や持続可能な開発(SDGs)の実践に有用な提案をすることが目的です。また、本学の「プラネタリーヘルス」ビジョンの実現にも貢献することが期待できます。

[関連資料]
Sunhee Suk (2021) South Korea’s Emission Trading Scheme and Company Carbon Management in The First Phase (2015-2017), Research Project on Renewable Energy Economics, DP NO.34 (2021, June) 
https://researchmap.jp/suksunhee/published_papers/32729458
Sunhee Suk (2018) Determinants and Characteristics of Korean Companies’ Carbon Management under the Carbon Pricing Scheme, energies, 11(4), pp966
Sunhee Suk, Sang-youp Lee, Yushim Jeong (2018) The Korean Emissions Trading Scheme: Business perspectives on the operations. Climate Policy, 18(6),pp715~728

協定書締結式


長崎大学News(2021年12月23日)「環境科学部が、ながさきカーボン・オフセット推進協議会と協定を締結しました」(https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/news/news3511.html



総括


気候変動(Climate Change)は、気候危機(Climate Crisis)と気候緊急事態(Climate Emergency)と呼ばれており、環境問題からもはや生存の問題になっていることを私達は目の当たりにしています。大学はある社会の現状と当面の課題について科学的な視線からその現象の真偽を明らかにし、次に進む道について議論しなければならないと考えています。

本研究室では、このような問題意識の下で、温室効果ガス削減をより費用効果的解決できる経済的手法(カーボンプライシング)に着目し、いろいろな国で様々な考え方でデザインされている関連制度についてレビューしながら、中長期的な経済・環境への影響を測り、同制度のあり方について分析・提案しています。さらに、国内・外の研究者らと協力して、北東アジアの温暖化ガス排出ネットゼロへの挑戦について、日中韓を結ぶ炭素市場連携を構想し、制度や経済面でその有効性の検討を行っています。一方、企業・行政と連携し、関連政策の動向、学問的の理論などの情報を提供する場を作りながら、企業側からのボトムアップの声を聴き、企業のよりプロアクティブな脱炭素経営やSDGsの実践を提案します。
このような研究が、気候変動政策のより効率的かつ実効的な履行する上で、貢献できることを目指しています。本研究に関連したより多くの参考資料については、下記のURLをご覧ください。
URL: https://researchmap.jp/suksunhee




注1) 長崎大学News(2021年12月27日)「長崎県内の中小企業家を対象に企業の炭素経営について経営者塾で講演を実施」(https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/news/news3517.html



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