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Research

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世界最速級で飛翔し,ほぼ空中で暮らす鳥類の地球規模の渡り経路を解明

長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科の山口典之准教授,酪農学園大学農食環境学群の森さやか准教授,慶應義塾大学自然科学研究教育センターの樋口広芳訪問教授,有限会社エデュエンス・フィールド・プロダクションの米川 洋・和賀大地の研究グループは,ほとんどの時間を空中で生活しているハリオアマツバメという渡り鳥が,北海道の繁殖地からオーストラリア東部までの長距離を渡っていることをつきとめ,その渡り経路をすべて追跡することに成功しました.渡り経路は全体として,東アジアからオセアニアにかけて大きく「8の字」を描く,非常に注目すべきものであることが分かりました.

ポイント

・ハリオアマツバメという渡り鳥が,北海道の繁殖地からオーストラリア東部まで渡っていることを突き止めました.春と秋の渡りの総移動距離は約40,000kmにおよびました.

・本種の渡りは東アジアからオセアニアにかけて大きく「8の字」を描く,非常に特殊なものでした.

・本種は高速で飛びながらほとんど空中で生活しているため基礎生態がほぼ不明ですが,個体数が激減しています.本研究の成果は,減少要因の特定や保全方法の策定に貢献することが期待されます.

 

研究の背景

鳥類は飛翔という能力により,地球上でもっとも移動性の高い動物です.渡り鳥はその能力をもっとも発揮し,春と秋の年2回,遠く離れた繁殖地と越冬地の間を移動します.その渡り移動を追跡することは容易ではなく,多くの渡り鳥の移動は,いまだ謎に包まれています.一方で,近年の環境破壊は繁殖地や越冬地,渡り途中の中継地の自然環境を劣化させ,気候変動は渡り鳥が移動の際に利用している風の状況を変化させています.その環境変化により,多くの渡り鳥の個体数減少が心配されています.今回の研究対象となったハリオアマツバメは,昼間活動しているときは常に大空を飛び続けており,鳥類最速級で飛翔できる,鳥類の中でも特に空中生活に専門化した種です.繁殖している地域や越冬している地域はある程度知られていましたが,その渡り経路は謎に包まれていました.一方で,主要な越冬地であるオーストラリアでは,本種の越冬数が過去60年に75%も減少したことが分かっています.個体数減少の要因を理解する上でも,彼らの渡り経路や個別の繁殖地と越冬地の繋がりを明らかにしていくことが重要と考えられます.今回我々は1gにも満たない小型の移動記録機器(ジオロケーター※注)を北海道で繁殖しているハリオアマツバメに取り付け,その渡り経路の全容を明らかにする調査を実施しました.

※注 ジオロケーター:光レベルを感じるセンサーを搭載したロガー.このロガーに記録される明るさの変化から日出・日没・日長を算出し,そこから日々の緯度・経度を推定する.

 

研究成果の意義

野生動物の未知の生態それ自体を明らかにしていくことは,自然科学の基盤となります.また今回得られたハリオアマツバメのおどろくべき生態を,図鑑やテレビの動物番組などで広く一般に広めることができれば,とくに子どもたちの知的好奇心をかりたてることに役立ち,地球規模という壮大なスケールで,豊かな自然環境に目を向けることに役立ちます.次に,今回の成果は個体数減少が懸念されている本種の減少要因を特定し,保全策を検討することに役立つ基礎情報となります.渡り鳥では,繁殖地,越冬地,渡り経路の様々なところに個体数減少の原因が生じる可能性があり,その保全のためには国際的な取り組みが必要になることがあります.主要な越冬地であるオーストラリアでは,個体数を大きく減らし続けている本種の絶滅が危惧されています.オーストラリア東部の大規模な森林火災は記憶に新しいですが,極端気象による森林火災や旱魃の規模や頻度の増加は,森林上空に飛翔する小型の昆虫を空中採食する本種にも影響があるかもしれません.一方,繁殖地では,本種は大木にできる巨大な樹洞で繁殖するため,森林伐採による営巣場所の不足が心配されています.我々の研究グループは北海道の繁殖地において,本種に適した巣箱を設計・架設することにより,営巣場所を提供する試みを既に開始し,成果を挙げています.今回の成果は,北海道の繁殖地とオーストラリアの越冬地を渡り経路を介してつなぎ,この個体群の保全を総合的に進める最初のステップとして貢献します.

 

原著論文

Noriyuki M. Yamaguchi, Sayaka Mori, Hiroshi Yonekawa, Daichi Waga and Hiroyoshi Higuchi (2021) Light-level geolocators reveal that White-throated Needletails (Hirundapus caudacutus) follow a figure-eight migration route between Japan and Australia. Pacific Science 75(1): 75–84.

 

本研究は科研費20K20587, 17K19429の助成を受けて実施されました。

◆プレスリリース
世界最速級で飛翔し,ほぼ空中で暮らす鳥類の地球規模の渡り経路を解明