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世界初!高級魚カンパチの産卵場所を特定 ~東シナ海産カンパチの産卵場をバイオロギング手法で特定~

長崎大学海洋未来イノベーション機構 環東シナ海環境資源研究センターの河邊 玲センター長、中村乙水助教、水産・環境科学総合研究科の刀祢和樹(博士後期課程3年)、阪倉良孝教授、および北海道大学大学院水産科学研究院の米山和良准教授、東京海洋大学学術研究院の坂本崇教授、台湾行政院農業委員会水産試験所海洋漁業組の葉信明組長、同所東部海洋生物研究センターの江偉全研究員らの国際研究チームは、台湾南東部沿岸域でカンパチ成魚を捕獲して水深・水温・照度記録計を装着し放流することで、これまで未解明であったカンパチの回遊生態を調べました。
その結果、産卵期前の11月に放流されたカンパチの多くは産卵期が始まる1月までに台湾東部を岸沿いに台湾北部の東シナ海の大陸棚縁辺部まで移動していることがわかりました。
一方、産卵期を迎える1月以降になると、北部海域を離脱して今度は沖合の黒潮の中を南下することが明らかになりました。

図1:カンパチ6個体(100日間以上の記録個体のみ)の移動経路(上部)と、日ごとの経験水温と遊泳深度の時系列変化(下部)。各点は個体ごとに推定された1日ごとの水平位置を示し、各点の色は月を表します。11月に放流されたカンパチの多くは1月までに、台湾東部を岸沿いに台湾北部の東シナ海の大陸棚縁辺部まで北上していました。1月以降になると、カンパチは北部海域を離脱して沖合の黒潮の中を南下していました。時系列変化は1日ごとの平均遊泳深度と平均経験水温を示します。カンパチは主に80-120mの深さを泳いでいました。
また、産卵期直前にどのような水温と水深履歴が記録されたかを調べたところ、1ヶ月ほどで1-1.5℃の水温の上昇を経験するとともに、産卵期にかけて日周的鉛直移動が顕著になりました。特に産卵期開始前後に経験した緩やかな水温上昇は、飼育環境下で雌親魚の排卵誘導に必要とされることが知られており、自然環境下でも同様の水温レジームを経験することで最終成熟が誘起されることにつながることが確認できました。このような産卵期特有の遊泳行動の変化は、2月に東シナ海南部の大陸棚縁辺部(25.3°N、121.9°E)で確認された後、黒潮内を台湾南東部沖(21.7°N、122.2°E)まで南下し4月まで継続して観察されたことから、産卵に関連した遊泳と強く疑われます。以上より、カンパチの産卵場は台湾北部海域から台湾南東部沖の黒潮流域内だと推定されます。我が国の水産重要魚種に挙げられるカンパチの産卵場は台湾のEEZ(排他的経済水域)内に存在することから、天然資源の持続的利用のためには本種の国際的な資源管理体制の構築が必要と言えます。

図2:雌個体の日周鉛直移動が見られた水平位置(上部)。赤色の点は日周鉛直移動が見られた場所を示します。大陸棚縁辺部から台湾南東部沖にかけての範囲で日周鉛直移動が観察されました。経験水温の時系列変化(中部)。各点は1日ごとの平均水温を示し、赤色は日周鉛直移動が見られた日であることを示します。灰色の範囲は緩やかな水温上昇の期間を示します。日周鉛直移動は緩やかな水温上昇を経験した後に連続して見られました。深度変化の相対エントロピーの時系列変化(下部)。緩やかな水温上昇を経験した後に相対エントロピー値が高い、つまり遊泳速度の速い特異的な鉛直移動が多く見られたことを示します。緩やかな水温上昇を経験した後に見られた特異的な鉛直遊泳は産卵行動と関連すると考えられます。
さらに、東シナ海には、水産最重要魚種であるブリ属3種(カンパチ・ブリ・ヒラマサ)の産卵場が存在します。中でもブリの産卵場は、温暖化による水温上昇の影響を受けて北に拡大しているだけでなく、最近の報告では台湾北部付近への拡大も確認されています。さらに昨年の報告では、カンパチとブリの天然交雑個体が日本海西部海域で採集されています。本研究の結果から示唆されることは、ブリとカンパチ親魚群が産卵する時空間が重複するようになったことが天然交雑個体の発生に寄与している可能性です。また、北方にカンパチの産卵場が拡大している、あるいは、台湾東岸以外にも産卵場が複数存在することも示唆されており、本種の集団遺伝構造の理解に重要な知見を与えるものといえます。

研究の背景

日本はブリ類の養殖生産量15万トンを誇り、世界の生産量の80%を占めるブリ類養殖大国であり輸出国でもあります。かつてのブリ類養殖は、日本固有種であるブリ(Seriola quinqueradiata)の生産が専らでありましたが、近年は対象種の多様化が進み総生産量の60%に低下しています。ここで、単価の高いカンパチ(S. dumerili)の生産量が急激に伸びて生産量の約40%に達してきています。他方、海外に目を向けると、ブリ類養殖が進められているアメリカ、チリ、オセアニアおよび地中海諸国では汎世界種であるカンパチとヒラマサの生産が主です。これらの種苗には海で採捕された天然種苗と、いわゆる完全養殖で卵から人の手で育てられた人工種苗の2種類がありますが、諸外国のブリ類養殖では人工種苗を用いています。これに対し、我が国で国産と銘打たれたブリ類の養殖種苗(ブリ・カンパチ・ヒラマサ)は東シナ海で採捕される天然種苗にほぼ全てを依存しているのが現状です。ブリの種苗採捕には厳しい漁獲量制限が設けられており、近年では天然ブリの漁獲量が過去最高水準で推移していることから、種苗採捕の資源管理が機能している好例となっています。ところが、カンパチの天然種苗には漁獲規制がないのが現状です。これらのことは、産卵親魚を適切に保全しながら天然種苗を持続的に確保し、我が国のカンパチ養殖を世界レベルで展開していく際に必要となることは、東シナ海の沿海国である台湾をはじめとした国際的な枠組みの下で漁業管理していくことであることを示しています。加えて、近年になって近縁種であるブリと本種の自然交雑個体が東シナ海北部海域で発見されましたが、本種の産卵場は未知であるため、自然交雑の発生要因を理解することは困難でした。
そこで、河邊教授らのグループは、バイオロギングと呼ばれる最新の行動記録手法を用いて、東シナ海におけるカンパチ産卵親魚の回遊生態を詳細に調べました。

研究成果の意義

本研究は、産卵期前から産卵期にかけてのカンパチの行動と移動を、世界で初めて報告した研究になります。これまで、本種は海底構造に蝟集した生活様式をとると考えられてきました。しかしながら本研究では、産卵期にはそれまでの海底構造に蝟集する行動を行わず、沖合の黒潮内へと移動し産卵行動を行うことが明らかになりました。この行動により、卵と仔魚が台湾東部の産卵場から東シナ海へと黒潮によって運ばれると考えられます。また、本種は2月に東シナ海の南端で産卵を開始し、その後南に移動していました。一方で、ブリは1月に東シナ海の南端付近で産卵を開始し、その後北上することが知られています。このことから、両種の産卵場が東シナ海の南端で時空間的に重複しており、そのために自然交雑が発生している可能性があります。本研究の成果は、本種の遺伝的個体群構造と東シナ海における自然交雑を理解する最初のステップとして貢献します。

謝辞

本研究は,科研費基盤研究(A)「ブリ類のホットスポット東シナ海から日本産ブリ類の由来と進化を探る(19H00952)」、科研費基盤研究(B)「海洋温暖化が東シナ海に進入する南方性水産有用魚類の回遊行動に及ぼす影響評価(16H05795)」、科研費基盤研究(B)「ブリをモデル生物として用いた浮魚類の産卵行動測定手法の開発(17K07913)」の助成を受けて行われました。

論文情報

論文名:Migration and spawning behavior of the greater amberjack Seriola dumerili in eastern Taiwan (台湾東部におけるカンパチの回遊と産卵行動)
著者名:刀祢和樹1, 中村暢佑2, Wei-Chuan Chiang 3, Hsin-Ming Yeh 3, Sheng-Tai Hsiao 3, Chun-Huei Li 3, 米山和良2, 富崎雅規1, 長谷川隆真4, 坂本崇5, 中村乙水1, 6, 阪倉良孝1, 6, 河邊玲1, 6
(長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科, 北海道大学大学院水産科学研究院, 台湾行政院農業委員会水産試験所, 長崎県庁, 東京海洋大学学術研究院, 長崎大学海洋未来イノベーション機構環東シナ海環境資源研究センター)
雑誌名:Fisheries Oceanography(水産海洋学の専門誌)
DOI:10.1111/fog.12559
公表日:2021年7月23日(オンライン公開:オープンアクセス)

問い合わせ先

長崎大学海洋未来イノベーション機構環東シナ海環境資源研究センター 
センター長(教授) 河邊 玲(かわべ りょう)
TEL:095-850-5042 
メール:kawabe*nagasaki-u.ac.jp(*を@に変換して下さい)
URL:http://sites.google.com/site/biologgingkawabehp/
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