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猛禽類ノスリのユーラシア大陸亜種が国内で越冬していることを初めて確認 ユーラシア大陸亜種と日本列島亜種の渡り経路が日本海に沿って分かれていることを解明

長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科の山口 典之 教授、北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)の中原 亨 学芸員、岩手大学農学部の長井 和哉 技術専門職員 、希少生物研究会の伊関 文隆 氏、NPO 法人おおせっからんどの吉岡 俊朗 氏、一般財団法人自然環境研究センターの中山 文仁 氏らの共同研究グループは、日本を含む東アジアに生息するノスリ(Buteo japonicus ブテオ・ヤポニクス)という渡り性猛禽類のユーラシア大陸亜種(以下、大陸亜種)が日本にも越冬分布していること、そして大陸亜種と、サハリンを含む広義の日本列島亜種の渡り経路が日本海の両岸に沿って分かれていることを初めて突き止めました。

■ポイント
・ノスリのユーラシア大陸亜種が九州で越冬していることを、捕獲した個体の形態的特徴とミトコンドリアDNA の遺伝子解析によって初めて確かめました。
・西日本で越冬するユーラシア大陸亜種と日本列島亜種にGPS ロガーを装着して追跡したところ、前者は朝鮮半島に渡ったのちに大陸沿岸を北上した一方、後者は日本列島を北上しており、日本海の両岸に沿って両亜種の渡り経路が分かれていることが分かりました。
・それぞれの春の渡りの終着点(繁殖場所)は、日本海をはさんで大陸と日本列島北部という地理的にはっきりと隔離された地域でした。この事実は、日本海という存在が、ユーラシア大陸亜種と日本列島亜種の分化をもたらした可能性を示唆しています。

【遠隔追跡と遺伝子解析】
研究グループは、福岡県・長崎県・宮崎県・兵庫県にて冬季に捕獲した合計28個体のノスリの背中に、遠隔で位置情報を取得できるGPS ロガーを装着して移動を追跡しました。さらに、採取した羽毛から抽出したミトコンドリアDNA の一部配列を決定し比較しました。
その結果、羽根に錆色や黄褐色の模様が比較的多く入っていた4 個体とそれ以外の24個体で配列が異なっており、前者はノスリの大陸亜種B. j. burmanicus(ブテオ・ヤポニクス・ブルマニクス:図1A)、後者は日本列島亜種B. j. japonicus(ブテオ・ヤポニクス・ヤポニクス:図1B)であることが確認できました。さらに遠隔追跡の結果、大陸亜種は対馬海峡を越えて朝鮮半島に渡り、その後ロシアのサハ共和国・ハバロフスク地方・マガダン州まで北上し越夏しました。越冬地からの移動距離は最長で約4,200km にも及びました。一方で、日本列島亜種は日本列島を北上し、最北でサハリンまで到達して越夏しました(図2)。
追跡した両亜種の越夏地域(繁殖場所)は重複していませんでした。

 


図1 ノスリのユーラシア大陸亜種Buteo japonicus burmanicus (A)と、広義の日本列島亜種B. j. japonicus(B)
撮影:伊関文隆・吉岡俊朗

【遠隔追跡の結果から考察される亜種分化の背景】
このように、隣接する個体群が地理的障壁を避けるようにして異なる渡り経路をとる状態は、種分化の途上にある鳥類でしばしば見られます。ノスリ両亜種の分岐は氷期・間氷期が繰り返されていた更新世に生じたとみられます。その頃、日本海はすでに大きな水域を擁していたと考えられています。
ノスリを含む中・大型猛禽類は上昇気流をとらえて旋回上昇する「帆翔」と「滑空」を交互に行うことで飛行しますが、上昇気流の生じにくい冷水帯の上空は帆翔が難しいため、極力避けて移動します。
ノスリ両亜種の共通祖先もまた、日本海の冷水帯の上空を移動することを回避していたと推測されます。遠隔追跡により判明した現在の両亜種の渡り経路と繁殖地の分離は、こうした地理的特徴と猛禽類特有の飛行様式によって生じたと考えられ、両亜種の分化・日本列島亜種の固有化に影響した可能性があります。

【日本に分布する鳥類として新たに1 亜種が加わる!?

大陸亜種はこれまでも西日本への飛来・越冬の可能性が指摘されていましたが、学術的には検討されて
おらず、実態は不明でした。大陸亜種は、日本で確認された鳥類をまとめた日本鳥類目録改訂第7 版(日本鳥学会 2012)にも記されていません。
本研究は、遺伝子・形態・渡り経路の3 つの側面から大陸亜種の日本への飛来と越冬を確かめた初めての学術的報告となりました。個体数は少数ですが、大陸亜種の定期的な日本での越冬が判明したことにより、将来的に日本に分布する鳥類として新たに1亜種が加わる可能性があります。

 

補足:ノスリとは?
全長約50cm、翼を広げると130 cm ほどの中型の猛禽類です。森林や農耕地に生息し、ネズミ類やモグラ類をはじめ、小鳥、ヘビ、昆虫などの様々な小動物を食物としています。西日本では主に冬鳥として観察されます。福岡県レッドデータブック(2011)では準絶滅危惧に選定されています。
世界鳥類目録(2022)によると、ノスリには4 つの亜種が知られています。日本本土に生息する日本列島亜種ノスリB. j. japonicus、小笠原諸島に生息する亜種オガサワラノスリB. j. toyoshimai、かつて大東諸島に生息していたとされる亜種ダイトウノスリB. j. oshiroi(絶滅)、そして今回日本での越冬を初めて確認したユーラシア大陸亜種B. j. burmanicus です。

■論文情報
Toru Nakahara, Kazuya Nagai, Fumitaka Iseki, Toshiro Yoshioka, Fumihito Nakayama and Noriyuki M.Yamaguchi (2022) GPS tracking of the two subspecies of the Eastern Buzzard (Buteo japonicus)reveals a migratory divide along the Sea of Japan.
IBIS. DOI:https://doi.org/10.1111/ibi.13093

■研究助成
本研究の一部は 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP07015)とJSPS 科研費(19K15869)の助成を受けて実施したものです。