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バクテロイデーテス細菌の滑走運動の「らせんループ軌道」モデルにおける菌体表層の軌道はマルチレールだった

■ 概 要 
   長崎大学医歯薬学総合研究科口腔病原微生物学分野の柴田 敏史 博士(研究当時:特任研究員, その後, 沖縄科学技術大学院大学(OIST)Staff Scientistを経て, 現在, 鳥取大学医学部細菌学分野講師)と
中山 浩次 長崎大学名誉教授は, 大阪大学, 大阪公立大学, 電気通信大学および米国ウィスコンシン大学ミルウォーキー校の研究者らとの共同研究にてバクテロイデーテス門細菌が行うたいへんユニークな滑走運動(固体表面上を滑走する運動)についてクライオ電子トモグラフィーなど各種の電子顕微鏡技術を用いた観察と解析で滑走原理に関連する菌体表層のマルチレール構造を発見しました。
   本研究の成果は「Communications Biology」に2023年1月23日付けで発表されました。

■ 研究の経緯 
   バクテロイデーテス門に属する多くの細菌は, 滑走運動と呼ばれる方法で固体表面上を約1〜5 µm /秒で移動します。液体中ではこれらの細菌はほとんど動かないため, 滑走運動には細菌細胞が固体表面と接触する必要があります。遺伝学的解析から, バクテロイデーテス門の細菌の滑走運動は, べん毛運動, IV型線毛による運動, 粘液細菌の滑走運動およびマイコプラズマの滑走運動などの他の細菌の運動メカニズムとは無関係であることが示唆されています。また, 滑走運動の研究でよく用いられるバクテロイデーテス門細菌のFlavobacterium johnsoniae(ジョンソニエ菌)には滑走運動に関与するタンパク質としてGldタンパク質群およびSprタンパク質群がありますが, それらの多くはバクテロイデーテス門細菌固有のタンパク質分泌機構として知られるIX型分泌機構(T9SS)の構成要素でもあります。T9SSは, 非運動性の歯周病原菌であるPorphyromonas gingivalisの病原性に関する研究のなかで世界に先駆けて当分野にて発見された分泌機構です(1)。最近の研究により, T9SSは, 超分子構造と分泌メカニズムの点で他の分泌機構とは明らかに異なるユニークなシステムであることが明らかになっています。ジョンソニエ菌は, T9SSを使用して菌体表面に可溶性細胞外酵素や運動性アドヘシン(SprB)など, 数十のタンパク質を分泌することがわかっています。
 ジョンソニエ菌は, バクテロイデーテス門細菌の滑走運動の分子メカニズムを理解するためのモデル生物として研究されてきました。ジョンソニエ菌の菌体表面の付着性分子である6,497個のアミノ酸で構成される巨大な糸状のタンパク質, SprBが細菌細胞の長軸に対して約19度の傾きで約2 µm /秒で旋回することが知られています。数理的解析から, 滑走に関わる「分子モーター」がSprBフィラメントに作用して, 細菌細胞の回転と滑走運動を引き起こすという「らせんループ軌道」モデルが当分野の以前の研究(2)で提唱されました。(動画1) クライオ電子顕微鏡解析やX線結晶構造解析により, 滑走運動のためのGldLとGldMタンパク質からなる膜貫通コア複合体は, トルク生成のプロトンチャネルとして機能するMotAとMotBタンパク質からなる細菌べん毛固定子複合体と同様の構造組織であることが明らかになっています。 プロトン勾配によってSprBフィラメントのらせん運動を駆動させると考えられるGldLM複合体は, 細胞体に分散して分布し, ほとんど動かないことがわかっています。一方, SprBがらせん状の軌道に沿ってどのように移動するかについての構造上の問題は未解決でした。

*動画1. 「らせんループ軌道」モデルのアニメーション。参考文献(2)共著者の和田浩史博士(立命館大学理工学部教授)提供。

■ 研究の内容 
 今回の研究では, 免疫蛍光顕微鏡によるジョンソニエ菌の細胞表面のSprB運動の詳細な解析と, 電子顕微鏡による滑走装置の形態学的解析が行われました。SprBが基層に付着することで, 細胞が移動すると考えられます。今回, 後方から細菌細胞の前進方向に見たとき, 滑走中の細菌はその長軸を中心に反時計回りに回転していることが証明されました。これは, らせんループ軌道モデルと一致しています。滑走中の細菌上のSprBを全反射蛍光顕微鏡で観察すると, 1つのSprBが, 同じ方向に移動している別のSprBを追い越したり, 菌体の中途でUターンしたりすることが観察され, らせんループ軌道に複数のレーンが存在することが示唆されました。いくつかの電子顕微鏡解析により, 菌体表層の外膜の直下にマルチレール構造が存在することが明らかになりました(図1)。このマルチレール構造は, GldJタンパク質を含んでおり, SprBフィラメントと連結していました。また, 同様の構造はジョンソニエ菌とは遠縁のバクテロイデーテス門細菌のSaprospira grandisでも観察されました。これらの結果は, SprBフィラメントが外膜直下のマルチレールに沿ってらせん状に移動することを示唆しています(図2)。今後は, らせんループ軌道モデルの詳細な検討, とくにGldLM複合体がどのようにSprBフィラメントを駆動させるかのメカニズムの解明が生物物理学上, 重要な課題と思われます。
 
図1. マルチレール構造

A:ジョンソニエ菌 ATCC 17061(野生型, WT)の浸透圧ショックを与えた細菌細胞。 浸透圧ショックを与えた細胞を0.5%酢酸ウラニルで染色し, 透過型電子顕微鏡で観察しました。サイズバー:200 nm

B:Aの破線で囲われた部分の拡大図。矢印は, マルチレール構造に付随する細いフィラメント(SprBフィラメント)を示しています。サイズバー:200 nm

図2. マルチレール構造のモデル

 菌体表層の外膜(OM)のペリプラズム側のマルチレール構造。 矢印はSprBフィラメントの移動方向を示しています。 青から赤への矢印は, SprBによるレーン切り替えがUターンを引き起こすことを示しています。

■論文情報 
論文名:Filamentous structures in the cell envelope are associated with the Bacteroidetes gliding machinery.
著 者:Satoshi Shibata*, Yuhei O. Tahara, Eisaku Katayama, Akihiro Kawamoto, Takayuki Kato, Yongtao Zhu, Daisuke Nakane, Keiichi Namba, Makoto Miyata, Mark J. McBride, and Koji Nakayama*
(*責任著者)
掲載誌:Communications Biology
論文閲覧用URL:https://www.nature.com/articles/s42003-023-04472-3
DOI(書誌情報):10.1038/s42003-023-04472-3

■参考文献 
(1) Sato K, Naito M, Yukitake H, Hirakawa H, Shoji M, McBride MJ, Rhodes RG, Nakayama K:
A protein secretion system linked to bacteroidete gliding motility and pathogenesis. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 107:276-281, 2010. DOI: 10.1073/pnas.0912010107.

(2) Nakane D, Sato K, Wada H, McBride MJ, Nakayama K:
Helical flow of surface protein required for bacterial gliding motility. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 110:11145-11150, 2013. DOI: 10.1073/pnas.1219753110.

■研究支援 
   本研究は日本学術振興会の新学術領域研究「運動超分子マシナリーが織りなす調和と多様性」JP24117006(平成24~28年度)及び、JSPS科研費JP25293375, JP17K17085の支援を受けて行いました。

■Related link 
鳥取大学:https://www.med.tottori-u.ac.jp/files/51816.pdf