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α-シクロデキストリンの経⼝摂取が放射性ヨウ素の甲状腺集積を抑制 ー⾷品添加物の摂取が被ばく線量を低減する可能性ー

  ⻑崎⼤学原爆後障害医療研究所の⻄ 弘⼤ 助教、東京⼤学アイソトープ総合センターの桧垣 正吾 助教、信州⼤学基盤研究⽀援センターの廣⽥ 昌⼤ 准教授、熊本⼤学⼤学院⽣命科学研究部の伊藤 茂樹 教授らによる研究グループは、⾷品添加物として使⽤される α-シクロデキストリン(以下、α-CD)(注 1)の経⼝摂取が放射性ヨウ素の甲状腺への移⾏を抑制する効果を持つことを明らかにしました。
  甲状腺がんや機能低下を引き起こす可能性のある放射性ヨウ素の⽣体内での吸収が抑制されれば、甲状腺被ばくの低減につながることが期待できます。本研究では、α-CD の経⼝投与による⽣体内の放射性ヨウ素の吸収抑制を、マウス実験において単⼀光⼦放射断層撮影による直接測定によって初めて明らかにしました。放射性ヨウ素と α-CD 溶液を投与したマウスの甲状腺への取り込みは、摂取 24 時間後に、対照群に⽐べて約 40%低下しました。α-CD の経⼝摂取が放射性ヨウ素の甲状腺への移⾏を抑制する効果を持つという発⾒は、同じ効果を持つ医薬品である安定ヨウ素剤に⽐べて⽐較的安全性が⾼いため、予防的に服⽤できる⼤きな利点があります。そのため、⾷品、医薬品、原⼦⼒防災、医療など多くの分野での応⽤が期待されます。

■ポイント 
▶  α-シクロデキストリンは、廃液中の放射性ヨウ素に対してして高効率に回収材へ吸着させる効果を持つことが分かっていた。
▶  今回、動物実験において、単一光子放射断層撮影(SPECT撮影)による放射性ヨウ素の直接測定によって、α-シクロデキストリンによる体内の放射性ヨウ素移行抑制効果を初めて明らかにした。
▶  α-シクロデキストリンは食品添加物としても使用されている安全性の高い物質であり、飲料水として使用することによって、医療や原子力防災など多くの分野での応用が期待される。

123Iを投与したマウスの24時間後の甲状腺SPECT画像
(左:α-シクロデキストリン投与、右:コントロール)

■発表内容 
【研究の背景】
 ヨウ素は体内に移⾏すると、ホルモンとして甲状腺に集積することが知られている。123I はβ線を出さず低エネルギーγ線のみを放出するため、医療分野では、甲状腺疾患疑いの患者に投与され体外からのγ
線計測による診断に使⽤される。甲状腺疾患の患者には、外科⼿術後に残存した甲状腺を放射線で破壊する治療のため、β線を放出する 131I が⼤量に投与される。
 放射性ヨウ素は医療分野で有益な⼀⽅で、健康な⼈が体内に取り込み内部被ばくすると、甲状腺癌や機能低下症を誘発するなどの影響がある。医療分野では、患者の呼気から⾶散したものを医療従事者や介護する家族が吸⼊することが懸念される。原⼦⼒事故によって⼤量の放射性ヨウ素が放出されるが、その対策として、近隣住⺠や作業者に安定ヨウ素剤が配付される。安定ヨウ素剤は医薬品であり、副反応として急性アレルギー反応や甲状腺ホルモンの分泌異常による中⻑期の健康影響が指摘されているが、代替品はない。⾷品添加物として⽤いられている α-CD の包接(注 2)作⽤を利⽤して、チューブ状ワサビでの⾟み成分の⾶散防⽌や、特定保健⽤⾷品として許可された⾎中コレステロールを減らす・脂肪の吸収を抑える緑茶など、市販の商品に⽤いられているものがある。
 本研究グループは、α-CD によって廃液中から固体に⾼効率に放射性ヨウ素を回収して核医学治療頻度の向上に寄与する研究をこれまで⾏ってきた。α-CD を適量添加すると、⾼放射能の放射性ヨウ素であっても回収材への吸着効率を上昇でき、かつ⾶散を防⽌できることを明らかにしてきた。この α-CD の適量添加によるヨウ素に対する包接効率の向上作⽤は、液体中のみならず⽣体内でも効果を発揮して、包接された状態で消化管に⼊り、そのまま⼩腸を通過してヨウ素の⾎液への取り込みを阻⽌すると考えられた。すなわち、飲⾷物に α-CD を添加物として加えれば、放射性ヨウ素の甲状腺への移⾏を効果的に阻害して内部被ばく線量を低減できると考えた。

【研究の内容】
123I および 131I の 2 種類の放射性ヨウ素を実験に⽤いた。123I は 50 MBq を⽣理⾷塩⽔ 100 µL に溶解させたものを 5%重量濃度の α-CD 溶液 150 µL と混合した。131I は 15MBq を⽣理⾷塩⽔ 100 µL に溶解させたものを 5%重量濃度の α-CD 溶液 150 µL と混合した。イメージング実験開始の 1 週間前に、甲状腺機能が正常な 6 匹のマウスを低ヨウ素⾷に切り替えて飼育した。各マウスに 250μL の放射性 α-CD 溶液を胃内投与し、投与 3、6、24 時間後に吸⼊⿇酔下で SPECT 撮影を実施した。コントロール群には α-CD溶液を⽣理⾷塩⽔に置き換えた溶液を投与し、同様に撮影を⾏った。SPECT 終了後、解剖学的参照のため CT を⾏った。SPECT 画像の各スライスに甲状腺およびバックグラウンド領域を設定し,これを加算することによって 3 次元関⼼領域 (volume of interest: VOI)として,VOI 内計数値を求めた.得られた計数値および投与量から甲状腺の摂取率を算出した。コントロールと α-CD 投与群の経時的甲状腺摂取率を⽐較することによって α-CD による放射性ヨウ素の消化管吸収阻害効果を明らかにした。

 図 1 に、Na123I+α-CD 投与マウスと、α-CD 溶液を⽣理⾷塩⽔に置き換えたコントロールマウスの投与24 時間後の甲状腺 SPECT 画像を⽰す。α-CD 投与マウスの甲状腺における Na123I の蓄積量は、コントロールに⽐べて低い。
 図 2 は、(左)Na123I+α-CD 投与群およびコントロール群、(右)Na131I+α-CD 投与群および対照群における甲状腺の取り込み量の時間変化をそれぞれ⽰す。Na123I 投与群では、3 時間後、6 時間後、24 時間後のコントロール群の取り込み値が 14.6±0.7%、19.4±0.8%、26.6±0.9%となったのに対し、α-CD 投与群では、13.3±2.4%, 15.5±3.1%, 17.1±0.5% と 24 時間の取り込み値はコントロール群に⽐べて約 40%低くなった。Na131I は Na123I と同様の傾向を⽰し、コントロールの 3、6、24 時間後の取り込み値は 10.3±0.8%、19.1±1.1%、28.1±1.3%となったが、α-CD 投与群では 8.6±0.8%、11.9±1.1%、18.7±1.3%となり、24 時間経過後にはコントロールと⽐べ約 40%低い値となった。Na123I と Na131I の核種の違いによる取り込みの差は認められなかった。
 図 3 は、α-CD 投与の有無による放射性ヨウ素取り込み量の時間変化を⽰したものである。コントロール群の 3、6、24 時間後の取り込み値は 12.6±3.0、19.3±0.2、27.4±0.6%、α-CD
投与群は 11.0±3.6、13.7±2.8、17.9±1.1%と 24 時間取り込み値はコントロールに⽐べて約 40%低い値になった。以上のように、α-CD 投与群では、コントロール群に⽐べ、24 時間後の取り込み率が約 40%低下した。したがって、α-CD 投与は、放射性ヨウ素の消化管吸収を抑制することが⽰された。

【今後の展望】
安定ヨウ素剤は医薬品であり、常時投与や反復投与が認められておらず、医療従事者や放射線業務従事者など放射性ヨウ素を⽇常的に扱う⼈の甲状腺被ばくを予防するために服⽤できない。⾷品添加物としても利⽤されている α-CD は、⽐較的安全性が⾼く、予防的に服⽤できる⼤きな利点がある。このように、経⼝摂取した放射性ヨウ素の甲状腺への移⾏を抑制する効果を持つ α-CD の活⽤は、医療や原⼦⼒防災など幅広い分野での応⽤が期待される。


図1:Na123I+α-CD投与マウス(下段)と、α-CD溶液を生理食塩水に置き換えたコントロールマウス(上段)の投与24時間後の甲状腺SPECT画像



図2:(左)Na123I+α-CD投与群およびコントロール群、(右)Na131I+α-CD投与群および対照群における甲状腺の取り込み量の時間変化     赤はα-CD投与群、青はコントロール群を示す。


図3:α-CD投与の有無による放射性ヨウ素取り込み量の時間変化
赤はα-CD投与群、青はコントロール群を示す。


*⽤語解説
(注 1)シクロデキストリン: 6〜8 個のブドウ糖が環状に結合したもので、ブドウ糖の数が少ない順にα,β,γ-の接頭語が付く。
(注 2)包接 :無機ヨウ素など疎⽔性物質を環の中に選択的に取り込み保持する性質。

■論⽂情報 
⟨雑誌⟩ Scientific Reports
⟨題名⟩ Reduction of thyroid radioactive iodine exposure by oral administration of cyclic
oligosaccharides 6
⟨著者⟩ Kodai Nishi,† Masahiro Hirota,† Shogo Higaki,† Shinya Shiraishi, Takashi Kudo, Naoki
Matsuda and Shigeki Ito*
† These authors contributed equally to this work.
⟨DOI⟩ 10.1038/s41598-023-34254-0
⟨URL⟩https://www.nature.com/articles/s41598-023-34254-0
 
■研究助成 
本研究は、科研費「⾷品添加物で放射性核種の体内移⾏を阻害・促進させる(課題番号:22H00944)」、放射線災害・医科学研究拠点 共同利⽤・共同研究「環状オリゴ糖の⽣体への放射性ヨウ素吸収低減効果の検証」の⽀援により実施されました。