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新型コロナウイルスとA型インフルエンザウイルスの遺伝子変異の特性を比較解析した論文が国際学術誌に掲載されました

 長崎大学高度感染症研究センター・新興ウイルス研究分野/熱帯医学研究所・新興感染症学分野の川崎佳子さん(医学部5年生)、阿部遥助教(現:熱帯医学研究所ベトナム拠点准教授)、安田二朗教授らのグループによる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の遺伝子変異に関する研究論文が2023年8月11日にオンライン学術誌“Scientific Reports”に掲載されました。この論文では、SARS-CoV-2とA型インフルエンザウイルス(IAV)の変異率および変異の特徴を比較解析し、SARS-CoV-2の変異率がIAVの約1/24であることなどを明らかにしました。

 SARS-CoV-2とIAVは共にパンデミックを起こし得る呼吸器感染症の病原体であり、ゲノムの遺伝子変異による変異株の出現が流行の繰り返しや感染拡大の主要な原因となっています。感染者あるいは感染動物の体内でウイルス表面タンパク質の抗原性が変化した変異株が現れ、それらの中から、宿主が従来株の感染で獲得した免疫機構を回避する変異株が選抜され、次の流行を起こします。何れのウイルスもRNAをゲノムとして持つRNAウイルスであり、一般的にRNAウイルスは変異しやすいと言われており、次々に抗原性の異なる変異株が出現します。IAVをはじめ多くのRNAウイルスの変異率が高いのは、ウイルスがもつゲノム複製酵素(RNAポリメラーゼ)が複製ミスを起こしやすく、また、DNAポリメラーゼのような複製ミスを修復する校正(プルーフリーディング)機能ももたないためです。但し、コロナウイルスの複製酵素複合体には校正機能があると言われており、SARS-CoV-2の変異率や変異パターンが必ずしもIAVと同様ではない可能性が示唆されています。
 そこで、安田教授らのグループは、双方のウイルスに感受性があり、生体における主要なウイルス増殖部位の一つであるヒトの気管支上皮に由来するCalu-3細胞を用いて、其々のウイルスを15代連続継代し、ウイルス表面タンパク質(IAVはHAとNA、SARS-CoV-2はS:図参照)の遺伝子上の変異を詳細に解析しました。
 その結果、SARS-CoV-2の遺伝子変異率はIAVの1/23.9(図の右グラフ参照)で、そのうちアミノ酸置換を伴う非同義置換もIAVの1/68.7であり、IAVよりも抗原変異が起きにくいことがわかりました。また、IAVではトランジション変異とトランスバージョン変異がほぼ同頻度で検出されたのに対して、SARS-CoV-2ではプリン、ピリミジン塩基同士の置換であるトランジション変異が多いということも明らかになりました。

 今回の解析は、免疫系などによる選択圧力のない培養細胞で双方のウイルスの複製酵素複合体の基本性能を比較していますが、生体や集団内では環境要因を含む様々な選択圧力が働き、新たな変異株が選抜されてきます。ウイルスタンパク質には構造や機能上の制約があり、変異体のバリエーションには限りがあると考えられるため、本研究を発展的に進めることで、近い将来、変異の方向性をAIなどで予測することができ、次に出現する変異株を特定することにより感染流行を制御できるようになると期待しています。
また、今回の研究で、SARS-CoV-2の変異はIAVに比べて起きにくいことが確認されましたが、それでも、感染者数が多く、流行が長期化する状況下にあっては変異株が次々に出現するのは必然です。病原性が低いからと言って、この状況を放置すると感染力や病原性が高まった変異株が出現する可能性も否定できません。新型コロナウイルス感染症対策としては何よりも感染の機会を減らすことが重要と考えます。


■論文情報 
Kawasaki, Y., Abe, H., and Yasuda, J.: Comparison of genome replication fidelity between SARS-CoV-2 and influenza A virus in cell culture. Scientific Reports, 13(1), 13105, 2023.
培養細胞における新型コロナウイルスとA型インフルエンザウイルスのゲノム複製の精確性に関する比較解析
URL: https://doi.org/10.1038/s41598-023-40463-4

尚、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症研究基盤創生事業「国際的に脅威となる一類感染症の研究及び高度安全施設(BSL-4)を活用する人材の育成(研究代表者 安田二朗、(課題管理番号:JP23fm0208101))」、「ベトナムにおける新興・再興感染症研究推進プロジェクト(研究代表者 金子修、(課題管理番号:JP20wm0125006))」、および文科省特別研究促進費「アジアに展開する感染症研究拠点を活用した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する緊急研究(研究代表者 森田公一、(課題管理番号:JP19K224679))」からの研究費のご支援を得て実施したものです。