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【続報】三大感染症の一つ「マラリア」に関する長崎大学の取り組みを Nature 誌Nature Outlook Malaria特集にて紹介

▶前回のニュースはこちら https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science312.html
 
 長崎大学では、「マラリア」に関する最新研究を紹介する記事広告 ”Know your enemy: The path to malaria elimination”を、国際的な総合科学雑誌Nature (2023年6月29日号)のNature Outlook Malaria特集に掲出しました。

Nature 618, S19 (2023) 
ISSN 1476-4687 (online) ISSN 0028-0836 (print)
https://www.nature.com/articles/d42473-023-00092-x
 
この原稿の日本語訳を掲載します。

敵を知る:マラリア撲滅への道

マラリアをなくそうと、研究者たちは新しい薬剤やワクチンの標的を見つけるため、
マラリア原虫の真の姿を明らかにしようとしている。

 世界保健機関(WHO)によると、アフリカでは2分に1人の子どもが、マラリアが原因で死亡している。マラリアによる死亡者数は、2000年から2019年にかけて毎年減少しているものの、マラリアが世界から撲滅されるには程遠い状況にある。

 一方、一部の地域では、患者数が再び増加している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、殺虫剤処理された蚊帳の配布など、必要不可欠なサービスが中断されたことにより、2020年から2021年にかけて、マラリア患者は予想されていたよりも1340万人多く、マラリアによる死亡者は予想されていたよりも6万3000人多く発生した。そのほとんどはアフリカでのものだ。

殺虫剤処理された蚊帳を天井に設置するチーム。天井式蚊帳は、ベッドだけではなく、部屋全体を覆う。


  「私たちは、特にサハラ以南の子供たちを守るために低価格で効果が高く安全なマラリア治療薬を探し求めており、ワクチンの開発にも取り組んでいます。」と長崎大学大学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科長の北潔は言う。長崎大学の研究者たちは、新たな治療標的を見つけるために、マラリア原虫の生活環と生物学的性質の詳細を明らかにし、それらを活用することを期待している。

 人間にマラリアを引き起こすいくつかの原虫種の中で、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)は致死率が最も高い。人間が、熱帯熱マラリア原虫を保有する雌のハマダラカに刺されると、スポロゾイトと呼ばれる型のマラリア原虫が、唾液と共に皮膚に注入される。その後、スポロゾイトは肝臓に移動して肝細胞(肝臓の主要な細胞)内に侵入し、発育・分裂しメロゾイトと呼ばれる別の型に変化して血流に放出される。

 メロゾイトは赤血球に接着すると、一連の分子を秩序立てて分泌しながら、赤血球内に入り込む。マラリア原虫は赤血球内で増殖した後に、外に放出され、さらに多くの赤血球に寄生する。この時点で、宿主である人間は発症することになり、子どもたちは免疫系が発達していないため、特に発症しやすく、死に至りやすい。

熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)は寄生した赤血球を変化させ、
knobと呼ばれる突起構造が作られるようになる(右:非寄生赤血球、左:寄生赤血球)

 
 長崎大学熱帯医学研究所の金子修は、メロゾイトが赤血球に侵入する分子機構を解き明かそうとしている。

 金子は齧歯類のマラリア原虫で解析をしているが、熱帯熱マラリア原虫よりも侵入に要する時間が長く、分析が容易だからだ。金子は「人間のマラリアとは異なりますが、マラリア原虫が細胞に侵入する仕組みを理解するのに役立ちます」と言う。

 「マラリア原虫が、様々な分子をどのように秩序立てて分泌しているのかを理解したいのです」と金子。この知識があれば、これらの分子の1つ以上を標的とするワクチンの開発につながり、感染を阻止できる可能性がある。

撲滅に向けて
 長崎大学のマラリア研究は、既に研究室から実世界へと移行しており、マラリア流行地域でのマラリア原虫の蔓延を遅らせる、あるいは完全に撲滅することを目的に、人間を対象とした臨床試験が行われている。北たちは2013年に、5-アミノレブリン酸(5-ALA)とクエン酸第一鉄ナトリウムというサプリメントとして市販もされている成分の組み合わせによりin vitroで熱帯熱マラリア原虫が死滅することを報告した。その2年後に北たちは、致死性の齧歯類マラリア原虫に感染したマウスに5-ALA/クエン酸第一鉄ナトリウムを毎日経口投与すると、そのうち60%が治癒し、回復したマウスは230日以上にわたって再感染から保護されることを示した。

 これらの有望な前臨床結果を踏まえて、2019年に、製薬企業であるネオファーマジャパン株式会社の支援を受けて、ラオスの村々で無症候性のマラリア患者を対象に、5-ALA/クエン酸第一鉄ナトリウムの臨床試験が実施された。

 「マラリアを撲滅するためには、無症候性の患者を治療して、マラリア原虫を除去する必要があります」と北は言う。データは現在解析中だが、北は、この試験をアフリカなど他の地域にも広げたいと考えている。

 より多くの治療薬やワクチン候補の開発を加速するため、長崎大学は塩野義製薬株式会社と提携し、熱帯医学研究所にシオノギグローバル感染症連携部門(Shionogi Global Infectious Diseases Division:SHINE)を設置した。塩野義製薬の大本真也によると、同社は感染症治療薬で有名だが、予防薬やワクチン製造への展開を視野に入れているという。

より良い蚊帳を設計する
 北たちは治療薬やワクチンの開発に取り組んでいるが、マラリア媒介蚊の生態学者である長崎大学の皆川昇らは、新しい蚊帳を開発している。一般的なマラリア対策方法は、蚊帳の中で寝ることである。蚊帳は夜に吊り下げ、朝には折りたたむ。蚊帳は通常、殺虫剤で処理されているが、蚊はこうした化学物質に対する耐性を急速に獲得しつつある。

 そこで、皆川らはケニア西部において、殺虫剤とピペロニルブトキシド(PBO)で処理した蚊帳の試験を行った。PBOで処理した蚊帳は、住友化学株式会社が開発したものであり、ハマダラカに殺虫剤耐性を付与する酵素を阻害する相乗効果を持つ。試験開始から12カ月後、通常の蚊帳を使っていた子どものマラリア感染率は45%であったのに対し、PBO処理した蚊帳を使っていた子どもの感染率は33%であった。

 蚊帳の問題点は、頻繁に吊ったり、たたんだり、他の場所に移動したりすることによって、損耗しやすいことである。寝相の悪い子どもの体の一部が蚊帳の外に出ることもある。そして、多くの子どもたちは、今でも蚊帳なしで寝ている。別の実験で、皆川らは、天井式蚊帳の効果を試した。これは通常の蚊帳よりも大きく、天井に張ることで部屋全体を覆うように設計したものだ。

 皆川らが天井式蚊帳の効果を18カ月間調べたところ、通常の蚊帳しかない家に住む子どもの42%がマラリアに感染したのに対し、天井式蚊帳を設置した家に住む子どもは23%しかマラリアに感染していなかった。「素晴らしい効果です」と皆川は話す。
 
 現在、皆川らはこの2つの研究を組み合わせた蚊帳の試験を行っている。PBOと殺虫剤を組み合わせたネットで作られた天井式蚊帳を設置するというものだ。彼らは、子どものマラリア感染率はさらに大きく減少し、その効果が数年以上続く可能性があると期待している。「天井式蚊帳は昼夜を問わず同じ場所にあり、通常の蚊帳のように日常的な損耗にさらされることはないため、その効果と寿命はより長い」と皆川は言う。

 はっきりしているのは、マラリアは蚊帳だけ、または、薬剤だけで撲滅できるものではなく、複数の攻撃手段が必要だということだ。では、WHOは2030年までにマラリアの患者数と死亡者数を2015年比で90%以上減少させるという野心的な目標を達成できるだろうか。長崎大学でマラリアワクチンを開発している水上修作は、難しい課題だと指摘する。

 しかし、マラリア原虫を阻止するためであれ、蚊を阻止するためであれ、北は、長崎大学がマラリア研究を行う理由を常に念頭に置いている。「アフリカで、マラリアに苦しむ小さな子どもたちをたくさん見てきました。彼らを助けることが最も重要なのです」。

この記事は、塩野義製薬株式会社の協力を得て作製された。