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環境科学部の中山智喜准教授が参画する日印共同研究プロジェクト 「インド・パンジャーブ地方の稲わら焼きが起因、高レベルのPM2.5 がデリー首都圏へ 〜高密度観測ネットワークで輸送過程を解明〜」

 本学の環境科学部の中山准教授(大気環境科学)が参画する総合地球環境学研究所(地球研)を中心とした国内外の大学等の国際的な研究者チームが、29 台の安価で正確な小型センサで構築した高密度観測ネットワークにより、インド北西部の大気汚染状況を初めて定量化しました。
 その結果、発生源を含むネットワーク観測が、農業残渣燃焼が地域や複数州にまたがるスケールの大気汚染に及ぼす影響の理解に有益であることを示しました。

■研究の背景 
 大気中の直径 2.5 μm 未満の粒子状物質(PM2.5)の人の呼吸器系への取り込みは、インド北西部の都市や主要な排出地域である農村において、甚大な健康被害をもたらすことが懸念されています。稲わら(農業残渣)の野焼き(写真1)は、モンスーン後(9 月から 11 月)の水稲収穫直後に、パンジャーブ州、ハリヤーナー州、およびインド・ガンジス平原の一部地域で毎年行われています。デリー首都圏の深刻な大気汚染(写真2)に対する農業残渣の野焼きの影響は 2010 年代半ばからニュースなどで話題になっていますが、発生源地域や飛来経路での PM2.5 濃度の綿密な測定は行われていません。

写真 1:パンジャーブ地方の稲わら焼きの例
(2018年 11月4日撮影、林田佐智子)

 写真2:PM2.5の高濃度時におけるデリー首都圏
 での視界不良の様子
(2023年 1月14日撮影、プラビル・K・パトラ)

■研究手法 
 そこで今回、研究チームは、独自に開発した PM2.5 センサおよび複数のガスセンサからなる小型大気計測器(CUPI-G; Compact and Useful PM2.5 Instrument with Gas sensors)をインド北西部 29 か所に設置して、パンジャーブ州、ハリヤ ーナー州、デリー首都圏の広範囲にわたるネットワーク集中観測を 2022 年 9月1 日から 11 月 30 日にかけて実施しました(図 1)。

  図 1:2022 年 11 月 2-4 日の農業残渣物燃焼によるパンジャーブ州における PM2.5の放出と
  デリー首都圏への輸送の事例。赤丸が観測点の位置を示す。
  左図ではパンジャーブ州、ハリヤーナー州、デリー首都圏における PM2.5濃度の変化(オレンジと
  水色はそれぞれ同一州内複数地点の時間平均値と標準偏差を意味する)、右図では本期間における
  PM2.5の最大濃度(赤丸:値に応じて直径を大きくしている)を衛星による火災検知数および風向
  とともに示した。風ベクトルは欧州中期予報センター第 5 世代再解析(ERA5)の地上風(11 月
  3 日の日平均値)を表している。


■研究成果 
観測されたPM2.5 濃度は、10 月 6~10 日には 60 µg m-3以下でしたが、その後、徐々に増加し、11 月 5~9 日には 500 µg m-3に達する地域もありました。また、その後、11 月 20~30 日には 100 µg m-3程度に減少しました。年間および 24 時間の PM2.5 曝露量に関するインドの国家大気質基準は、 40µg m-3 と60µg m-3であり、今回、パンジャーブ州、ハリヤーナー州、デリー首都圏で 11月に観測されたPM2.5はそれよりはるかに高濃度でした。11 月 2~3 日と 11 月9~11 日に発生した大部分の観測地点で 500 µg m-3を超過する高濃度イベントについて、高濃度の PM2.5を含む空気塊の北西からの季節風による輸送過程を追跡することができました。また南東の風下側ほど高濃度になる傾向、すなわち輸送中の粒子の二次生成(化学反応により大気中でガスが粒子化する現象)も確認されています。本研究により、発生源を含むネットワーク観測が、農業残渣燃焼が地域や複数州にまたがるスケールの大気汚染に及ぼす影響の理解に有益であることが示されました。
 
■まとめと展望 
 本研究を実施した地球研 Aakash プロジェクトのリーダーであるプラビル・K・パトラ教授(地球研/JAMSTEC)は「大気汚染物質の削減は、一般社会の大気汚染に対する理解増進が進んだときに初めて達成可能です。結局のところ、大気汚染物質を排出する人々が最大の被害者なのです(長寿命温室効果ガスの世界的な影響とは異なります)」と述べています。
 名古屋大学の宇宙地球環境研究所の松見豊名誉教授は、「限られた予算内でパンジャーブ州からデリー市までの広い領域の詳細な大気汚染物質の挙動を知ることができました。特に CUPI-G に使用している PM2.5センサは、今回のような深刻なアジアでの大気汚染に有効に応用されています」と述べています。このPM2.5センサはパナソニック株式会社と本研究の名古屋大学のメンバーで特別に開発したものです。グル・ナナク・デヴ大学アムリトサル校 植物・環境科学部のマンプリート・シン・バッティ教授は「低コストの PM2.5 観測により環境に優しくクリーンな未来を構築し、地方と都市の両方の住民にきれいな空気と健康な暮らしを提供していきましょう」と語っています。
 大気汚染による環境影響は他にもたくさんあります。農業残渣の野焼きから生成される汚染物質には光を吸収するエアロゾルが大量に含まれており、これらが大気の熱力学や雲の性質を変化させることが考えられます。東北大学のプラディープ・カトリ講師は「我々の高密度測定ネットワークから得られる高品質データを他のデータと組み合わせることで、これらの問題に対処できる大きな可能性があります」と述べています。
 元Aakash プロジェクトリーダーで、今回のキャンペーン測定を企画した林田佐智子客員教授(地球研)は「この地域の深刻な大気汚染を改善するために、将来の日印協力に期待しています。Aakash プロジェクトは、インドの研究者たちとも協力して、焼却以外の稲わらの有効活用法も合わせて研究しています」と語 っています。
 本研究は、総合地球環境学研究所(地球研)Aakash プロジェクト(プロジェクト番号14200133)の一環で行われました。2022 年の集中観測キャンペーンはインドCIPT の支援を受けて実施されました。

PM2.5の測定結果はオープンデータ共有ポリシーにより地球研データベースから入手可能です(https://aakash-rihn.org/en/data-set/)。

Aakash プロジェクト:
Aakash プロジェクトでは、インド北部における大気浄化と健康被害改善に向け、パンジャーブ地方における持続可能な農業への転換のために、農業残渣(稲わら)の野焼きと大気汚染の関係を科学的に明らかにするとともに、地域での健康教室や健康診断の開催や、稲わらの有効利用方法の提案に向けた活動をするなど、人びとの行動を変えるための道筋を探求しています。

■論文情報 
論文タイトル:Very high particulate pollution over northwest India captured by a high-density in situ sensor network
雑誌名:Scientific Reports
著者名:Tanbir Singh, Yutaka Matsumi, Tomoki Nakayama, Sachiko Hayashida, Prabir
K. Patra, Natsuko Yasutomi, Mizuo Kajino, Kazuyo Yamaji, Pradeep Khatri, Masayuki Takigawa, Hikaru Araki, Yuki Kurogi, Makoto Kuji, Kanako Muramatsu, Ryoichi Imasu,Anamika Ananda, Ardhi A. Arbain, Ravindra Khaiwal, Sanjeev Bhardwaj, Sahil Kumar, Sahil Mor, Surendra K. Dhaka, A. P. Dimri, Aka Sharma, Narendra Singh, Manpreet S. Bhatti, Rekha Yadav, Kamal Vatta, Suman Mor
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-023-39471-1
掲載日:2023 年 8 月 14 日