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コロナ禍において減少から増加に転じた生活由来の温室効果ガス排出構造を解明

 長崎大学水産・環境科学総合研究科環境科学専攻修士課程2年の吉良成美、重富陽介准教授、東京大学大学院工学系研究科のYin Long准教授の研究チームは、環境産業連関分析を応用して、日本におけるコロナ禍が始まった2年間 (2020年・2021年) で生じた生活の変化がカーボンフットプリントにどのような影響を及ぼしたかを検証しました。さらに、その期間中の生活とカーボンフットプリントの関係を日本の人々の従事する産業や所得水準の観点からより詳細に解析することで、近年学術的に注目を集める世帯間の排出格差 (温暖化対策の公平性) への影響についても考察しました。

■研究成果のポイント 
●2020年に減少した生活由来の温室効果ガス排出量は、2021年に再びコロナ禍以前の水準に増加しており、コロナウイルス感染拡大に対する政府要請や経済政策によって生じたものと考えられます。
●世帯間の排出格差はコロナ禍に入って概ね改善傾向であった一方、消費項目別に詳細化すると公共交通や旅行に関する排出格差は悪化していたことがわかりました。
●本研究は、コロナ禍に伴う温室効果ガスや排出格差の構造の変化を定量的に示しており、その結果に基づき将来再びパンデミック感染症が発生した際に備えて採るべき温暖化対策の重要性について議論しています。

■研究の背景 
 私たちは日常生活の中で、温暖化の原因となるCO2などの温室効果ガスを、ガスコンロや自家用車などを利用して直接排出するだけでなく、使うモノやサービス(商品)のサプライチェーン (原料調達から廃棄までの流れ) を通じても間接的に排出しています。このような直接的および間接的な排出 (カーボンフットプリントと呼ばれます) を考慮すると、私たちの生活由来の温室効果ガスは国全体の約6割に相当すると報告されています。そのため、私たちの生活は温暖化対策を採るうえで重要な役割を担っています。
 2019年末に世界を襲った新型コロナウイルスの感染拡大により、外出を制限されたり、オンライン会議や講義が増えるなど、人々の日常生活は大きく変化しました。コロナ禍においてあらゆる産業活動が停滞し、工場や物流から排出される温室効果ガスは一時減少しましたが、このときの人々の生活変化は国内の温室効果ガス排出量にどのような影響を与えたのでしょうか。

■研究の結果と考察 
 分析の結果、2020年の1人あたり平均カーボンフットプリントは、コロナ禍以前 (2015年から2019年の年平均値) に比べ2.9%低かったと見積もられました。しかし、世帯主の従事する産業ごとにみると、「運輸・郵便業」、「宿泊・飲食サービス業」などに従事する世帯ではコロナ禍以前よりもカーボンフットプリントが増加していました (図-a)。また、消費項目別にみると、2020年に食料品由来のカーボンフットプリントの増加が特に目立ち、コロナ禍以前よりも17%増加していました。これは、コロナ禍の外出制限に伴って人々の食に対する関心が高まったことや、自炊をする機会が増えたことに起因することが示唆されます。
 一方で、2021年の1人あたり平均カーボンフットプリントは2020年から3.6%増加し、コロナ禍以前の水準を若干上回りました。また、多くの産業において1人あたりカーボンフットプリントが前年からリバウンドしていたことが明らかになりました (図-b)。このような変化は、主にコロナウイルス感染拡大に関連する経済政策や緊急事態宣言の内容の差異、ワクチン接種の増加による移動制限の緩和によるものと考えられます。
 次に、人々の生活と所得の差異に基づく排出格差を表す消費項目別のCF-Gini指標は、コロナ禍においてアパレルを中心に減少 (排出格差が改善) 傾向が見られました。しかし一方で、公共交通や旅行に関するCF-Gini指標では2021年において増加傾向 (排出格差が悪化) が現れていました。例えば、旅行については、Go To トラベルなどの経済支援政策によって需要が喚起されたことによりカーボンフットプリントが増加し、さらに低所得層と高所得層のカーボンフットプリントの乖離が進んだと考えられます。現在、温暖化対策の政策の一つとして政府でも炭素税の導入拡大が検討されていますが、こうした排出格差が大きい消費項目に対して優先的に課税することで、低所得層の負担割合を上げずに温室効果ガスを抑制することが望まれます。

図. 世帯主の従事する産業別1人あたり生活由来のカーボンフットプリントの推移。
a: 2020年とCOVID-19感染拡大前 (2015-2019年の年平均値) の差、
b: 2021年と2020年の差。正の値の項目は前年に比べ増加したことを、負の値の項目は減少したことを示す。


■今後の展開 
 本研究の結論は、俯瞰的な視点から温室効果ガスの排出構造を捉え、需要側・供給側双方から持続可能な消費への移行を支援する重要な知見となります。現在新型コロナウイルスは第5類となりましたが、将来再びコロナ禍のようなパンデミック感染症の出現に備えることは重要です。例えば、本研究で示されるコロナ禍でカーボンフットプリントが増加したモノやサービスに対して、脱炭素技術の導入やサプライチェーンの見直しを図ることは、将来起こりうるパンデミックの状況下における温室効果ガスのリバウンドの抑制に繋がるでしょう。また、今後人々の消費に対して炭素税が検討される場合には、排出格差が大きく、同状況下でさらに格差が拡大しやすい商品に注目することで、より公平な温室効果ガスの排出削減策になり得ます。このような本研究から得られる知見は、本学が掲げるプラネタリーヘルスとも深く関連します。
 本成果は国際学術誌Resources, Conservation & Recycling (2022年インパクトファクター13.2) に受理され、日本時間で1月14日9時に公開されました。次ページのURLから2024年3月4日まで、どなたでも無料でダウンロードして読むことができます。

■論文情報 
Narumi Kira, Yin Long, Yosuke Shigetomi. (2024) Measuring the rebound of Japan’s per-industry household carbon footprints and emission inequalities during the COVID-19 pandemic in 2020–2021. Resources, Conservation & Recycling, 203, 107414

(邦題)
吉良成美, 吟龍, 重富陽介 (2024) 2020-2021年のCOVID-19感染拡大下における日本の産業別世帯カーボンフットプリントのリバウンドと排出格差の分析, Resources, Conservation & Recycling, 203, 107414

(URL)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921344924000089?dgcid=author 




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