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マラリア原虫の生存に必要な脂質分子群を合成する酵素の同定に成功   リン脂質の合成系路は原虫にとっての生命線!

長崎大学・熱帯医学研究所SHIONOGIグローバル感染症連携部門・分子感染ダイナミックス解析分野の稲岡 健ダニエル教授は、群馬大学大学院保健学研究科生体情報検査科学講座、国立国際医療研究センター研究所、愛媛大学プロテオサイエンスセンター、自治医科大学との共同研究において、リン脂質合成酵素の一つであるアシル転移酵素(PfLPLAT1*1)の存在をマラリア原虫で初めて確認しました(図1)。この酵素の遺伝子を破壊すると、マラリア原虫は急速に死に至るため、この酵素が原虫の生存に生命線的役割をしていることが明らかとなりました(図1)。本研究成果により、原虫が増殖する際に大量に必要となる脂質分子をいかに調達するかという、生存戦略メカニズムの一端が明らかになっただけではなく、新しい抗マラリア薬の開発への貢献が期待されます。この研究成果は、2025年1月29日のCommunications Biology誌に掲載されました。

図1:マラリア原虫の生活環とアシル転移酵素(PfLPLAT1)遺伝子破壊株による効果。
図2:マラリア原虫のアシル転移酵素(PfLPLAT1)の生理機能と遺伝子破壊株の解析結果。


1、本件のポイント
●    抗マラリア薬には耐性原虫が出現しており、新規作用機序を持つ薬剤の開発が急務である。
●    マラリア原虫がリン脂質を作る酵素群に関する研究は、ヒトの場合と比べて大幅に遅れていた。
●    PfLPLAT1は複数のリゾリン脂質(アシル鎖が1本のリン脂質)から2本足のリン脂質(ジアシル体)を合成できる、「リゾリン脂質アシル転移酵素」活性を有していた。
●    PfLPLAT1の遺伝子破壊は原虫が赤血球侵入後、約36時間以内に死に至らしめる。
●    遺伝子破壊により、細胞内に含まれる脂質分子の構成比率が大きく変化していた。
●    PfLPLAT1の遺伝子破壊は原虫に大きな構造的異常を発生させ、原虫の養分である宿主赤血球ヘモグロビンの取り込みを阻害する可能性がある。

2、本件の概要
背 景
マラリアは1年に約2.6億人の患者と60万人死者を出す世界三大感染症の一つで、アフリカや東南アジアが主な流行地域です。この病気の原因となるマラリア原虫は蚊の刺咬によりヒトの体内に送り込まれ、一旦肝臓で増殖したあと赤血球に侵入し増殖します(図1)。このステージが始まると高熱や貧血などの症状が始まり、熱帯熱マラリア原虫の感染では脳へのダメージやアシドーシス、重症貧血といった命の危険性ともなう、重症マラリアと呼ばれる状態になります。
この病気に対するワクチンが最近ようやく利用できるようになったものの、その効き目は完全ではなく、流行地の人々に行き渡らせるのにも大変な労力を要します。またいくつもの抗マラリア薬が使用されていますが、多くの薬剤に耐性原虫が出現しており、現在は特効薬と言われるアルテミシニンに別の薬剤を組み合わせる複合療法が推奨されています。しかし最近では、このアルテミシニンに対する耐性原虫の出現も報告されるようになり、新規の作用機序を持つ抗マラリア薬開発が望まれています。
マラリア原虫が抗マラリア薬耐性を持つことを防ぐには、薬剤が様々な細胞機能へダメージを与え、耐性を持つ前に死滅させることが重要です。様々なアプローチが考えられるなか、私たちは熱帯熱マラリア原虫の細胞膜を構成し、分裂・増殖する際に多量の脂質を供給するリン脂質の合成系路に着目しました(図2)。しかし、熱帯熱マラリア原虫のリン脂質合成系路の研究はヒトの研究に比べて大幅に遅れており、系路内の酵素群も明確に同定されていませんでした。

研究・成果
私たちは、リン脂質合成系路のうち、アシル鎖(リン脂質分子に含まれる脂肪酸由来の2本の炭素鎖)を一本だけ持つリン脂質(リゾリン脂質)に、アシル鎖をもう一本追加して通常のリン脂質にする酵素の同定と機能解析を行いました(図2)。この機能を持つ酵素を「リゾリン脂質アシル転移酵素」と呼びますが、熱帯熱マラリア原虫では、細胞レベルでその活性が示唆されていたものの、酵素そのもので機能が確認されたものはありませんでした。この研究では、遺伝子データベースよりヒトの酵素と似ている機能未知の遺伝子(PfLPLAT1)を発見し、条件特異的遺伝子破壊*2が可能になる遺伝子改変原虫を作成することで、この酵素の機能を解析しました。

PfLPLAT1遺伝子が破壊されると、原虫はその赤血球への感染サイクルである48時間より短い約36時間程度で死滅しますが、遺伝子破壊と同時にPfLPLAT1を強制的に発現させると原虫は死ななくなることから、この酵素が原虫の生存に必須であることが示されました(図2)。また超高圧電子顕微鏡解析から、死にゆく原虫の細胞には大きな構造的欠陥が発生していることが認められました。PfLPLAT1を試験管内でタンパク質として発現させ、その酵素活性を調べたところ、複数のリゾリン脂質をジアシル体へ変換できる機能があることが分かり、生体膜の複数の分子に関してその構成比を維持している分子であることが明らかとなりました。

これらの実験により、熱帯熱マラリア原虫のリン脂質合成系にはPfLPLAT1は必須であり、その機能異常はさまざまな細胞機能へ障害を与えることが示唆されました。この結果は、マラリア原虫、ひいては他の細胞内寄生虫にも共通する生存戦略の一端を示してくれたといえます。

展 望
マラリア原虫の遺伝子のなかには、リン脂質合成に関わると思われる他の遺伝子が複数確認できますが、どれも機能が分かっていません。私たちはそれらの遺伝子の機能を一つずつ確認していき、マラリア原虫の脂質代謝の全貌を明らかにしたいと考えています。また脂質合成系路は、細胞内の代謝だけでなく細胞膜を形成する分子を生産するため、代謝+構造を同時に破壊するという、薬剤開発の新展開が期待できます。

3、研究情報
掲載雑誌  :Communications Biology DOI: 10.1038/s42003-025-07564-4
論文タイトル:Pivotal roles of Plasmodium falciparum lysophospholipid acyltransferase 1 in cell cycle progression and cytostome internalization.
掲 載 日  :2025年1月29日(日本時間) Commun Biol 8, 142 (2025).

論文は以下URLで閲覧できます。
https://doi.org/10.1038/s42003-025-07564-4

著     者  :Junpei Fukumoto, Minako Yoshida, Suzumi M Tokuoka, Eri Saki H Hayakawa, Shinya Miyazaki, Takaya Sakura, Daniel Ken Inaoka, Kiyoshi Kita, Jiro Usukura, Hideo Shindou, Fuyuki Tokumasu.
研究責任者 
福本隼平 愛媛大学プロテオサイエンスセンター 特定研究員
徳舛富由樹 群馬大学大学院保健学研究科生体情報検査科学講座 教授

本研究は、日本学術振興会科学研究費(基盤研究(C))の助成、ならびに塩野義製薬/長崎大学包括連携共同研究費によって行われました。

4、関連リンク
愛媛大学プロテオサイエンスセンター

群⾺⼤学

群⾺⼤学大学院保健学研究科

国際医療研究センター研究所脂質生命科学研究部

自治医科大学医動物学部門

長崎大学熱帯医学研究所塩野義グローバル感染症研究部門

名古屋大学 未来材料・システム研究所 超高圧電子顕微鏡施設

用語解説
*1  PfLPLAT1
Plasmodium falciparum lysophospholipid acyltransferase 1の略。マラリアの原因となる熱帯熱マラリア原虫が持つ酵素の一つ。熱帯熱マラリア原虫に由来するリゾリン脂質アシル転移酵素。

*2 条件特異的遺伝子破壊
ゲノム上のターゲット遺伝子配列内に、特定の薬剤で切り取られる配列を埋め込み、任意のタイミングで培養液中にその薬剤を添加して遺伝子の全部、または対部分を切り取ること。