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AI技術を用いた新たな細胞画像解析技術を大学院生が開発

 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科薬学系)細胞制御学分野の武田弘資教授らの研究グループは、AI技術(※1)を活用し、生きた細胞の画像データから、細胞小器官(オルガネラ、※2)の状態を高精度かつ効率的に解析することを可能にした独自の画像解析技術OrgaMeasを開発しました。本研究では、同分野所属の日本学術振興会 特別研究員(DC1)馬場大暉さん(大学院博士後期課程3年)が、自身の研究の過程で新たな画像解析技術の必要性に気づき、最新のAI技術を習得しつつ本技術の開発を主導しました。

図1. オルガネラ画像解析技術OrgaMeasの概要


【研究成果のポイント】

・AI技術を活用し、細胞の機能に重要な役割を担う各種オルガネラの状態を高精度かつ効率的に解析する新たな画像解析技術を開発しました。

・オルガネラの詳細な解析には顕微鏡で撮影した画像データを用いますが、これまでは手作業で行う過程が多く、客観性を確保することに非常に気を遣うと同時に、解析に要する時間の面でも研究者に多大な負担がかかることが大きな問題でした。本技術はその点を大幅に改善するものです。

・オルガネラの研究を進めていた大学院生が、自らのアイデアで本技術の開発を主導しました。

・高精度かつ効率的な解析が可能となることで、オルガネラの機能不全に基づく疾患に対する治療薬の開発などにも本技術を応用できる可能性があります。


【研究背景】

 私たちの身体は、心臓や脳といった、生きるために必要な機能をもつさまざまな「器官」から構成されています。その器官は、生命機能の最小単位である「細胞」が集まって形作られており、1つ1つの細胞が器官、そして個体の生命活動に重要な役割を果たしています。同様に、細胞の中においても細胞の機能を支えるさまざまな器官が存在しており、それらは細胞小器官(オルガネラ)として知られています。例えば、遺伝情報であるDNAを格納している「核」、細胞のエネルギー産生工場である「ミトコンドリア」、細胞内の不要な物質や損傷した構造体を分解する「リソソーム」などがあります。そのような重要な役割をもつため、オルガネラの機能異常は、細胞そして器官の機能異常、ひいてはさまざまな疾患の原因や徴候となり得ることから、オルガネラの状態を解析する必要性ならびに重要性がますます高まっています。

 それにともなって近年、顕微鏡技術の著しい発展と普及、さらには細胞内の分子や構造を可視化する技術の進展により、オルガネラを詳細に観察し、撮影することが可能になってきました。しかし、膨大なデータを含む顕微鏡画像を正確かつ効率的に分析するための画像解析技術の開発と普及は遅れを取っていたため、多くの研究者が取り組んでいる一般的なオルガネラ解析は、膨大な時間を必要とし(非効率的)、研究者の主観が反映されやすく(非客観的)、そして精度にも欠けることがあり、これらは長らく問題視されてきました。

 今回、馬場さんは、自身の研究の過程で実際にそれらの問題に直面したことをきっかけに、自ら習得したデータサイエンス(※3)の知識と技能を発揮することで、オルガネラ研究者の視点から、同じ立場の研究者にとって本当に有用な画像解析技術の開発を目指しました。


【研究成果】

 本研究では、AI技術の1つであるディープラーニング技術(※4)を活用し、これまでにない高精度で効率的、かつ客観的な独自のオルガネラ画像解析技術OrgaMeasを開発しました。

 本解析技術の開発に際して、DIC2Cells、OrgaSegNetとそれぞれ名付けた2つのツールを開発しました(図1)。オルガネラ解析では、1細胞ごとにオルガネラの状態を解析するために、個々の細胞領域(画像内でどこからどこまでが1つの細胞の領域であるか)を定義するROI設定(※5)が必要になります。しかし、これまでこの設定は手作業で膨大な時間をかけて行う必要があったため、多くの研究者が、研究の効率化のためにこの設定を自動化できる技術を求めていました。そこで、より実態に近い正確なオルガネラ画像を取得できるライブセルイメージング(※6)において、細胞への毒性が懸念される薬剤などを用いずに取得できる細胞画像の1つである微分干渉像(DIC; differential interference contrast)から自動でROI設定を行うことを目的に新たなツールDIC2Cellsを開発し、それにより高精度で客観的なROI設定の自動化を実現しました。

 次に、オルガネラの機能や形、細胞内分布といった状態を正確に捉えるためには、画像内のオルガネラ領域を定義するセグメンテーションという操作が必要です。そこで、すでに他の研究グループによって開発されていたミトコンドリア画像のセグメンテーションに特化したツールMitoSegNetを改良することで、ミトコンドリアだけでなく、核やリソソームなどの他のオルガネラにまで適用を拡大させた新たなツールOrgaSegNetを開発し、高精度かつ客観的なオルガネラセグメンテーションを実現しました。

 最終的にDIC2CellsとOrgaSegNetをOrgaMeasとしてシームレスに統合することで、オルガネラ解析を一貫して自動化することが可能となりました。図2にOrgaMeasを用いた解析の一例を示します。ライブセルイメージングにて取得したミトコンドリア画像から、ミトコンドリアの形態を大きく変化させる薬剤(CCCPおよびMdivi-1)の作用を数値化し、正確に評価することができました。この実験では各実験群で約200個の細胞を解析対象としており、その解析には従来は6時間以上かかっていましたが、OrgaMeasを用いることで、自動化された作業時間を含めても1時間以内で完了させることが可能となりました。

図2. OrgaMeasによるミトコンドリア解析の一例

【今後の展望】

 OrgaMeasについては、これまでの学会発表などによって多くの研究者に興味を持っていただき、すでにいくつかの共同研究で活用されています。また、その応用範囲は基礎医学・生物学研究にとどまらず、オルガネラの機能不全に基づく疾患に対する治療薬の開発などにも応用できる可能性があります。


【謝辞】

 本研究は、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS;JP24ama121032)、日本学術振興会(JSPS;JP23KJ1762, JP21K06069, JP23K06117)およびベンチャーキャピタルANRI(The ANRI Fellowship)等の支援を受けて行われました。


【用語の解説】

(※1)AI技術:人間が実現するさまざまな知覚や知性を人工的に再現する技術(人工知能)。

(※2)細胞小器官(オルガネラ):真核生物の細胞内に存在し、膜などによって区切られた構造をもつ機能単位。核やミトコンドリア、小胞体、リソソームなどがその代表であり、それぞれが生命活動に欠かせない独自の役割を果たしている。

(※3)データサイエンス:膨大なデータを効率的かつ効果的に分析し、有益な洞察や知識を導き出す学問。

(※4)ディープラーニング技術:人間が脳で考えるように、コンピュータに学習させるための1つのAI技術であり、大量のデータから特徴を自動的に学習し、複雑なパターンやルールを認識することができる。例えば、写真や動画から文字や顔、物体などを認識する画像認識などに広く応用されている。

(※5)ROI設定:画像解析において、画像内の解析したい領域(ROI:Region of interest)を設定する操作。一般的に、研究者が手作業でROIを設定することになるため、大量の画像データを解析する際には、この操作が解析の効率を大幅に下げてしまう。

(※6)ライブセルイメージング:顕微鏡を用いて細胞を生きた状態で観察し、その動きや形の変化、細胞内のオルガネラなどの構造物を可視化する技術。生きた細胞を観察することで、オルガネラの状態をより正確かつ詳細に観察することができる。


【論文の情報】

掲載誌:Biochimica et Biophysica Acta (BBA) – Molecular Cell Research

論文タイトル:OrgaMeas: A pipeline that integrates all the processes of organelle image analysis

Taiki Baba*, Akimi Inoue, Susumu Tanimura, Kohsuke Takeda*(*:責任著者)

DOI: 10.1016/j.bbamcr.2025.119964

Available online: 24 April 2025