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ダニ媒介性脳炎ウイルスに対し、感染後の脳内からウイルスを排除できることを発見~血液脳関門を通過する抗体で高病原性脳炎ウイルスの治療の可能性~

 長崎大学 高度感染症研究センターの好井健太朗教授、北海道大学 大学院獣医学研究院の今内覚教授、小林進太郎准教授らの研究グループは、血液脳関門を透過するペプチドを融合した抗体(下記参考図内では「BBB透過型抗体」と表記)を開発し、国内外で脳炎患者が発生しているダニ媒介性脳炎ウイルスに対して、感染後の脳内からウイルスを排除できることを示しました。本研究成果は、ダニ媒介性脳炎を始めとするウイルス性神経疾患への治療法開発への応用が期待されます。 本研究は2025年7月7日に米国微生物学会誌「mSphere」に掲載されました。 

参考図:開発した抗体による血液脳関門透過と脳内ウイルス中和のイメージ図


【研究成果のポイント】
・ダニ媒介性脳炎は現在、効果的な治療法が存在しない重篤なウイルス性中枢神経感染症。
・血液脳関門を透過するペプチドを融合させた抗体により、ウイルスが増殖する脳内に抗体を届け、排除することが可能に。
・本研究は、ダニ媒介性脳炎ウイルスが脳に侵入した後の治療効果を示した初の報告であり、新たな中枢神経感染症治療への応用が期待される。

【研究成果の概要】
 ダニ媒介性脳炎(Tick-borne encephalitis:TBE)は、日本国内でも発生が報告されている、極めて重篤な脳炎を特徴とするウイルス性感染症です。感染後、ウイルスは脳内に侵入し、中枢神経症状を引き起こしますが、これまで有効な治療法は確立されていません。その主な要因の一つが、脳を守る生体防御機構である血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)の存在です。BBBは脳と血液の間に存在するバリア構造で、有害物質の侵入を防ぐ一方で、治療薬の脳内移行も制限するため、ウイルスが増殖する脳内に薬剤を届けることも困難にしています。
 本研究では、ウイルスを中和する抗体に、BBBを透過する性質を持つペプチドを融合させた組換え抗体を開発しました。開発した抗体はBBBを透過する性質を維持していて、マウスに投与した際に脳に輸送されることが確認されました。さらにTBEウイルスを感染したマウスにこの抗体を投与したところ、脳内のウイルス量が有意に減少する効果が認められました。
 これらの成果は、TBEにおいてウイルスが脳に侵入した後の治療の可能性を示した世界初の報告です。今後はTBEの治療法開発にとどまらず、他の神経感染症や神経疾患への応用を見据えた薬物送達システム(DDS)の開発への貢献も期待されます。

 なお本研究は、科学研究費補助金(JP20H03136、JP21KK0123、JP21K19191、JP21K20761、JP22K15012、JP23KJ1760、JP23K27079)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(JP24fm0208101、JP23fk0108614、JP23wm0325059)、および長崎大学高度感染症研究センター 共同利用・共同研究拠点「新興感染症制御研究拠点」の支援を受けて行われました。 

【用語解説】

抗体:ウイルス等の病原体に感染した時に、排除するために体内で作り出される蛋白質の分子。
薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム:DDS):薬物を体内の特定部位に効率的に届けるための技術。

【論文情報】
雑誌名:mSphere(米国微生物学会誌)
論文名:
Development of blood-brain barrier-penetrating antibodies for neutralizing tickborne encephalitis virus in the brain(脳内のダニ媒介性脳炎ウイルスを中和する血液脳関門透過型抗体の開発)
著者名:
福田美津紀1、深野紗代2、前川直也2、小林進太郎2、岡本俊輔1、平野港1、小林純子1、苅和宏明2、川上茂3、今内覚2、好井健太朗11長崎大学高度感染症研究センター、2北海道大学大学院獣医学研究院、3長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
DOI:https://doi.org/10.1128/msphere.00184-25
公表日:2025年7月7日(月)(オンライン公開)

プレスリリースURL:
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/guidance/kouhou/press/pdf/1177file1_20250728110555.pdf