2025年09月25日
長崎大学 高度感染症研究センターの好井健太朗教授と平野港助教、愛媛大学 先端研究院 プロテオサイエンスセンターの高橋宏隆准教授らの研究グループは、コムギ無細胞系を用いたタンパク質相互作用の網羅的解析技術を用いて、ダニが媒介し致死的な出血熱を引き起こすクリミア・コンゴ出血熱ウイルスの感染を抑制する新しい因子を発見しました。本研究の成果は、クリミア・コンゴ出血熱をはじめとするウイルス性出血熱の病態の理解を深めるとともに、将来的な治療法の開発への応用が期待されます。
本研究は2025年9月2日に米国生化学・分子生物学会誌であるJournal of Biological Chemistry (JBC)に掲載されました。
【研究成果のポイント】
・クリミア・コンゴ出血熱は致死的なウイルス性感染症で、効果的な治療法やワクチンが存在しない。
・宿主細胞とウイルスのタンパク質の一対一の相互作用を網羅的に解析可能なタンパク質アレイ技術により、ウイルス感染に関わる宿主因子を複数同定した。
・同定したタンパク質の中に、ウイルス感染を抑制する因子を見出した。 今後、詳細な感染防御のメカニズムを調べることで、予防法や治療法開発への応用が期待される。
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【研究成果の概要】
クリミア・コンゴ出血熱(Crimean-Congo Hemorrhagic Fever: CCHF)は、致死的な出血熱を引き起こす一類感染症であり、現在のところ有効な治療法や予防法は確立されていません。この感染症の原因であるクリミア・コンゴ出血熱ウイルス (CCHFV) は非常に強い病原性を持つため、研究を行うには最も厳重な安全対策がとられたバイオセーフティレベル4(BSL-4)の実験施設が必要になります。CCHFVがどのようにして人に感染し、病気を引き起こすのか、その詳しい仕組みについては、これまで十分には明らかになっていませんでした。
ウイルスが感染した細胞の中では、ウイルスと宿主のタンパク質が相互作用することで、ウイルスの増殖を促進したり、逆に抑制したりするなど、増殖のコントロールに重要な役割を果たしています。本研究では、CCHFVが感染した細胞の中でどのように増えるのか、そのメカニズムの一端を明らかにするため、ウイルスの主要な構成タンパク質である核タンパク質 (N) と、細胞内に存在する様々なタンパク質の相互作用を解析しました。本研究では、CCHFVの核タンパク質と、約1,100種類のヒトの転写・翻訳に関わるタンパク質を合成し、核タンパク質に結合するヒトタンパク質の探索を行いました。一般的には1,000種類以上の多数のタンパク質を個別に合成し実験に用いることはとても困難です。本研究では、愛媛大学の独自技術であるコムギ無細胞タンパク質合成系を用いたタンパク質アレイ技術により実施いたしました。
実験の結果、10種のヒトのタンパク質がCCHFVのNタンパク質と強い相互作用を示すことが明らかになりました。さらに、実際のウイルスを用いることなく安全にウイルスの複製機能を調べることが可能な、ミニゲノムと呼ばれる実験システムを用いて検証したところ、同定されたタンパク質の一部はウイルスの複製を阻害する抗ウイルス因子として働いていることが明らかになりました。その中でもZFP36L1とL2というタンパク質は強い阻害効果を示しており、致死的な感染症に対する生体の防御機構の一つとして働いていることが明らかになりました。
本研究では、愛媛大学の独自のタンパク質アレイ技術を応用したウイルス−宿主タンパク質の相互作用の解析から、ウイルスの複製のメカニズムを解明していく本アプローチの有効性が示されました。今回用いたタンパク質アレイ技術は、CCHFVに限らず他の高病原性ウイルスの研究にも幅広く応用可能であり、様々な感染症の予防法や治療法の開発を進めるための基盤となることが期待されます。
なお本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・新興・再興感染症研究基盤創生事業(BSL4拠点形成研究)における研究開発課題「国際的に脅威となる一類感染症の研究及び高度安全実験施設(BSL-4)を活用する人材の育成」(研究開発代表者:長崎大学・安田二朗)の一環として、公募分担研究課題「CCHFVの増殖制御に関わる宿主タンパク質の同定および抗CCHFV化合物の開発」(補助事業分担者:愛媛大学・高橋宏隆)と共同で実施されました。
また、その他、科学研究費補助金(JP20H03136, JP21KK0123, JP21K19191, JP21K20761, JP22K15012, JP23K27079)、AMED(JP23fk0108614, JP23wm0325059, JP24fk0210145, JP25fk0108729, JP24fk0310521, JP22jm0210072)の支援を受けて行われました。
【論文情報】
論文名:
ZFP36L1 and L2 as novel antiviral factors for Crimean-Congo hemorrhagic fever virus via interaction with viral nucleoprotein(ZFP36L1とL2はクリミア・コンゴ出血熱ウイルスの核タンパク質と相互作用し抗ウイルス因子として働く)
著者名:
平野港1, 能智航希2, 松木萌々子2, 古川智絵2, 竹田浩之2, 櫻井康晃3, 黒崎陽平1, 澤崎達也2, 安田二朗1, 高橋宏隆2, 好井健太朗1(1長崎大学高度感染症研究センター, 2愛媛大学プロテオサイエンスセンター,3長崎大学熱帯医学研究所)
雑誌名:Journal of Biological Chemistry(米国生化学・分子生物学会誌)
DOI:10.1016/j.jbc.2025.110545
公表日:2025年9月2日(月)(オンライン公開)
https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0021-9258(25)02396-8
【用語解説】
※コムギ無細胞タンパク質合成系
コムギ無細胞タンパク質合成系は愛媛大学プロテオサイエンスセンターで開発された、タンパク質生産技術です。コムギ胚芽の抽出液を用いて試験管内で安定して高効率にタンパク質を合成できます。ウイルスなどの微生物や高等生物、さらに人工タンパク質に至るまで多様なタンパク質を生産し、さまざまな実験に用いることができます。タンパク質アレイの製造にはコムギ無細胞タンパク質合成系の高い翻訳効率が必須です。
※タンパク質アレイ
数十から数万の組換えタンパク質を収集したタンパク質のセットをタンパク質アレイ(プロテインアレイ)と呼びます。タンパク質アレイを用いることで、膨大な数のタンパク質を用いて疾患に関係するタンパク質の探索や、治療薬の探索を効率的に実施することができます。