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HPVワクチン未接種者における多様な症状の有訴率を客観的データで明らかに ―ワクチン接種率向上に向けた科学的エビデンスを提供―

長崎大学病院臨床研究センターの川添百合香らの研究グループは、聖マリアンナ医科大学、静岡厚生病院、九州大学との共同研究により、国内の大規模なリアルワールドデータを用いて、HPVワクチン未接種の日本の10歳代男女においても、ワクチン接種後に報告されたような多様な症状が一定の割合で発生していることを明らかにしました。この研究成果は、2025年11月29日のVaccine誌に掲載されました、この成果は、HPVワクチンの安全性評価において、特定の症状がワクチン接種によるものか、あるいは集団に元々存在する自然発生的な症状であるかを区別するための重要な基礎データを提供します。


【本研究のポイント】
・日本では、HPVワクチンの積極的な接種勧奨が中断された経緯(2013年〜2022年)があり、安全性への懸念から接種率の回復が公衆衛生上の課題となっている。
・これまで「ワクチン接種後に報告された多様な症状」が未接種者でも発生するという報告はあったが、アンケート調査に基づくものであり、客観的で大規模なデータによる検証が求められていた。
・VENUS研究データベース(国民健康保険レセプトデータと予防接種記録を連携)を用いて、HPVワクチン未接種の10~19歳の男女における多様な症状の有訴率を算出した。
・全体の有訴率は0.15%で、最も多い症状は皮膚の問題、睡眠障害、頭痛、月経不順であった。
・特定の症状がワクチン接種に起因するかを正確に判断するためには、未接種集団におけるベースラインの発生頻度を知ることが不可欠であり、本研究はその比較対照群の基礎データを提供する。

【本件の概要】
[背景]
HPVワクチンは子宮頸がんの原因となるHPV感染を予防することが証明されていますが、日本では2013年6月にワクチン接種後の有害事象に関する報道を受けて、接種の積極的勧奨が中止されました。この措置により日本の接種率は急速に低下し、若年女性における子宮頸部異形成や子宮頸がんの増加など、深刻な公衆衛生上の懸念が生じています。

2022年4月に積極的勧奨が再開されましたが、接種率の回復は遅れており、WHOが目標とする「2030年までに15歳未満の女児の90%に接種」の達成が困難と予測されています。日本国内でのワクチン安全性に関するデータが不足しており、対象者やその家族の間でワクチンに対する躊躇が続いています。

これまで祖父江研究班により「HPVワクチン未接種者でも多様な症状が一定数観察される」ことが報告されていましたが、アンケート調査に基づくものであり,データの不正確性やバイアスの可能性が指摘されていました。

[研究・成果]
本研究では、日本版ワクチン安全性データリンク(VSD)に相当するVENUS研究データベースを用いて、4つの自治体における2017年4月から2022年3月までのデータを解析しました。国民健康保険加入者かつHPVワクチン未接種の10~19歳55,483人を対象とし、過去の文献で定義された27項目の症状について、3ヶ月以上持続し基礎疾患が特定できないものを多様な症状として定義しました。なお、多様な症状の判定においては、3名の小児科医によるコンセンサス会議を実施しました。

その結果、以下のことが明らかになりました:
・多様な症状の全体有訴率は0.15%であり、祖父江研究班の報告 (0.02%)の7.5倍であった
・女性(10~14歳:0.17%、15~19歳:0.17%)は、男性 (10~14歳:0.16%、15~19歳:0.09%)よりもわずかに高い有訴率を示した
・最も多い症状は皮膚の問題 (10~14歳男性:0.83%)、睡眠障害(15~19歳女性:0.44%)、頭痛 (10~14歳女性:0.40%)、月経不順(15~19歳女性:0.38%)であった
・自治体間や新型コロナウイルス感染症パンデミック期間中でも有訴率に大きな変動は見られなかった

本研究で得られた有訴率は、祖父江研究班の結果とともに、今後のワクチン安全性サーベイランスにおいて、真のワクチン関連有害事象と自然発生的な症状とを区別するための重要な基礎データとなります。

[今後の展望]
本研究で得られた未接種者の有訴率データは、HPVワクチンの安全性に関するさらなる疫学的研究を行う上で不可欠な参照点となります。また、本研究により、日本におけるワクチン安全性の継続的な監視システムを確立する手法と可能性が示されました。今後は、より大規模なデータを用いた評価により、まれな症状の評価精度を向上させることが必要です。さらに、HPVワクチンの安全性を日本国民に示すため、大規模で客観的なデータを用いた接種群と未接種群の比較安全性研究が求められます。

本研究の成果は、HPVワクチンの安全性に対する信頼回復と、日本における接種率向上に貢献することが期待されます。

図3. HPVワクチン未接種者における多様な症状の有病率


【論文情報】
タイトル:
Prevalence of HPV vaccine–associated symptoms in unvaccinated Japanese adolescents: A descriptive study from the VENUS study database
著者:
Yurika Kawazoe, Tomohiro Katsuta, Toshihiro Tanaka, Yukitsugu Nakamura, Shuntaro Sato, Megumi Maeda, Futoshi Oda, Haruhisa Fukuda
掲載誌:Vaccine
掲載日:2025年11月29日(日本時間)Vaccine 70 (2026) 128020, by Elsevier.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2025.128020

研究責任者(問い合わせ先)
川添百合香 長崎大学病院臨床研究センター 
E-mail:kawazoe-y*nagasaki-u.ac.jp
※*を@に置き換えて送信してください。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)研究費(JP21nf0101635)、科学技術振興機構(JST) FORESTプログラム(JPMJFR205J)の助成により行われました。