2025年12月22日
長崎大学およびロンドン大学衛生熱帯医学大学院などの研究グループ(友居葉奈ら)は、日本におけるヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種の意思決定に影響する要因を体系的に整理したスコーピングレビュー研究を実施しました。
本研究は2025年12月にVaccine誌に掲載されました。
【本研究のポイント】
・日本における、保護者や思春期女子のHPVワクチン接種の意思決定について、その影響要因を体系的に整理した初のスコーピングレビューです。
・さらに、既存研究では十分に調査されてこなかった以下3つの視点を「研究ギャップ」として特定し、それぞれについて考察しました。
①ワクチンを巡る歴史・社会的文脈
②保護者や思春期女子の社会集団環境
③思春期女子特有の視点と経験
・本研究は、日本でHPVワクチン接種率が長期にわたり低迷してきた背景を、個人の知識や情報不足だけでなく、ワクチンを巡る文脈や思春期特有の意思決定プロセスを含めて捉え直した点に特徴があります。
【本研究の概要】
<背景>
子宮頸がんの原因は主にヒトパピローマウイルス(HPV)に感染することです。子宮頸がんの予防に有効な「HPVワクチン」は、小6~高1相当の女子が無料で接種できます。
しかし、日本のHPVワクチン接種率は低いままです。2013年に、HPVワクチン接種後の有害事象についてのメディア報道、そして国の積極的勧奨の中断などにより、接種率は大幅に低下しました。2022年に勧奨は再開されたものの、現在も多くの保護者や思春期女性が接種に迷いを抱えています。
こうした中で、HPVワクチン接種の意志決定に影響する要因、つまり「人々はなぜHPVワクチンを打つ/打たないのか」を理解することが重要となっています。
<研究の方法と結果>
2009年1月から2025年7月までに発表された、HPVワクチン接種の意志決定に関する48本の既存研究を調べました。そこから意思決定に影響する要因を同定し、WHOの「ワクチン忌避の要因マトリクス」に基づき整理しました。以下の図が同定した要因です。
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<研究ギャップ:今後の課題として浮かび上がった3つの視点>
既存研究を整理する中で、以下の重要な研究ギャップ(研究が不足している点)を明確にしました。
①歴史・社会的文脈を十分に扱った研究が少ない
日本の多くの既存研究は、「知識が足りない」「リスク認知が低い」といった個人レベルの要因に焦点を当ててきました。しかし、日本では過去のワクチン訴訟や薬害事件を通じて政府や医療への不信が蓄積されてきました。さらに、2013年以降のメディア報道や政府の曖昧な対応により、リスクが「社会的に増幅」され、人々の不安が強化された可能性があります。
しかし、こうした歴史・社会的文脈を正面から扱った研究は少ないのが現状です。
保護者や思春期女子が抱くワクチンへの感情や思いも、こうした文脈の中で理解する必要があります。
② 家族・友人・医療者など「社会集団環境」の中での意思決定プロセスが十分に理解されていない
過去の研究から、家族、医療者、友人、オンライン情報など様々な人や情報源が接種意志に影響することが分かりました。しかし、
・異なる情報源が矛盾した場合、人々はどう判断するのか
・周囲の「空気」(同調圧力)や社会的規範がどのように影響するのか
といった意思決定のプロセスそのものは、十分に解明されていません。
「誰が影響力を持つか」だけでなく、「相反する情報や意見の中で、保護者や思春期女子がどのように迷い、考え、判断に至るのか」を丁寧に追う研究が必要です。
③ 思春期女子本人の視点・経験に焦点を当てた研究が不足している
これまでの研究の多くは保護者の視点に偏ってきました。
本研究では、
・思春期の女子が自分の身体や将来をどう考えているのか
・親の意向をどう受け止めているのか
・どの程度、自分で意思決定したいと感じているのか
といった「当事者である女子本人の声」がほとんど拾われていないことを大きな課題として挙げています。思春期は、身体的・心理的に大きな変化を迎え、自律性が芽生える時期です。この時期の意思決定を、単に「親が決めるもの」と捉えることは、現実を十分に反映していない可能性があります。
【社会的意義と今後の展望】
本研究は、日本におけるHPVワクチン接種の低迷を、単なる知識や情報不足の問題ではなく、歴史・社会的文脈、社会集団環境、思春期の発達段階が重なり合った複雑な課題として捉える必要性を示しました。
これらのギャップを埋めることで、単なる情報提供にとどまらない、日本や思春期の文脈に合ったワクチンコミュニケーションや施策が可能になると考えられます。
【論文情報】
タイトル:
Determinants of human papillomavirus vaccination decision-making in Japan: a scoping review exploring contextual, social, and adolescent-specific influences
著者:Hana Tomoi, Sharon J. B. Hanley, Heidi J. Larson, Hiroaki Tomoi, Ken Masuda
掲載誌:Vaccine (2026) Volume 72
掲載日:2025年12月17日
DOI:10.1016/j.vaccine.2025.128111
