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160年越しの新発見 日本で最も身近なエイ『アカエイ』が複数種であることを解明し、新種を記載

【概要】
日本の沿岸で最も身近なエイとして知られてきた「アカエイ」。実は160年以上にわたり複数の種が同一種として混同されてきたことを、長崎大学の山口敦子教授と古満啓介研究員の研究チームが明らかにしました。
本研究により、従来「アカエイ」とされてきた種である「Hemitrygon akajei」を再記載するとともに、有明海で最初に発見された隠蔽種「アリアケアカエイ」を新種「Hemitrygon ariakensis」として記載しました。

【ポイント】
・日本各地で普通に見られる「アカエイ」には複数種が混在していたことを解明
Hemitrygon akajeiに一致する種を特定し、再記載
・160年以上にわたり混同されてきた隠蔽種「アリアケアカエイ」をHemitrygon ariakensisとして新種記載
・シーボルトの時代から続いてきた分類学的な混乱に決着
・生態研究・資源管理・生物多様性保全への貢献が期待される重要な基盤情報となる

図1 日本沿岸で普通に見られるアカエイ


【研究の背景】

なぜ160 年以上も気づかれなかったのか
アカエイは江戸時代、シーボルトらによって日本各地で採集され、オランダ王立博物館(現Naturalis)に送られた6個体の標本に基づき、1841 年にミュラー(Johannes Müller)とヘンレ(Jakob Henle)により新種として記載されました。いずれも非常によく似ていたため、6個体の標本は疑いもなく同一種と考えられてきました。その後も長年にわたり、「アカエイ」は日本の海で最も身近なエイとして知られてきました。
時は流れ、長崎大学の研究により、有明海には見分けが難しいほど姿形がよく似た複数種のアカエイ属魚類がいることがわかりました。また、ミュラーとヘンレが記載した論文の絵を精査すると、「アカエイ」とは異なる外観をしており、「Hemitrygon akajei=アカエイ」なのか疑問が生じました。
この疑問を解明するため、研究チームは2003年からアカエイ類の分類学的研究に取り組んできました。2010年に隠蔽種が存在することを明らかにした後、それらを正式な学名をもつ新種として記載するまでには、さらに15年に及ぶ調査・研究と歴史資料の精査が必要でした。

私たちがアカエイと呼んでいるのは何れの種なのか︖
ライデンのNaturalis自然史博物館には、1841年にHemitrygon akajeiが記載された際の模式標本6個体が保管されていると考えられてきました。しかし20世紀半ば、オランダの研究者ボーセマンの調査によって、実際には別の標本1個体が加わった計7 個体が存在することが明らかとなり、これら全てが暫定的にHemitrygon akajeiとみなされました。その際、シーボルトが長崎で採集した標本(図2a)がレクトタイプに指定されています。
山口教授らの研究チームが実際に7個体の標本を調べてみると、これらには複数の種が混在しており、原記載では複数種の特徴が混同されていたことが判明しました。加えて、レクトタイプは形態的特徴が十分に現れていない幼魚であったため、研究は困難を極めました。
そこで本研究では、アカエイ類(アカエイ、シロエイ、イズヒメエイなど)の幼魚を多数採集し、分類学的な比較検討を行いました。その結果、Hemitrygon akajeiのレクトタイプと、現在私たちが「アカエイ」と呼んでいるエイとが、幸運にも同種であることが判明しました(図2b の個体はおそらく「アリアケアカエイ」であり、仮にこちらがレクトタイプに指定されていた場合、和名と学名とがあべこべとなる大混乱となっていた可能性があったのです)。これを受けて、Hemitrygon akajeiの特徴を改めて明確にするため、成長段階や雌雄差による変異も含め再記載を行いました。


図2 Hemitrygon akajei の模式標本-ライデンのNaturalis にて撮影


新種「アリアケアカエイ」の発見

研究の過程で、有明海を中心に、アカエイと見分けがつかないほどそっくりな別のエイが存在することが明らかになりました。これらの形態学・遺伝学的研究などを経て、2010年には「アリアケアカエイ」との和名をつけましたが、学名は未決定でした。本研究により、更なる検討を行った結果、アリアケアカエイが新種であることが明らかとなり、Hemitrygon ariakensisとの学名を付与して新種の記載を行いました。ホロタイプには、有明海の島原沖(長崎県)で採集された個体を指定しました。さらに、アカエイとアリアケアカエイとを明確に区別した調査により、両者の生態には違いがあることも明らかになりつつあります。


図3 アカエイ(左)とアリアケアカエイ(右)

実はグラバー図譜にも描かれていたアリアケアカエイ
アリアケアカエイの外部形態には成長・雌雄・個体による変異が見られるため、アカエイのほか、シロエイやイズヒメエイといったアカエイ類とも見分けることが困難です。このためシーボルトの時代以来、長きにわたり複数種が混同されてきました。
本学附属図書館が所蔵する明治末期から作成された「日本南部・西部魚類図譜(通称︓グラバー図譜)」を精査した結果、アカエイとして描かれていた唯一の図は、実際にはアリアケアカエイであったことが判明しました。

アリアケアカエイを見分ける主なポイント
・尾の裏側にある皮褶が黒く、縁が白い(図4)
・腹側の5番目の鰓孔付近に横溝がある


図4 アカエイとアリアケアカエイの尾の裏側にある皮褶
外見は酷似しているが、尾の裏側の皮褶の色に明確な違いがある
図5 2025年版グラバー図譜カレンダー「干潟の海の魚たち」でも取り上げました

【本研究の意義】
これまで一括りにされてきた「アカエイ」が実際には複数種であることが判明したことで、それぞれの生態・分布・資源量評価を正確に行うことが可能になります。
アカエイ類は食用や水族館展示として利用されるだけでなく、海の生態系において重要な役割を担っています。本成果は、生物多様性の正確な理解と、持続可能な海洋資源管理・保全に向けた重要な基盤情報となります。

【論文情報】
タイトル:
Redescription of Hemitrygon akajei with description of the cryptic stingray species Hemitrygon ariakensis sp. nov. from the Northwest Pacific (Myliobatoidei: Dasyatidae)
著者:Keisuke Furumitsu, Atsuko Yamaguchi
掲載誌:Ichthyological Research
DOI:10.1007/s10228-025-01048-5
掲載予定:2026年 Vol.73 No.3(早期オンライン版公開中)
https://link.springer.com/article/10.1007/s10228-025-01048-5

【謝辞】
この研究は、漁業関係者や市場関係者、国内外の博物館や大学・研究機関の方々、海洋動物学研究室諸氏の長きにわたる協力の下、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20221003・JPMEERF24S12303)、文部科学省および日本学術振興会の科学研究費助成事業、基盤研究(C)(No. 20580205)、基盤研究(B)(No. 23380112, 19H02977, 23K26930)、挑戦的萌芽研究(No. 26660161)の助成を受けて実施されました。

隠蔽種:本来別種であるにもかかわらず、外見的特徴の類似等の理由から同種と判断されていた種のこと。

ホロタイプ新種を記載する際に「その種の学名の基準」として指定される単一の標本のことをホロタイプと呼びます。学名はホロタイプを基準として定義されるため、極めて重要な標本です。
レクトタイプ古い時代の新種記載では、複数の標本に基づいて記載されているにもかかわらず、著者がホロタイプを指定していない場合があります。このような記載に使われた複数の標本をシンタイプと呼びます。シンタイプが複数存在する場合、どの標本が学名の基準となるかが不明確で、学名の適用が不安定になります。そこで、そのシンタイプの中から1 個体を選び、学名の基準(担名タイプ)として後から指定することができ、このとき選ばれた標本をレクトタイプと呼びます。レクトタイプの指定は、学名の安定性を確保するために行われます。