2026年01月26日
医歯薬学総合研究科(薬学系)医薬品情報学分野の向井英史准教授、野村祥子助教は、理化学研究所生命機能科学研究センター冬眠生物学研究チームの砂川玄志郎チームディレクターとの共同研究において、人工的に「冬眠様状態」を誘導する人工冬眠マウス(QIH※1モデルマウス)を用いて、冬眠中の必須栄養素(糖・ビタミン・アミノ酸)の体内動態を世界で初めてPETイメージング※2により評価しました。更にこの人工冬眠状態において、がんの増殖が著しく抑制されることも実証し、その論文がBiomedical and Biophysical Research Communications に掲載されました。近年、冬眠中に見られる酸素消費やエネルギー消費の低減といった現象が、臓器障害を軽減する可能性があることなどから、人工冬眠の救急・集中医療などへの応用が期待されています。この研究も、単なる冬眠研究の発展だけでなく、がん治療などの医療にも活用されることが期待できます。
図1)人工冬眠マウスでは、[18F]FDG の集積パターンが大きく異なっている。 |
図2)人工冬眠マウスでは、皮下移植したがんの増殖が有意に低減した。平均±標準偏差(n=4-5)。 |
| S. Nomura, H. Mukai, et al, Biomedical and Biophysical Research Communications DOI:10.1016/j.bbrc.2026.153268 |
【本研究成果のポイント】
・冬眠中の低代謝状態における必須栄養素や生理活性物質の体内動態は、非常に関心が高い課題です。
・糖・ビタミン・アミノ酸由来の代謝プローブを用いて、人工冬眠(QIH)下のマウス体内におけるこれらの物質の動態をPETイメージングで解明しました。
・QIH下では、心臓の糖代謝が劇的に抑制されていました(図1)。
・ビタミン、アミノ酸の急速な体内分布が観察され、QIHによる組織透過性の亢進が示唆されました。
・マウス肺がん細胞を移植したマウスにQIHを誘導すると、腫瘍の増殖が著しく抑制されました(図2)。
【研究成果の詳細】
背景・着想の経緯:
冬眠は、寒く厳しい冬を生き延びるために哺乳類たちが獲得した興味深い能力です。食糧調達が困難な中、エネルギー消費を最小限に抑えることで、体温を限界まで下げるとされており、純粋な生物学的好奇心からだけでなく、医療への応用なども含めて様々な研究が行われてきました。特に、食餌を殆ど摂らない冬眠下で、必須栄養素や生理活性物質が体内でどのような挙動を示すのかという問いは、冬眠動物が低代謝を維持するメカニズムを解明する上で重要な研究課題です。しかし、自然の冬眠動物を用いた実験では、飼育の難しさや季節の影響など再現性に問題があり、十分な実験が出来なかったため、より安定した実験が可能なモデル動物の開発が望まれていました。
これに対し、共同研究者の砂川チームディレクター(理化学研究所)らは、脳内の特定の神経(Qニューロン)を刺激することで人工的に冬眠様状態(QIH)を誘導できるモデルマウスを開発しました(Nature. 2020; 583: 109-114)。そこで向井准教授らは、体内での物質の動きをリアルタイムで可視化できるPETイメージングを用いて、冬眠中の低代謝状態における、必須栄養素の動態変化の解明に挑みました。
研究成果:
グルコース由来の代謝プローブ[18F]FDG※3は通常、絶えず拍動しエネルギーを消費する心臓へ集積する特徴がありますが、QIH下のマウスにおいてはそのような集積がほぼ完全に消失しており(図1)、心臓の糖代謝が大きく低下している可能性が示されました。また、QIH下のマウスの脳波は振幅が小さくなることが知られていますが、脳への[18F]FDG集積がよく維持されていたのも興味深い結果です。更に、ビタミンB1由来の代謝プローブ[11C]thiamineや、アミノ酸由来の代謝プローブL-m-[11C]tolylalanineのイメージングから、これらの分子が投与後わずか数十秒で全身に急速に分布するという特徴的な動態が観察され、冬眠が生体内物質の分布や組織透過性に影響を与える可能性も示されました。加えて、マウス肺がん細胞を移植したマウスでは、QIHを誘導することで腫瘍の増殖が著しく抑制され(図2)、人工冬眠ががん治療戦略として有望であることも示唆されました。
本成果は、冬眠時の低代謝のメカニズム理解を大きく前進させるとともに、この低代謝を活用した新たな医療応用―薬物送達やがん治療などーへの道を切り拓くものと期待できます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)FORESTプログラム(課題番号:JPMJFR2066)、科学研究費助成事業(課題番号:21K19411)及び日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号:JP22ak0101178)の助成を受け実施されました。
【論文情報】
論文タイトル:
Metabolic positron emission tomography imaging and tumor growth inhibition during the Q neuron-induced hibernation-like state in mice.
著者:S. Nomura, A. Arakaki, A. Kato, N. Fujie, K. Ishikawa, A. Wataki, H. Ono, T. Tahara, Y. Wada, Y. Watanabe, H. Doi, G. A. Sunagawa, H. Mukai
掲載誌:Biomedical and Biophysical Research Communications
巻・頁:Vol. 800, pp. 153268
DOI:10.1016/j.bbrc.2026.153268
公表日:2026年1月16日(オンライン公開)
【用語解説】
※1 Q neuron–induced hypothermia and hypometabolism (QIH):
脳内に存在するQニューロンという神経細胞を人工的に刺激して誘導される、冬眠に似た低体温・低代謝状態。
※2 Positron Emission Tomography(PET):
放射性同位体で標識した分子が、体内でどのような挙動を示すか、画像として可視化することが出来るイメージング技術。病気の発見やがん診断などに広く使用され、高い感度と定量性を持つ。
※3 2-[18F]fluoro-2-deoxy-D-glucose ([18F]FDG) :
グルコースに類似した構造を持つPET用トレーサー。体内でグルコースと同じように細胞に取り込まれるが、その後代謝されず細胞内に蓄積する性質を利用して、組織の糖代謝活性を画像化できる。
