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アフリカ睡眠病を引起す寄生虫のエネルギー代謝を制御する「たった1つのアミノ酸」を発見 ―寄生虫特異的な新規治療標的の分子基盤を解明―

【研究のポイント】
・アフリカ睡眠病の原因寄生虫 Trypanosoma brucei に特有のエネルギー代謝酵素ASCTの立体構造を解明
・1つのアミノ酸残基の違いが、酵素反応の種類を劇的に変えることを発見
・ヒトには存在しない代謝経路を標的とした副作用の少ない新規治療薬開発につながる成果

【概要】
長崎大学を中心とする国際共同研究グループは、アフリカ睡眠病(ヒトアフリカトリパノソーマ症)の原因寄生虫 Trypanosoma bruceiT. brucei )が持つエネルギー代謝酵素「酢酸:コハク酸 補酵素A転移酵素(ASCT)」について、その立体構造と反応機構を原子レベルで解明しました。

本研究では、ASCTとヒトの類縁酵素「スクシニル補酵素A転移酵素(SCOT)」との違いを詳細に比較し、点変異解析を行った結果、たった1つのアミノ酸残基の違いが、酵素の反応特異性を決定していることを世界で初めて突き止めました。このアミノ酸を置換すると、本来ASCTには存在しないSCOTの活性が著しく増加することが明らかになりました。

この成果は、寄生虫に特異的なエネルギー代謝の分子基盤を明らかにするとともに、ヒトの代謝に影響を与えない選択的な抗寄生虫薬開発への重要な手がかりとなります。

【研究の背景】
アフリカ睡眠病は、サハラ以南アフリカで今なお深刻な健康被害をもたらしている寄生虫感染症です。既存治療薬には副作用や薬剤耐性の問題があり、新たな治療標的の探索が求められています。

T. brucei は、ヒトとは異なる独特なミトコンドリアエネルギー代謝を持ち、その中心となるのがASCTです。しかし、ASCTの立体構造や反応特異性の分子機構はこれまで不明でした。

【研究成果の詳細】
・ASCTが基質や生成物と結合した複数の結晶構造を決定
・ASCTとヒトSCOTの構造は似ているにもかかわらず、反応が異なる理由を解明
・**Asp62(62番目のアスパラギン酸)**という1残基が、ASCT特異性を決定する鍵であることを発見
・この残基を他のアミノ酸に置換すると、SCOT活性が数千倍以上増加することを実証

これにより、寄生虫とヒトの代謝差を利用した「選択的阻害」の理論的基盤が確立されました。

【今後の展望】
本研究成果は、アフリカ睡眠病をはじめとするトリパノソーマ感染症に対し、ヒトに影響を与えにくい新規治療薬の創出につながることが期待されます。今後は、ASCTを標的とした阻害剤の探索や創薬研究を進めていく予定です。

【論文情報】
・掲載誌:Protein Science
・論文タイトル:
Modulation of succinyl-CoA:3-ketoacid CoA transferase activity by a single amino acid residue in acetate:succinate CoA transferase from Trypanosoma brucei, the causative agent of African sleeping sickness
・著者:
Kota Mochizuki, Daniel Ken Inaoka, Keisuke Fukuda, Hana Kurasawa, Kenji Iyoda, Uta Nakai, Shigeharu Harada, Emmanuel O. Balogun, Frédéric Bringaud, Michael Boshart, Takaya Sakura, Kenji Hirayama, Kiyoshi Kita, Tomoo Shiba
・掲載年:2026年
・DOI:10.1002/pro.70463