2026年02月05日
【研究のポイント】
・マンソン住血吸虫(※1)が持つ硫黄代謝酵素の機能を世界で初めて詳細に解明
・ヒトとは異なる四者複合体を形成する反応機構と長時間安定な電荷移動複合体(※2)の形成を発見
・マンソン住血吸虫症に対する新規治療標的候補を提示
【概要】
長崎大学を中心とする国際共同研究グループは、マンソン住血吸虫症を引き起こす寄生虫 マンソン住血吸虫(Schistosoma mansoni)が(図1)、腸管内に豊富に存在する有毒ガス「硫化水素」に適応して生存するための分子機構を明らかにしました。
本研究では、マンソン住血吸虫が持つ硫化水素代謝酵素「硫化水素:キノン酸化還元酵素(SQOR)」を精製し、その反応特性を詳細に解析しました。その結果、本酵素はヒトや細菌のSQORとは異なり、「硫化水素・キノン・硫黄受容体・SQOR」の同時存在を必要とする特異な四者複合体を形成する反応機構を持つこと、さらに反応過程で長時間安定な電荷移動(charge-transfer)複合体を形成することを発見しました(図1)。これらの特性はマンソン住血吸虫に特有であり、ヒトには見られないことから、将来的な 選択的抗寄生虫薬開発 への応用が期待されます。
図1:マンソン住血吸虫とSQORの反応機構。(右)マンソン住血吸虫の雄と雌の蛍光画像。核染色を青色、抗SQOR染色をピンクで示す。(左)反応中間体で形成される「硫化水素・キノン・硫黄受容体・SQOR」の特異な四者複合体。赤色のアミノ酸は電荷移動複合体に必須であるシステイン残基。 |
【研究の背景】
マンソン住血吸虫症は、南米、アフリカ、東南アジアを中心に多くの感染者を抱える寄生虫感染症です。成虫は腸間膜静脈に寄生し、腸内細菌が産生する高濃度の硫化水素に常に曝露されています。硫化水素はミトコンドリア機能を阻害する強い毒性物質であり、ヒトでは硫化水素中毒に陥った場合には解毒が必要不可欠です。
しかし、マンソン住血吸虫がどのようにこの過酷な環境で生存しているのか、その分子基盤はこれまで不明でした。
【研究成果の詳細】
・マンソン住血吸虫由来SQORが卵・セルカリア・成虫といった、臨床的に重要な生活環で発現していることを確認
・本酵素がミトコンドリアに局在し、硫化水素代謝の第一段階を担うことを実証
・ヒトSQORとは異なり、硫化物単独では反応が進行しない特異な反応様式を発見
・反応過程で可視光領域に特徴的な吸収を示す安定な電荷移動複合体が形成され、酵素活性が部分的に抑制されることを解明
・電荷移動複合体形成および触媒反応に必須なアミノ酸残基を同定
これらの成果は、マンソン住血吸虫の硫黄代謝がヒトとは大きく異なることを示しています。
(※1)マンソン住血吸虫:
ヒトに寄生する吸虫(寄生性の扁形動物)の一種で、主にアフリカや中南米などの熱帯・亜熱帯地域に分布しています。淡水中に生息する巻貝を中間宿主とし、ヒトが汚染された水に接触すると、幼虫が皮膚から侵入して感染します。成虫は腸間膜静脈に寄生し、長期間体内で生存します。感染が慢性化すると、腹痛、下痢、血便、肝臓や腸の炎症・線維化などの重い症状を呈することがあり、世界的に公衆衛生上の大きな問題となっています。現在使用されている治療薬は限られており、新しい作用機序をもつ治療法の開発が求められています。
(※2)電荷移動複合体:
電子を与えやすい物質と受け取りやすい物質が近づき、電子が少しだけ移動することで生じる特別な分子同士の相互作用です。
【今後の展望】
本研究で明らかになった住血吸虫特有の硫化水素代謝機構は、ヒトへの副作用を抑えた新しい抗住血吸虫薬開発 に直結する重要な知見です。
今後は、本酵素を標的とした阻害剤探索や創薬研究を進めていく予定です。
【論文情報】
掲載誌:Free Radical Biology and Medicine
論文タイトル:
Distinct quaternary reaction behavior and stable charge-transfer complex formation in Schistosoma mansoni sulfide:quinone oxidoreductase
著者:
Augustin Tshibaka Kabongo, Talaam Keith Kiplangat, Yuki Tayama, Acharjee Rajib, Yuichi Matsuo, Linh Manh Ha, Samandram Sushilkumar Singh, Tetsuo Yamashita, Euki Yazaki, Endah Dwi Hartuti, Tetsuro Matsunaga, Tomoaki Ida, Tomoyoshi Nozaki, Takaaki Akaike, Tomoo Shiba, Jun-ichi Kishikawa, Shinjiro Hamano, Kiyoshi Kita, Daniel Ken Inaoka
掲載年:2026年
DOI:10.1016/j.freeradbiomed.2026.01.063
【研究体制】
・長崎大学 熱帯医学研究所
・長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科
・秋田大学、東北大学、東京大学、理化学研究所、京都工芸繊維大学、大分大学、香川大学
・コンゴ共和国・バングラデシュ・インドネシアの国際共同研究機関
| 長崎大学 稲岡 健ダニエル https://www.tmgh.nagasaki-u.ac.jp/professors/inaoka-daniel-ken 研究室ホームページ https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/molecdyna/ |
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