2026年07月21日
長崎大学の馬越啓介名誉教授(現 協和機電工業(株))・大学院総合生産科学研究科の尾本賢一郎助教、作田絵里教授・有川康弘教授らの研究グループは、イミドイルアミジナト白金(II)錯体(※1)の結晶多形(※2)のうち、室温・常圧・紫外光照射下で黄色に発光する結晶相(UY相)が、1万気圧以上の圧力を加えた場合と−20°C以下に冷却した場合のいずれにおいても、結晶の対称性が高まる「逆対称性の破れ」を示すことを明らかにしました。
※1 イミドイルアミジナト白金(II)錯体:外部からの刺激(圧力や摩擦)によって発光色が変わる特異なメカノクロミズム特性や、温度・圧力に対する高い発光応答性を示すことで注目されている機能性錯体です。
※2 結晶多形:同じ化学組成でありながら、原子や分子の並び方(結晶構造)が異なる物質のことを指します。イミドイルアミジナト白金(II)錯体には、少なくとも3つの結晶多形が存在することが分かっています。これらの結晶多形は、結晶をひっかいたり、すり潰したりしない状態で紫外光を当てた際に緑色に発光する結晶相をUG相、オレンジ色に発光する結晶相をUO相、黄色に発光する結晶相をUY相と呼んで区別しています。
一般に、加圧や冷却によって起こる結晶構造の変化(結晶相転移)では、結晶の対称性(※3)は低下します。しかし、このイミドイルアミジナト白金(II)錯体(UY相)では、加圧と冷却のいずれの場合にも結晶の対称性が高まるという、極めて珍しい化合物であることが確認できました。
本研究成果は、分子集合体の新たな物性の理解を深めるものであり、材料化学や結晶工学、ナノテクノロジー分野への展開が期待されます。
※3 結晶の対称性:結晶中の原子や分子の並び方が、特定の操作(回転、反転、平行移動など)によって元の配置と重なる性質をいいます。一般に、結晶の対称性が高いほど、原子や分子がより規則正しく配列していることを意味します。
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【本研究のポイント】
・イミドイルアミジナト白金(II)錯体のエチル誘導体には、少なくとも3種類の結晶多形が存在しますが、いずれも6万5000気圧以下で、-180〜30°Cの温度範囲では、結晶多形間の相転移は観測されないことが分かりました(相転移の活性化エネルギーは非常に大きい)。
・ところが、エチル誘導体の1種であるUY相では、加圧と冷却のいずれにおいても、通常とは逆に結晶の対称性が高まるように結晶構造が変化する(逆対称性の破れを示す)ことを発見しました。
・UY相における逆対称性の破れが起こる仕組みを分子レベルで調査。圧力を加えた場合と冷却した場合では、発光挙動に異なる影響を及ぼすことを明らかにしました。
【概要】
結晶秩序を高度に保持しながらも、構造変化の活性化エネルギーが低い物質をソフトクリスタルと呼びます。結晶多形を示すソフトクリスタルには、溶液から急速に結晶化することで得られる速度論的な多形と、ゆっくり結晶化させた際に得られる熱力学的に安定な多形が存在する場合があります。一般に、温度の低下は、結晶パッキングにおいてエントロピー的に有利な分子配列の状態から、無秩序度を減少させる相転移を引き起こします。これは、冷却に伴う相転移によって結晶の対称性が低下することを意味しており、温度対称性の破れ(Temperature Symmetry Breaking)相転移として知られています。しかし、近年、無機材料やハイブリッド材料において直感に反する逆温度対称性の破れ(Inverse Temperature Symmetry Breaking)相転移の存在が明らかになっています。この相転移では高温相が低温相よりも低い対称性を示し、高温強弾性材料やマルチフェロイック材料の開発につながっています。また、冷却と同様に、加圧も結晶の対称性を低下させますが、圧力の増加が逆に結晶の対称性を高める例も報告されはじめています。
上記研究グループは、下図に示すイミドイルアミジナト白金(II)錯体の結晶多形のうち、速度論的に得られるUY相が、圧力変化に対しても温度変化に対しても逆対称性の破れ(Inverse Symmetry Breaking)を示すことを見出しました。本成果は、分子集合体における新たな物性や機能の創発を目指す材料化学や結晶工学、ナノテクノロジー分野における重要な成果となるものです。
この成果は、アメリカ化学会が出版する「Journal of the American Chemistry Society」誌148巻25号(IF : 16.6)に2026年7月1日にWeb掲載されました。
図:UG相、UO相、UY相の結晶構造とそれらの粉末X線回折パターン |
【論文情報】
掲載誌 : Journal of the American Chemistry Society
論文タイトル :Polymorphic Imidoylamidinato Platinum(II) Complex That Exhibits Inverse Symmetry Breaking Induced by Both Pressure and Temperature
著者名 :Shinnosuke Horiuchi、Kenichiro Omoto、Ryo Kishikawa、Atsushi Fukuda、Toranosuke Matsuo、Hana Miyashita、Mayuka Fujiwara、Kenji Nakauchi、Hiroki Iida、Itaru Tsuchiya、Yoshiki Ozawa*、Eri Sakuda、Kunihisa Sugimoto、Saori Kawaguchi、Hirokazu Kadobayashi、Shogo Kawaguchi、Yasuhiro Arikawa、Masaaki Abe、Keisuke Umakoshi*
DOI : 10.1021/jacs.6c03751
URL:https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/jacs.6c03751
